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05 狐っ娘、副修道院長に更迭される
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御前が垂れ衣を下ろすと私は机の上の鯉となった。服従のポーズを取りたい。
「まぁ怒っているわけじゃないんだけれどね。カタリハカリナ修道院を修道士=モンク=武僧という意味づけにしたのは俺だし。あそこが武闘派になることは何の問題もないね」
「では、何の問題ですか?」
「問題だらけじゃないか。どこの世界に祈りと賛歌と体操とボディビルのポージングを一度に行うバカがいるんだね。しかもパンツ一丁で。教会の子が泣きながら付き合っていたけど、あれ君の圧力におびえていたからね。精神と肉体へ殺傷能力をもたらす訓練をするなとあれほど言った筈なのに」
「ええ、聖典・七戒"汝、殺すなかれ"、聖典・アニエスの手紙2-10"命の尊さを知りなさい、そうして神の目にかなうであろう"、戒律4-1-3でも善行の標は"殺さず"と書いてありました」
「そうだ。その解釈は人間に武器を持たせないためのものだ」
「なので、無手の御業と筋肉の素晴らしさを教えてみました」
「そうじゃないだろ……そもそも修道院長は戒律2-3で粗野な行為を禁じているだろうに」
「"粗野な者に戒めあれ"でしょうか。私ほどたおやかなものにはそぐわないと思うのですが」
「絶句だよ」
溜息が甘い。そして御前に困った顔をさせるのは心苦しい。
夕方まで筋肉晩課をしていたカタリハカリナ修道院。10年前は問題児のるつぼだった。長く生きていればどこもかしこも問題が沸いてくる。修道院のモットーが設立当初から”祈り、闘え”だったため、教会との合同征伐でもいざこざを起こす日々だった。
私が修道院長の職務を担うと数日でそれも解消して教会の司祭たちも安堵の表情を浮かべていた。そしてそれから間もなく司祭たちはドン引きしていたが粛々とミサや典礼を取り仕切っていた。今日来ていた司祭は新人だったのだろう。
「しかも今世は男の体だったから性癖の歪みまで生じていたね」
「はい。戒律4-1-4に従い、淫猥な輩は発覚次第適時処理しました。獣に劣る劣情はよろしくありません」
「どの口が言うんだか……戒律4は善行をするものに神が恩恵を与えるかもしれないよ?という提示にすぎない。そう目くじらを立てなくてもいいけどね。もしかしてチラチラ見ただけで酷いこととかしていないよね?」
手でチョキチョキしている。
「まさかまさか」
修道院を転院すると戒律を無視する輩が少なからずいるのでどうしようもない時には色々としている。だが500年の経験上、人間の修道士は神への従属を従順に行う傾向がある。私と修道士の従順と従属に間違いなどあろうはずがない。間違いがあった覚えがない。間違いは。
「無茶苦茶やっていても敬虔な修道士たちであることが救いだよ。シャレじゃなくてね。ところで……」
説教は続いた。そうして久しぶりに玩具でピコピコポコポコと叩かれながら切々と怒られる。痛くないのに痛いから御前の顔を見上げられない。戒律の解釈が少し間違っているというのはわかるけれど、それがどう間違っているのかはとんと理解できないのである。
「狐、お前が聖典や戒律をきちんと覚えているのはわかる。その点は優秀だ」
「恐悦至極に存じます」
「ただ解釈の仕方が残念」
「えぇ……」
「狼や人間は聖典や戒律を悪用して無視もする。君は善行のために拡大解釈して無視をしない。愛せぬバカと愛すべきバカに慕われてチェザーレ様も難儀しているだろうよ」
戒律2-1かな?”修道院長は神の長兄あるいは母として正しき道を示さなくてはならない”、と。狼が小賢しく人間を処理していることについて御前はご存じのようだ。狼が悪いことをしていないと口答えしていた時も御前が侮蔑の表情を浮かべていたことを思い出す。
そういえば御前の表情を伺うような気持ちになったのは初めてかもしれない。私は。
「俺の上司も君に似た残念だった。障壁に空いた隙を狙って地球へ救難申請を射出するけど、あの上司だけは来てほしくないなぁ」
説教は一段落したらしい。濁った白湯を手ずから用意して下さった。
ここで上司とやらが私に似たたおやかな神かどうかを聞くほどバカではない。
「その……この星へ置き去りにした上司は御前の敵なのでしょうか?」
「違う違う。なんというか……うん、そうだね。その辺はヴァン君に聴いておきたまえ。楽しい新世紀のはじまりの話だよ。それはそうとシダンシ修道院は女性修道院だ。実は私がヴァン君に会う直前にその上司から貰った死体があってね。この日のために取っておいたと言っても過言ではない。これを使って副会長兼シダンシ副院長として執り成しの調査をしなさい」
「御前……」
副院長は初めてかもしれない。院長からの降格も悲しいが狼会長の手下に成り下がるのが悔しい。シダンシの修道院長は大狼だ。修道士の指導を受けたことを思い出す。狼会長よりはマシだと今は思おう。
「ヴァン君と状況のすり合わせを行う上でも役に立つだろう。狐、新しい身体だよ!」
「おおっと!」
ぞんざいに死体を放り投げるので慌てて合体する。私は人間の死体に潜り込み、その身体を動かすことができる。
「御前!神らしからぬことをしないでください!」
「君には道徳観がきちんとある。身体能力にも定評がある。だから信頼している。そしてこの聖務を任すことができる」
「御前?」
御前は私が知らない真剣な顔をして聖務を告げた。
「けだものを狩れ」
「まぁ怒っているわけじゃないんだけれどね。カタリハカリナ修道院を修道士=モンク=武僧という意味づけにしたのは俺だし。あそこが武闘派になることは何の問題もないね」
「では、何の問題ですか?」
「問題だらけじゃないか。どこの世界に祈りと賛歌と体操とボディビルのポージングを一度に行うバカがいるんだね。しかもパンツ一丁で。教会の子が泣きながら付き合っていたけど、あれ君の圧力におびえていたからね。精神と肉体へ殺傷能力をもたらす訓練をするなとあれほど言った筈なのに」
「ええ、聖典・七戒"汝、殺すなかれ"、聖典・アニエスの手紙2-10"命の尊さを知りなさい、そうして神の目にかなうであろう"、戒律4-1-3でも善行の標は"殺さず"と書いてありました」
「そうだ。その解釈は人間に武器を持たせないためのものだ」
「なので、無手の御業と筋肉の素晴らしさを教えてみました」
「そうじゃないだろ……そもそも修道院長は戒律2-3で粗野な行為を禁じているだろうに」
「"粗野な者に戒めあれ"でしょうか。私ほどたおやかなものにはそぐわないと思うのですが」
「絶句だよ」
溜息が甘い。そして御前に困った顔をさせるのは心苦しい。
夕方まで筋肉晩課をしていたカタリハカリナ修道院。10年前は問題児のるつぼだった。長く生きていればどこもかしこも問題が沸いてくる。修道院のモットーが設立当初から”祈り、闘え”だったため、教会との合同征伐でもいざこざを起こす日々だった。
私が修道院長の職務を担うと数日でそれも解消して教会の司祭たちも安堵の表情を浮かべていた。そしてそれから間もなく司祭たちはドン引きしていたが粛々とミサや典礼を取り仕切っていた。今日来ていた司祭は新人だったのだろう。
「しかも今世は男の体だったから性癖の歪みまで生じていたね」
「はい。戒律4-1-4に従い、淫猥な輩は発覚次第適時処理しました。獣に劣る劣情はよろしくありません」
「どの口が言うんだか……戒律4は善行をするものに神が恩恵を与えるかもしれないよ?という提示にすぎない。そう目くじらを立てなくてもいいけどね。もしかしてチラチラ見ただけで酷いこととかしていないよね?」
手でチョキチョキしている。
「まさかまさか」
修道院を転院すると戒律を無視する輩が少なからずいるのでどうしようもない時には色々としている。だが500年の経験上、人間の修道士は神への従属を従順に行う傾向がある。私と修道士の従順と従属に間違いなどあろうはずがない。間違いがあった覚えがない。間違いは。
「無茶苦茶やっていても敬虔な修道士たちであることが救いだよ。シャレじゃなくてね。ところで……」
説教は続いた。そうして久しぶりに玩具でピコピコポコポコと叩かれながら切々と怒られる。痛くないのに痛いから御前の顔を見上げられない。戒律の解釈が少し間違っているというのはわかるけれど、それがどう間違っているのかはとんと理解できないのである。
「狐、お前が聖典や戒律をきちんと覚えているのはわかる。その点は優秀だ」
「恐悦至極に存じます」
「ただ解釈の仕方が残念」
「えぇ……」
「狼や人間は聖典や戒律を悪用して無視もする。君は善行のために拡大解釈して無視をしない。愛せぬバカと愛すべきバカに慕われてチェザーレ様も難儀しているだろうよ」
戒律2-1かな?”修道院長は神の長兄あるいは母として正しき道を示さなくてはならない”、と。狼が小賢しく人間を処理していることについて御前はご存じのようだ。狼が悪いことをしていないと口答えしていた時も御前が侮蔑の表情を浮かべていたことを思い出す。
そういえば御前の表情を伺うような気持ちになったのは初めてかもしれない。私は。
「俺の上司も君に似た残念だった。障壁に空いた隙を狙って地球へ救難申請を射出するけど、あの上司だけは来てほしくないなぁ」
説教は一段落したらしい。濁った白湯を手ずから用意して下さった。
ここで上司とやらが私に似たたおやかな神かどうかを聞くほどバカではない。
「その……この星へ置き去りにした上司は御前の敵なのでしょうか?」
「違う違う。なんというか……うん、そうだね。その辺はヴァン君に聴いておきたまえ。楽しい新世紀のはじまりの話だよ。それはそうとシダンシ修道院は女性修道院だ。実は私がヴァン君に会う直前にその上司から貰った死体があってね。この日のために取っておいたと言っても過言ではない。これを使って副会長兼シダンシ副院長として執り成しの調査をしなさい」
「御前……」
副院長は初めてかもしれない。院長からの降格も悲しいが狼会長の手下に成り下がるのが悔しい。シダンシの修道院長は大狼だ。修道士の指導を受けたことを思い出す。狼会長よりはマシだと今は思おう。
「ヴァン君と状況のすり合わせを行う上でも役に立つだろう。狐、新しい身体だよ!」
「おおっと!」
ぞんざいに死体を放り投げるので慌てて合体する。私は人間の死体に潜り込み、その身体を動かすことができる。
「御前!神らしからぬことをしないでください!」
「君には道徳観がきちんとある。身体能力にも定評がある。だから信頼している。そしてこの聖務を任すことができる」
「御前?」
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