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01 狐っ娘、御前の元に帰る

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「慈悲深い我らが父神はおっしゃいました」

 鐘の音とともに始めた筋肉晩課おいのりを終えた頃、尋常ならざる勢いで早馬が修道院に向かっていることに気づいた。聞こえたのだ。

「"我は万人の死を望まず"、"改心と鍛錬を望む"、と」

 人間の修道士は知らないだろうが早馬は科学と魔法を融合した秘匿すべき技術である。修道会会長がそれを使ったのであればよほどの急用だろう。
 そ知らぬふりをしつつ結びの鍛錬を代行する。代理で呼んだ教会の司祭が涙を流して拒否するから全て私が取り仕切っている。何がいけないのかわからない。わからないが早馬が届ける文にはその苦情も書いてあるのだろう。いつも通りに。ただ、この日は違った。

 私に文を渡すまでには幾つものプロセスがある。門前の賢い爺と問答をし、門番が世俗用の狭き窓へ案内し、窓口で賓客かそれ以外か短く確認して修道院長である私が扱う案件かどうかを前例に沿って吟味する。吟味した結果、正しいと判断された時、初めて私が誰かに文が届けられたことを知らせる。幾つもの確認や報告を挟むことで修道士は世俗との乖離を守っていくのだ。このような厳格な戒律に則ることが修道院のあるべき姿である。

「赤の文でございます」

 あ、ごめん。それなら戒律すっとばして見に行きます。それは神……私や修道会会長の上司で在らせられる御前おんまえと式神たる狐の私が関わる案件なので。修道院などという人間の世界のルールよりも、至高の御前に与えられた使命の方が尊い。いそいそと回廊を渡り狭き窓へ向かうと針の落ちた音より小さき声で聞こえた通り赤い手紙が見えた。

「押忍、院長師範。こちら……」
「みなまで言わずともよろしい。緊急だ」

 好色と尊敬の入り混じった助修士あがりの修道士が声を上げるが目にもくれない。
 人間のオスに興味はない。キモい。
 手紙にはこう書かれていた。

――全ての仕事を放棄して構わない。急いで、死んで、戻ってこい

 冗談のような通知だが何も問題はない。理解した。
 折よく黄昏時におあつらえ向けの事件の声が聞こえた。

「暴れ三つ首トロールが現れたぞ!!」
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