75 / 91
第69話 魔王妃の修行
しおりを挟む
結論から行くと人狼たちは「完敗」であった。
組手に勝敗があるのかと聞かれると怪しいのだが、これは誰の目に見ても明らかに部下たちの「負け」である。
大戦期の魔物達の圧倒的暴力による一瞬の出来事だった。
以前見たシグマとニャルラによる道中の雑魚狩りよりも遥かに一方的な試合である。
「二人の動きを目で追うのがやっとだったわ……」
私の漏らした感想に足元に佇むワタアメが「もきゅ……」と反応するのだった。
地獄のような組手が終わった後、息も絶え絶えな人狼たちを医師のラティスが処置していく。
自分で攻撃しておきながらも、傷ついた人狼の治療をするとはなんという「マッチポンプ」だろうと私は密かに思うのだった。
一方のオーキンスも人狼たちに戦闘中の動きについてあれこれと指導をしている。
巨体でガサツそうな見た目ではあるが、彼も思いのほか理路整然とした説明をしていた。
「オーキンスもあれでいて意外と教えるのはうまいのよね……」
私はつるつるとした自らの可愛い顎を撫でながら、感心したように独り言つ。
隣に立つロキも「一応料理長ですし、後輩の指導も仕事の内ですからねえ……」と倒れている部下たちの方を渋い顔で見ながら答える。
部下たちの普段の訓練の様子も、ラティス達の実力もどちらもよく知っているロキの心境は複雑だろう。
まあ、規格外の化け物たちのバトルに巻き込まれた部下の人狼たちが一番悲しそうな顔をしているのだが。
「次は師匠もやりますか?」
人狼たちにアドバイスを終えたオーキンスがこちらを振り返りいい笑顔をしている。
私はそんな彼に対して高速で首を横に振るのだった。
こんなところでまだ死ぬわけにはいかない。
----
激しい組手によって空中に舞っていた砂がだんだんと落ち着いていく。
空気も澄んで倒れた人狼たちの体力も回復してきたころ、私はラティスとオーキンスが見守る中でロキから指導を受けていた。
「姫さんの訓練は主に2つ任されてます」
顔の前でピースサインをするロキが私に説明する。
彼の話によると、魔王から私に課せられたトレーニングは「近接戦闘」と「魔力操作」の2点であるらしい。
それを聞いた私は「近接戦闘……」と苦い表情を見せるのだった。
そんなことを言われると、今さっき目の前で見せられた光景がフラッシュバックしてくる。
「いやいやあんた、それは児童虐待でしょうが冷静に考えて」
ロキの提案に対してマジの拒絶をする私であったが、横で笑うラティスは「大丈夫大丈夫!」と楽しそうにしている。
ラティスと並び立つオーキンスも「前魔王妃には俺達も敵わなかったなあ」と遠い空を見つめていた。
指導教官のロキも「アルテミシアの能力が発揮できれば問題ないはずです」とやる気満々である。
「うそでしょ……?ねえ、うそだよね……?」
肉弾戦の訓練からは逃れられないのかと絶望的な顔をして肩を落とす私。
そんな私の様子を見たロキは「姫さん、さすがにいきなり組手はやらないので安心してください」と青い顔の私をフォローするのだった。
----
その後もしばらく困惑していた私が正気に戻ったのは、部下の人狼たちが完全に復活した頃であった。
なんだかんだ理由を付けて逃げ出そうと思っていた私であったが「頑張って魔王様のお力になりましょうよ~姫さん~」という半ば諦めかけのロキの言葉によって我に返ったのである。
「……そうよね、魔王やアドルたちのためにも私が頑張らないと」
ようやく俯いたままの顔を上げて、私はロキに説明の続きを求めるのだった。
ロキの説明によると近接戦闘の訓練では「歩行術」と「体力トレーニング」を行うということであった。
歩行術は以前にガウェインがシグマから教わっていたやつである。
グレイナル山脈を越える際に道中でトレーニングを重ねていたやつだ。
たしか、あの時のシグマの説明では「戦争のように長期的で広域的な戦い」で役に立つパッシブスキルのようなものだったはずである。
つまり、簡単に言えば「疲れないための身のこなし方」というわけだ。
「でも、それって今の魔王軍では教えてないくらい高度な技なんじゃなかったかしら?」
私は足元でおとなしくしているワタアメを拾いあげながら、ロキに疑問を投げかけるのだった。
昔の大戦期には多くの魔物が身に着けていたという歩行術を今の魔物達が使えないことにはそれなりの理由があるはずである。
長期間の調査活動があまりない現在でも、使えた方が便利なことは言うまでもない。
「ええ、ですがそれにも理由があるんですよ」
頭をかきながら少し目線を横にやりながら渋い表情で答えるロキ。
ひとまずその理由を聞かなければなるまいと彼の言葉を待つ私であったが、帰ってきた言葉は意外なものであった。
「悲しいことに、魔王軍の魔物たちは『ココ』があまりよろしくなくてですね……」
自分の頭を指差しながら、魔王妃である私に申し訳なさそうに言うロキ。
以前書庫でアドルが見せた表情によく似たものを見た私は「あっ……」とすべてを察するのだった。
組手に勝敗があるのかと聞かれると怪しいのだが、これは誰の目に見ても明らかに部下たちの「負け」である。
大戦期の魔物達の圧倒的暴力による一瞬の出来事だった。
以前見たシグマとニャルラによる道中の雑魚狩りよりも遥かに一方的な試合である。
「二人の動きを目で追うのがやっとだったわ……」
私の漏らした感想に足元に佇むワタアメが「もきゅ……」と反応するのだった。
地獄のような組手が終わった後、息も絶え絶えな人狼たちを医師のラティスが処置していく。
自分で攻撃しておきながらも、傷ついた人狼の治療をするとはなんという「マッチポンプ」だろうと私は密かに思うのだった。
一方のオーキンスも人狼たちに戦闘中の動きについてあれこれと指導をしている。
巨体でガサツそうな見た目ではあるが、彼も思いのほか理路整然とした説明をしていた。
「オーキンスもあれでいて意外と教えるのはうまいのよね……」
私はつるつるとした自らの可愛い顎を撫でながら、感心したように独り言つ。
隣に立つロキも「一応料理長ですし、後輩の指導も仕事の内ですからねえ……」と倒れている部下たちの方を渋い顔で見ながら答える。
部下たちの普段の訓練の様子も、ラティス達の実力もどちらもよく知っているロキの心境は複雑だろう。
まあ、規格外の化け物たちのバトルに巻き込まれた部下の人狼たちが一番悲しそうな顔をしているのだが。
「次は師匠もやりますか?」
人狼たちにアドバイスを終えたオーキンスがこちらを振り返りいい笑顔をしている。
私はそんな彼に対して高速で首を横に振るのだった。
こんなところでまだ死ぬわけにはいかない。
----
激しい組手によって空中に舞っていた砂がだんだんと落ち着いていく。
空気も澄んで倒れた人狼たちの体力も回復してきたころ、私はラティスとオーキンスが見守る中でロキから指導を受けていた。
「姫さんの訓練は主に2つ任されてます」
顔の前でピースサインをするロキが私に説明する。
彼の話によると、魔王から私に課せられたトレーニングは「近接戦闘」と「魔力操作」の2点であるらしい。
それを聞いた私は「近接戦闘……」と苦い表情を見せるのだった。
そんなことを言われると、今さっき目の前で見せられた光景がフラッシュバックしてくる。
「いやいやあんた、それは児童虐待でしょうが冷静に考えて」
ロキの提案に対してマジの拒絶をする私であったが、横で笑うラティスは「大丈夫大丈夫!」と楽しそうにしている。
ラティスと並び立つオーキンスも「前魔王妃には俺達も敵わなかったなあ」と遠い空を見つめていた。
指導教官のロキも「アルテミシアの能力が発揮できれば問題ないはずです」とやる気満々である。
「うそでしょ……?ねえ、うそだよね……?」
肉弾戦の訓練からは逃れられないのかと絶望的な顔をして肩を落とす私。
そんな私の様子を見たロキは「姫さん、さすがにいきなり組手はやらないので安心してください」と青い顔の私をフォローするのだった。
----
その後もしばらく困惑していた私が正気に戻ったのは、部下の人狼たちが完全に復活した頃であった。
なんだかんだ理由を付けて逃げ出そうと思っていた私であったが「頑張って魔王様のお力になりましょうよ~姫さん~」という半ば諦めかけのロキの言葉によって我に返ったのである。
「……そうよね、魔王やアドルたちのためにも私が頑張らないと」
ようやく俯いたままの顔を上げて、私はロキに説明の続きを求めるのだった。
ロキの説明によると近接戦闘の訓練では「歩行術」と「体力トレーニング」を行うということであった。
歩行術は以前にガウェインがシグマから教わっていたやつである。
グレイナル山脈を越える際に道中でトレーニングを重ねていたやつだ。
たしか、あの時のシグマの説明では「戦争のように長期的で広域的な戦い」で役に立つパッシブスキルのようなものだったはずである。
つまり、簡単に言えば「疲れないための身のこなし方」というわけだ。
「でも、それって今の魔王軍では教えてないくらい高度な技なんじゃなかったかしら?」
私は足元でおとなしくしているワタアメを拾いあげながら、ロキに疑問を投げかけるのだった。
昔の大戦期には多くの魔物が身に着けていたという歩行術を今の魔物達が使えないことにはそれなりの理由があるはずである。
長期間の調査活動があまりない現在でも、使えた方が便利なことは言うまでもない。
「ええ、ですがそれにも理由があるんですよ」
頭をかきながら少し目線を横にやりながら渋い表情で答えるロキ。
ひとまずその理由を聞かなければなるまいと彼の言葉を待つ私であったが、帰ってきた言葉は意外なものであった。
「悲しいことに、魔王軍の魔物たちは『ココ』があまりよろしくなくてですね……」
自分の頭を指差しながら、魔王妃である私に申し訳なさそうに言うロキ。
以前書庫でアドルが見せた表情によく似たものを見た私は「あっ……」とすべてを察するのだった。
0
お気に入りに追加
1,681
あなたにおすすめの小説
お飾り妻生活を満喫していたのに王子様に溺愛されちゃった!?
AK
恋愛
「君は書類上の妻でいてくれればいい」
「分かりました。旦那様」
伯爵令嬢ルイナ・ハーキュリーは、何も期待されていなかった。
容姿は悪くないけれど、何をやらせても他の姉妹に劣り、突出した才能もない。
両親はいつも私の結婚相手を探すのに困っていた。
だから受け入れた。
アーリー・ハルベルト侯爵との政略結婚――そしてお飾り妻として暮らすことも。
しかし――
「大好きな魔法を好きなだけ勉強できるなんて最高の生活ね!」
ルイナはその現状に大変満足していた。
ルイナには昔から魔法の才能があったが、魔法なんて『平民が扱う野蛮な術』として触れることを許されていなかった。
しかしお飾り妻になり、別荘で隔離生活を送っている今。
周りの目を一切気にする必要がなく、メイドたちが周りの世話を何でもしてくれる。
そんな最高のお飾り生活を満喫していた。
しかしある日、大怪我を負って倒れていた男を魔法で助けてから不穏な空気が漂い始める。
どうやらその男は王子だったらしく、私のことを妻に娶りたいなどと言い出して――
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜
ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。
沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。
だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。
モブなのに魔法チート。
転生者なのにモブのド素人。
ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。
異世界転生書いてみたくて書いてみました。
投稿はゆっくりになると思います。
本当のタイトルは
乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜
文字数オーバーで少しだけ変えています。
なろう様、ツギクル様にも掲載しています。
転生したので猫被ってたら気がつけば逆ハーレムを築いてました
市森 唯
恋愛
前世では極々平凡ながらも良くも悪くもそれなりな人生を送っていた私。
……しかしある日突然キラキラとしたファンタジー要素満載の異世界へ転生してしまう。
それも平凡とは程遠い美少女に!!しかも貴族?!私中身は超絶平凡な一般人ですけど?!
上手くやっていけるわけ……あれ?意外と上手く猫被れてる?
このままやっていけるんじゃ……へ?婚約者?社交界?いや、やっぱり無理です!!
※小説家になろう様でも投稿しています
異世界細腕奮闘記〜貧乏伯爵家を立て直してみせます!〜
くろねこ
恋愛
気付いたら赤ん坊だった。
いや、ちょっと待て。ここはどこ?
私の顔をニコニコと覗き込んでいるのは、薄い翠の瞳に美しい金髪のご婦人。
マジか、、、てかついに異世界デビューきた!とワクワクしていたのもつかの間。
私の生まれた伯爵家は超貧乏とか、、、こうなったら前世の無駄知識をフル活用して、我が家を成り上げてみせますわ!
だって、このままじゃロクなところに嫁にいけないじゃないの!
前世で独身アラフォーだったミコトが、なんとか頑張って幸せを掴む、、、まで。
変態王子&モブ令嬢 番外編
咲桜りおな
恋愛
「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」と
「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」の
番外編集です。
本編で描ききれなかったお話を不定期に更新しています。
「小説家になろう」でも公開しています。
モブはモブらしく生きたいのですっ!
このの
恋愛
公爵令嬢のローゼリアはある日前世の記憶を思い出す
そして自分は友人が好きだった乙女ゲームのたった一文しか出てこないモブだと知る!
「私は死にたくない!そして、ヒロインちゃんの恋愛を影から見ていたい!」
死亡フラグを無事折って、身分、容姿を隠し、学園に行こう!
そんなモブライフをするはずが…?
「あれ?攻略対象者の皆様、ナゼ私の所に?」
ご都合主義です。初めての投稿なので、修正バンバンします!
感想めっちゃ募集中です!
他の作品も是非見てね!
猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました
あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。
どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる