幼女公爵令嬢、魔王城に連行される

けろ

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第67話 平和な訓練場

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 魔王城によくみられる「豪奢」な大扉を開けた先には、砂煙と汗の匂いが香る第二訓練場が広がっている。
 いつもはこの運動場のような広い空間にみっちりと魔物たちが集まって訓練しているのだが、今日に限ってその数は少ない。
 人狼のロキと数名の魔物達が訓練場の中央に集まって何か話をしている程度である。

「大戦準備期で訓練というよりは『調査』に駆り出されている魔物が大半ってわけよね」

 ガウェインやシグマ達のように「現場」で活動している魔物がほとんどであり、城にはあまり武闘派は残っていないというわけである。
 普段は込み合う場所が空いているのを見ると、前世で部活動が無い日に体育館を貸し切り状態で使って練習していた時のことを思い出す。
 なんとなく腕に抱いているワタアメをバスケットボールのように持ち直し、指を支点に空中でクルクルと回してみる私。
 突然身体が宇宙ゴマのように回転し始めたワタアメも「もきゅ!もきゅ!」と声をあげて意外と楽しそうにしていた。

「姫さん、お待ちしてましたよ」

 ワタアメを体の周りを転がすように操作しながら歩いていると、ロキ達がこちらに気づき声をあげて近づいてくる。
 私よりも遥かに背の高い人狼のロキは、目算で明らかにガウェインよりも大きかった。
 体表が灰色の短い毛で覆われているロキの身体は良く引き締まっている。
 全体的に「ほっそり」としているのだが、正面から見ても高度に発達した広背筋が見えるあたり膂力は十分といったところだ。
 2足歩行の狼のような佇まいの彼からは一切の隙を感じず、殺気を感じないとはいえ「武人」としてのオーラのようなものが私の柔らかい肌を刺す。

「あなたが人狼のロキね。今日は一日よろしく頼むわよ」

 目の前で片膝を地に付き、同じく片腕を前に出して肘をこちらに見せる獣人たちに対して私は軽く礼をする。
 ロキのほかに人狼が3人ほど彼の後ろで跪いていたのだが、そっちの方には私の腕から抜け出たワタアメがぴょこぴょこと近づいていた。
 3人の人狼に並んだワタアメも、これから講師役として私たちに戦闘訓練をしてくれるロキに対してペコリと丸いからだを動かして礼をする。
 そんなワタアメの様子を見ていた女の人狼の一人が「あら、可愛いわね!」とワタアメを抱き上げて頭を撫でていた。

 お互いに存在を知っているとはいえ、初めて会ったばかりなので簡単に自己紹介をしてから訓練を始めることになる。
 ロキと一緒にいた3人もこの訓練に参加するらしく、魔王妃である私に対して緊張した様子で自らについて話していた。
 そんな3人にもロキと同じように「あまり堅くならなくて良いわよ」とフランクに接する私である。
 お互いの自己紹介で3人の人狼は「ロキの小部隊」の一員であるということが分かった。
 他にも人狼隊の隊員はいるらしいが「現地」にも赴いているため、今日はこの3人だけがいるというわけらしい。

「俺は姫さんのアルテミシアとしての能力を理解しているつもりではありますが、実際に見たことはないですから」

 私の体内に「アルテミシア」という存在が埋め込まれていることは知っているというロキだが、彼は前回の大戦時に生きていたというわけでもないらしい。
 なので、理論上アルテミシアの制御をすることはできると思うが完璧ではないという。
 そういうわけで彼一人だと「魔王妃の訓練」は荷が重いらしく、何名か応援を呼んだというわけだったみたいである。

「もうそろそろここに来るはずだ。姫さんもよく知ったお二方でしょうから……」

 私は応援人員が後ろの3人だと思っていたのだが、ロキの口からでた言葉によって自らの勘違いに気づく。
 彼が言うには「大戦期」を生きた人たちが2人ほど来てくれるという。
 しかし、隊長格達が出払っている今、大戦期から生きている古参など「魔王」か「アドル」くらいのものではないだろうか。
 もしかして、私の知らない古株がまだ魔王軍にいるのかしら……。

「お待たせ―」
「師匠!お待たせしました!」

 私と会ったときの様に目の前で膝をついて礼をするロキ達人狼に合わせて、私は声のする背後を振り返る。
 すると、そこには意外な面子が揃っていた。
 
「えっ?ラティスとオーキンス?」

 素っ頓狂な声を出して驚く私を見て、医師のラティスはニコニコと笑っている。
 横に並ぶオーキンスも「ガハハ、ラティスと俺もこう見えても『武闘派』ですぜ?」と料理で鍛えられた太い腕をブンブンを振っていた。
 というより、魔王軍にいる魔物は皆どっちかというと「武闘派」よね。
 
 こうして、魔王妃とロキと3名の人狼、医師のラティスと料理長のオーキンスという異色の面子で訓練が始まるのだった。
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