幼女公爵令嬢、魔王城に連行される

けろ

文字の大きさ
上 下
73 / 91

第67話 平和な訓練場

しおりを挟む
 魔王城によくみられる「豪奢」な大扉を開けた先には、砂煙と汗の匂いが香る第二訓練場が広がっている。
 いつもはこの運動場のような広い空間にみっちりと魔物たちが集まって訓練しているのだが、今日に限ってその数は少ない。
 人狼のロキと数名の魔物達が訓練場の中央に集まって何か話をしている程度である。

「大戦準備期で訓練というよりは『調査』に駆り出されている魔物が大半ってわけよね」

 ガウェインやシグマ達のように「現場」で活動している魔物がほとんどであり、城にはあまり武闘派は残っていないというわけである。
 普段は込み合う場所が空いているのを見ると、前世で部活動が無い日に体育館を貸し切り状態で使って練習していた時のことを思い出す。
 なんとなく腕に抱いているワタアメをバスケットボールのように持ち直し、指を支点に空中でクルクルと回してみる私。
 突然身体が宇宙ゴマのように回転し始めたワタアメも「もきゅ!もきゅ!」と声をあげて意外と楽しそうにしていた。

「姫さん、お待ちしてましたよ」

 ワタアメを体の周りを転がすように操作しながら歩いていると、ロキ達がこちらに気づき声をあげて近づいてくる。
 私よりも遥かに背の高い人狼のロキは、目算で明らかにガウェインよりも大きかった。
 体表が灰色の短い毛で覆われているロキの身体は良く引き締まっている。
 全体的に「ほっそり」としているのだが、正面から見ても高度に発達した広背筋が見えるあたり膂力は十分といったところだ。
 2足歩行の狼のような佇まいの彼からは一切の隙を感じず、殺気を感じないとはいえ「武人」としてのオーラのようなものが私の柔らかい肌を刺す。

「あなたが人狼のロキね。今日は一日よろしく頼むわよ」

 目の前で片膝を地に付き、同じく片腕を前に出して肘をこちらに見せる獣人たちに対して私は軽く礼をする。
 ロキのほかに人狼が3人ほど彼の後ろで跪いていたのだが、そっちの方には私の腕から抜け出たワタアメがぴょこぴょこと近づいていた。
 3人の人狼に並んだワタアメも、これから講師役として私たちに戦闘訓練をしてくれるロキに対してペコリと丸いからだを動かして礼をする。
 そんなワタアメの様子を見ていた女の人狼の一人が「あら、可愛いわね!」とワタアメを抱き上げて頭を撫でていた。

 お互いに存在を知っているとはいえ、初めて会ったばかりなので簡単に自己紹介をしてから訓練を始めることになる。
 ロキと一緒にいた3人もこの訓練に参加するらしく、魔王妃である私に対して緊張した様子で自らについて話していた。
 そんな3人にもロキと同じように「あまり堅くならなくて良いわよ」とフランクに接する私である。
 お互いの自己紹介で3人の人狼は「ロキの小部隊」の一員であるということが分かった。
 他にも人狼隊の隊員はいるらしいが「現地」にも赴いているため、今日はこの3人だけがいるというわけらしい。

「俺は姫さんのアルテミシアとしての能力を理解しているつもりではありますが、実際に見たことはないですから」

 私の体内に「アルテミシア」という存在が埋め込まれていることは知っているというロキだが、彼は前回の大戦時に生きていたというわけでもないらしい。
 なので、理論上アルテミシアの制御をすることはできると思うが完璧ではないという。
 そういうわけで彼一人だと「魔王妃の訓練」は荷が重いらしく、何名か応援を呼んだというわけだったみたいである。

「もうそろそろここに来るはずだ。姫さんもよく知ったお二方でしょうから……」

 私は応援人員が後ろの3人だと思っていたのだが、ロキの口からでた言葉によって自らの勘違いに気づく。
 彼が言うには「大戦期」を生きた人たちが2人ほど来てくれるという。
 しかし、隊長格達が出払っている今、大戦期から生きている古参など「魔王」か「アドル」くらいのものではないだろうか。
 もしかして、私の知らない古株がまだ魔王軍にいるのかしら……。

「お待たせ―」
「師匠!お待たせしました!」

 私と会ったときの様に目の前で膝をついて礼をするロキ達人狼に合わせて、私は声のする背後を振り返る。
 すると、そこには意外な面子が揃っていた。
 
「えっ?ラティスとオーキンス?」

 素っ頓狂な声を出して驚く私を見て、医師のラティスはニコニコと笑っている。
 横に並ぶオーキンスも「ガハハ、ラティスと俺もこう見えても『武闘派』ですぜ?」と料理で鍛えられた太い腕をブンブンを振っていた。
 というより、魔王軍にいる魔物は皆どっちかというと「武闘派」よね。
 
 こうして、魔王妃とロキと3名の人狼、医師のラティスと料理長のオーキンスという異色の面子で訓練が始まるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

結婚しましたが、愛されていません

うみか
恋愛
愛する人との結婚は最悪な結末を迎えた。 彼は私を毎日のように侮辱し、挙句の果てには不倫をして離婚を叫ぶ。 為す術なく離婚に応じた私だが、その後国王に呼び出され……

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

「いなくても困らない」と言われたから、他国の皇帝妃になってやりました

ネコ
恋愛
「お前はいなくても困らない」。そう告げられた瞬間、私の心は凍りついた。王国一の高貴な婚約者を得たはずなのに、彼の裏切りはあまりにも身勝手だった。かくなる上は、誰もが恐れ多いと敬う帝国の皇帝のもとへ嫁ぐまで。失意の底で誓った決意が、私の運命を大きく変えていく。

皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~

saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。 前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。 国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。 自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。 幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。 自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。 前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。 ※小説家になろう様でも公開しています

たとえ番でないとしても

豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」 「違います!」 私は叫ばずにはいられませんでした。 「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」 ──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。 ※1/4、短編→長編に変更しました。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

処理中です...