198 / 399
198.本棚
しおりを挟む――『花の舞う言葉たち』
十年間この場所を訪れて気が付かなかった、その一冊。しかし今は本棚にあるそこだけが光輝くように見え彼の瞳には特別な本のように、映り込む。
自然と手に取り何気なく開いた頁に載っていたのは本物とは思えない、実際に見たことのない色の花――『ホワイトマリーゴールド』であった。
(これはまた、珍しい。絵……ではない、写真だ。ということは、想像で描かれた訳ではないのか。遠い昔には、白の種類もあったのだろうか?)
そう彼が疑問に感じるのも、無理はない。
マリーゴールドの花は鮮やかな色彩の黄色やオレンジ色の種類が主だ。今でこそ品種改良もされ白系の花もあるらしいと噂を耳にしていたジャニスティであったが改めてその本を閉じ、表紙を確認する。
(やはりこの本……新しくはないと思うのだが)
指で触れた時の質感、古いインク独特の甘い香り、そして見るからに古いに違いないと感じる背表紙もまた時間の経過を、物語っている。
その不思議な感覚は彼の好奇心をさらに、くすぐった。それからまた頁をパラ、パラ、とめくると見ていた頁に戻り写真の花を、見つめる。
(どういうことなのだろう。現代でも、こんなに透き通るような純白のマリーゴールドを、見たことがない)
「マリー……」
無意識にその一言だけ呟きしばらくの間、佇む。存在しないはずの純白の花びらに彼の潤んだ天色の瞳は、釘付けになった。
誰も近付くことのない書庫は心地良い静寂に、包まれる。ジャニスティの意識はその花について丁寧に記された説明と写真だけに集中していた、その時。
――『ベルメ苺のミルクティー、とても美味しかったわ』
ハッ!!
「お嬢様ッ!?」
見つめる本の世界に美しく咲く可憐なマリーゴールドから瞬時に目を離すと、どこからともなく聞こえてきた声の方へ振り向く。
その視線の先は彼が見つけたあの、隠し扉だった。
我に返るジャニスティはどうやら自分の心が響かせた優しいお嬢様の声に思わず反応したのだなと、考える。
それはあの時、スピナに見られぬようアメジストを部屋へ帰すため案内した隠し扉の前で彼女から伝えられた、お礼の言葉であった。
「さて、行くか」
キィ……カチャン。
(私もまだ、全快とまではいかないようだ)
いるはずのない彼女の声に自身の疲労を感じつつも、ふと感じた幸せに笑みを溢し、書庫を出る。
それはおよそ四、五分程の出来事であったが彼は、此処での時間を二、三時間にも感じていた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です
岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」
私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。
しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。
しかも私を年増呼ばわり。
はあ?
あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!
などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。
その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる