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187.心慮

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 その見つめた視線の先。

 馬への配慮を忘れず手綱を操り言葉の続きを発するエデの声は細やかで、柔らかな雰囲気。それでいて強い心慮を感じる。

 それはまるで“物語を話す語り手”のような、心地良さがあった。

「――あれから長く皆様の命を安全にお運びする“御者”という形で、ベルメルシア家を守り仕えさせていただいておりますが。私はただの一度も、歴代の当主様方の考えに、相違を感じたことはございません」

「うむ、エデ。私も先代たちには、尊崇そんすうの念を抱いている。そう……それはもちろん――ベルメルシア家の前当主であった、ベリルに対してもだ」

 応えるオニキスの瞳はふと、馬車の窓から見える澄み切った青空へと向けられる。そして「愛する妻である前に彼女ベリルは、一人の素晴らしい御方としてとうとんでいる」と彼は小さく、呟いた。

 運転するエデにその言葉は聞こえていない。しかしオニキスの声に悲嘆ひたんの思いを感じていた彼は穏やかに、話を続ける。

「旦那様、失礼を承知の上で申し上げますが――」
「ん? そんな他人行儀はいらないさ」

 笑い答えたオニキスの表情はいつものように明るい。その言葉に「いえいえ、そういう訳には……」とエデは続きを、語り始めた。

「では、お話を。私が旦那様と知り合ってからの印象、ですがな。いついかなる時も、冷静に状況を見つめ判断し、様々な事柄もご自身の力で乗り越えておられた。それを重々踏まえて、先程の件について私の意見をお伝えしたく……」

 均等に歩みを進める馬の足音のようにスラスラと話す彼の言葉は突然、気を遣うようにフッと止まる。

「……エデ。何でも思っていることを、助言を。遠慮なく言ってくれ」

 その間、走らせる馬車の周囲に警戒しながらも執事フォルは黙って二人の会話に耳を傾けていた。それはこれから先ベルメルシア家が進む行く末を、見守っているかのように。

「ありがとうございます、旦那様。それではまず、ニ日前の出来事について。アメジストお嬢様が救助なさった瞬間は私も傍におりました。その後ジャニスティがどう対処し、あの子を助けたのか……おおよそは聞いております」

 エデの言葉にオニキスはすかさず答える。

「あぁ、重々承知している。そして私は、心から君に感謝しているのだよ。それは『助けたい』と懇願したであろう愛娘の言葉を信じ、並々ならぬ覚悟をしてくれた、ジャニスティにもだ――」

 力強い口調で発するオニキスの言葉はやはり、聞く者の心を打つのである。
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