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171.気配

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「あら、ノワ」
 肩を寄せ合うように話していたカオメドからスッと離れたスピナは声のする方へ目を向け、返事をする。

「そろそろ、お時間でございます」

 その無表情で抑揚なき細く透き通るような声の主――それはスピナ専属お手伝い、ノワであった。

 彼女はなんと今、スピナとカオメドから身を隠しているジャニスティのほぼ真後ろに立ち、話をしている。

(なぜだ? 全くこの気配に、気が付けなかった)
 無言のまま一驚するジャニスティが一番最初に頭の中で思った、懸念。それは自分が此処に隠れているとスピナへ、話されることであった。

 しかし今更何をしようと無駄だと彼は握っていた手を緩め、覚悟を決める。

「恐れながら、カオメド様。表に迎えの馬車がお待ちでございます」
 そんな中、隠れる彼には見向きもせずにいつも通り淡々と声を発するノワの横顔からは、えもいえぬ余裕さえ感じられた。

「おやおや、僕のお世話までどうも――お手伝いさん? 残念ですね、奥様。まだお話したいことが、沢山あったというのに」

 ノワの言葉を聞き薄笑いを浮かべ、さも残念そうに言った次の瞬間に彼は、元の好青年カオメドに戻る。そして色めき後の乱れた襟元を、整え始めた。

「もういいわよ。カオメド様の事は、わたくしが外までお送りするから。ノワはお茶会の準備に早くお戻り」

 スピナにとってノワは何でも言う事を聞く可愛い人形であり、心許す専属お手伝いとして認めている。とはいえさすがに、自分たちの密会を見られては都合が悪いのか何事もなかったかように振る舞いそれとなく、ノワとカオメドの距離が近づかぬようにする。

 そしてお茶会の準備をする皆への指揮に戻るよう、冷たい視線とツンと取り澄ました表情でノワへ、強く命じたのだ。

「かしこまりました、奥様」
 その場から一歩も動かずにじっと話を聞いていたノワは命令を受けると、深く深いお辞儀を見せる。

「では行きましょう、カオメド様。入口はこちらですのよ? お送りいたしますわ」
「あぁ、すみませんねぇ……奥様」
「構いませんわ。ノワ、後の事はよろしくね」
「はい、奥様」

 美しく手をお腹辺りで揃え頭を下げたまま答えるノワの姿を見て安心し、満足したスピナは彼女の頭が上がる前にカオメドを連れ、その場を後にした。

 ガチャン……カッ、カッカッカッ……――。

 独特な足音が聞こえなくなりスピナとカオメドがいなくなったことを確認したノワは顔を上げ、一点を見つめながらジャニスティへと声をかけた。
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