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163.情人 *
しおりを挟む「オニキスはね、執事のフォルが護っていないと生きていけない……んふ」
「あぁ、それで疑問が解けました!! 納得ですねぇ。確かに、この世には視えないところで様々な魔力が入り乱れています。最近は特に――力を持たない御方には厳しい環境に変化してますよ」
(この口ぶり、旦那様の弱みを握っているつもりなのか?)
「どうする? ここまで知って見過ごすわけには――」
スピナと見知らぬ訪問者、二人の会話に聞き耳を立てていたジャニスティであったが再度、時計を確認する。
「時間が……」
此処に留まってからの数分。近道で稼ごうとした時間が無くなりつつあることに気付き頭を抱え、このままでは話をするどころかオニキスと顔を合わせる時間すらなくなってしまう可能性もあると、彼は悩む。
(見つからずに抜ける方法はあるが、しかし)
――もし、この二人が謀略を巡らせているとしたら。
「今この場を、去るわけにはいかない」
気付かれぬ声でそう呟いたジャニスティは残ることを、決断した。
「他人の隠し事は蜜より甘く、そして……その秘密を言っちゃう瞬間はもっと甘々な毒になるのよ。それを聞くあなたはもう、私から離れられない」
スピナは訪問者の首に腕を回し耳元で妖艶に囁く。相手も彼女の腰に手を当てるとその言葉に、応えた。
「いいえ、スピナ様。そんなものが無くても私の心身はすでに、愛するあなたの物でございます」
「そう? あなたは本当に可愛いわねぇ。オグディア……」
(……オグディア? どこかで聞いた名だが)
スピナの口から出た訪問者の名前にジャニスティの記憶が、反応する。目にした覚えのあるその名を頭の中にある資料をめくるように、探す。そしてすぐにある人物だと気付き、眉をひそめる。
(ま、まさか? こいつは)
ジャニスティは許せなかった。信じられない気持ちと腹の底から沸々と湧いてくる思いに、飛び出す勢いだ。しかし怒りに身を任せそんなことをしてしまっては、意味がない。
――『平穏に、冷静に』
ふと、エデの魔法が彼の心に流れ落ち着きを保たせる。
(そうだ、耐えるんだ。こいつらの悪巧みを、確認するまでは)
「ありがとうございます、スピナ様。私を名前で呼んで下さるとは、光栄に存じます。しかしくれぐれも、オニキスさんの前では――」
「あら? 分かっているわ。“カオメドさぁ~ん”でしょ?」
この日初めてベルメルシア家に来訪した、カオメド。その為ジャニスティは彼の顔を、知らなかったのである。
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