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152.危惧

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「そ……そうなの、そっか」
(奥様がいらっしゃるのは、いつものことなのに)

 ラルミは苦しそうにバタバタと駆け回っているお手伝い仲間の姿に悲しくなりまた自分自身も胸騒ぎを覚え、身震いをした。

――いつも通りに仕事をこなしていれば、何も心配いらないはずよ。それなのに、なぜ? こんなにも身体中が、恐怖心で押し潰されそう。

 スピナは日々お手伝いたちを見張るかのように見て回り仕事のこなし方を、確認する。気に入らない態度がわずかにもあると判断された者はスピナからの強い叱責を受け、厳しいがなされるのだ。

 それは見たくもない悪夢のような、時間。
 嘲笑を浮かべるスピナの見下す表情と低い声が冷罵れいばと共にこの屋敷に響き渡るのは、いつものこと。しかし今日は朝から予期しないあらゆる出来事、揉め事がこの屋敷内で起こった。

(頼れる旦那様も、お嬢様も今はいない)
――今、この場所はまるで。
「生きた心地がしない、地獄だわ」

 希望やり所のないこの状況はベルメルシア家で働く者たちの心を重く、不安にさせる。そしてただただスピナからの理不尽な要求やお咎めを受けないようにという“恐れ”が、皆の感情を抑え込ませていた。

 ……カッカッカッ――バンッ!

「――!!」
(き、来た)

 部屋の扉が大きな音を立て開くとその瞬間、お手伝いたちは一斉に振り向き無音となる。そして予想通り現れたスピナの姿にサッと手を止め数秒後には全員お辞儀の姿勢で出迎えをすると満足そうに、話した。

「はぁ~い皆さぁん、御機嫌よう。さて、部屋のお片付けは出来まして?」
「は、ぃ奥様。じゅ……ん調に進んでおります」
 この屋敷で昔からのお手伝いをする者が、返事をする。

「おーほほ♪ あ・り・が・と」
 その言葉に気を良くしたスピナは部屋の外にある通路まで響き渡る程の甲高い声で、笑う。

「奥様」
 そんな中、後ろからついて来ていたノワが一言、声を出す。その表情は相変わらず人形のように冷たくピクリともせず“無”。

 スピナはその信頼する自分専属のお手伝いの目を見て「あぁ! そうね。そうしましょう♪」とノワを撫で嬉しそうに言い再び、ほくそ笑む。

「はぁ~い、皆さぁん。しっかり聞いてちょうだい。ここにいるノワはねぇ、わたくしの大事な大事な可愛いなのよ。その尊いノワちゃんがなんと! お茶会の準備は主導を握ってやってくれるそうよ~ん」

――ザワッ!!
「そんなこと……!?」

 まさか有り得ないという驚きの声が、囁かれた。
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