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145.背伸

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 程なくして馬車は無事にアメジストの通う学校へと、到着する。

「遅くなり申し訳ございません。アメジスト様」
「いいえ、そんな! いつも安全に送ってくれてありがとう、エデ」
「身に余るお言葉を頂き、恐縮でございます」

 アメジストの感謝の気持ちに被っていた帽子を脱ぐと丁寧にそう、答えた。エデのおおらかな表情に触れ彼女の心情はふっとかるくなり、肩の力が抜けていくようだった。

「帰りも……よろしくお願いします」
「かしこまりました。いつもの時間に、お迎えに参ります」

 いつもは言わない台詞に一瞬、躊躇ためらったアメジストであったが伝えたい気持ちは言葉にしようと、話す。

 そんな彼女の思いを感じてか、何事もなかったかのように安穏とした笑みを見せるエデに少し元気のない笑顔で答えるアメジストは、自分の膝枕で眠るクォーツを起きぬように馬車の座席にそっと、寝かせた。

 そして静かに動きジャニスティへ、呟く。
「ジャニス、この子の事……お願いします」
「はい、お任せ下さい」

 彼の力強い声に安心したアメジストはクォーツのふわふわの白い頬をそっと撫でると、馬車から降りる準備をしていく。

 ガチャッ――キィ。

 極めて正確な時機で来る時と変わらず馬車の扉を開けるジャニスティは、流れるように彼女をエスコートする。

「どうぞ、ゆっくりと。お足元にお気を付け下さい」
「ありがとう」

 彼が差し出した大きな手のひらは身体中が包み込まれるような体温を感じ、とても温かい。落ち着く時間、しかしこれは魔力ではなくジャニスティの“心”が生み出した――優しさである。

「「行ってらっしゃいませ」」

 そう言いながら深いお辞儀でアメジストを見送るエデとジャニスティの姿が彼女の目には“いつも通りの二人”に映った。

――まるで、何事もなかったかのように。
(私も、あんな風になりたい。どんな状況でも冷静に物事を解決できるように)

 自分にはまだ瞬時に気持ちを切り替える能力がないと、思い知らされる。
 力ない笑顔で挨拶の返事をするとアメジストは自分の心が持つ未熟さにすっかり、落胆していた。

「行ってきます」
(本当はまだ、お母様(継母)が怖い。本当はまだ、自分に力があるだなんて信じられない。それに本当は……)

 いつまでも甘えてばかりではいけない。
「これからはもっとしっかりしないと駄目だわ」

 そうクォーツを助けた瞬間から今まで以上の責任感に目覚めた彼女はそればかり考え、背伸びをするように振る舞っていた。
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