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69.羽翼 *
しおりを挟む「では、そろそろ」
そう言うとエデはジャニスティに背を向け歩き出そうとしながらふと、立ち止まる。
「どうした、エデ」
向き直る事なく去り際に、もう一言。
「坊っちゃま。片翼を失くされたのですかな?」
「――?!」
ふと感じた冷たい空気。ジャニスティはその質問に答えられず、黙ってしまった。
「良いのです、貴方様が選んだ道であれば。ただサンヴァル族にとって片翼を失うことが、今度どのような影響をもたらすのか? ご存知のはず」
「知っている。しかし……レヴシャルメ族の子を救うには、こうするしか――」
唇を噛み締めながら言いにくそうに話す、ジャニスティの苦しそうな表情。エデは少しだけ横を向きその苦痛に話す声を、遮った。
「ジャニー、その子には名を与えたのですか?」
「え? あぁ、クォーツだ。お嬢様が名付けられた。もう心に決めていたそうだよ」
「良い名だ。ジャニーが命をかけたレヴの子クォーツに、お会いできるのが楽しみですな」
優しい声色になったエデの顔は暗くてよく見えない。が、ジャニスティが感じていた冷たい空気と心のざわつきは、消えていく。
「エデ、私は」
すると手を前に出し話を静止する、エデ。明るい光を放つ月明かりの下で、笑っているようにも見えた。
「覚悟の上での行動、後悔はない。その思いは伝わりましたのでね。それに」
その言葉の途中で強く吹いた風に目を瞑るジャニスティ。目を開け次に見た光景に――その威厳に驚く。
バサァーバサッ!!
「なっ、エデ……」
(なんだ?! あの美しい漆黒の翼は)
魔力を持つサンヴァル種族は普段、翼を見られぬよう背中に閉じ隠しているため、通常は人族と見分けがつかず、その羽の一枚すら見る事は不可能である。
「どんな事があろうと私は、ジャニーの味方だ」
「しかし私は、指摘の通り羽翼を!!」
するとまた彼の言葉を遮るようにエデは片方の翼を羽ばたかせ、風を起こした。
「――大丈夫だ、必ず上手くいく。だからジャニー、自分を信じて思う通りにやりなさい」
エデは「貴方なら出来る」、そう言葉を言い残し深い安心感をジャニスティの心の奥へ、植え付ける。
そして風のようにその場を、去った。
◇
「はぁ……」
廊下の窓を閉め部屋に戻ったジャニスティは緊張の糸が切れ、安堵の溜息をつく。
「どうなされましたか? お兄様」
するとあの可愛いらしい声が部屋の奥から、聞こえてきた。
「起きていたのか」
「うふふっ」
そこにはふわっと笑う、クォーツの姿があった。
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