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忘れられない言葉

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 ガチャ――……。


 いつも通りの時間。
 学校の準備をし終わると、玄関の扉を開けた私は誰もいない静かな室内へと振り返る。

「行ってきまぁす」


 シーン……。


(って、誰もいないか)

 父は転勤のある仕事で単身赴任、現在は県外でなかなか会えない。そして看護師をしている母は夜勤も多く、今日も家へ帰宅するのは、恐らく午前十時頃になるだろう。


――『学校、行ってきます』


 もう一度心の中でそう呟きながら、私はちょっぴり寂しい気分で玄関の扉をゆっくりと閉めた。


 秋風感じる、九月の朝。

 「んー? 今日は風がひんやりする」

 外に出てすぐ、吹いた風に少し肌寒さを感じながら、学校まで自然と足早になる。そんな通学途中でいつも通る道の先には、母校である小学校があった。



「先生……元気かなぁ」
 ふと見つめた視線の先に映った風景に、気付けば私はそう口にしていた。

 浜崎癒々ゆうゆ、高校三年生。
 今日で十八歳になった私には、今でもどうしても忘れられない言葉があった。


――『癒々ゆうゆ、お前は本当に白色の服がよく似合うな~』


 あれから、七年の月日が経った。
 忘れようとしても忘れられないその言葉はずっと私の心に残っていて。思い出すたび、あの日と変わらず私の心臓はときめいていた。





「先生、お昼休みにみんなで運動場で遊ぼう!」
「おぉー! いいぞ、今日は何するんだ?」

 小学六年生の夏、私は初めて恋をした。想い人はクラス担任の小鳥遊たかなし春都はると先生。学校の先生なので、もちろん黒髪で短髪。でも眼鏡は当時流行りの丸っこい形を付けていて、ちょっぴりカッコいい。

「今日はね~かくれんぼしようと思ってるの!」
「ねぇねぇ、鬼さん二人にしようよぉ」
「えぇ~……そっか、結構人数多いもんねぇ」

「あっはは、そうかそうか。じゃあ先生も参加するぞ」

 先生はいつも外でみんなと遊んだり、体育や野外授業もあったりして。それなのになぜか日焼けしない、色白な肌が印象的。見た目通り温厚で笑顔の素敵な優しい先生だった。

 そしてお昼休み、約束通り先生とクラスのほぼ全員で、かくれんぼ大会決行。「先生だからと言って、特別はナシ!」と、かくれんぼを提案した理華りかちゃんは、参加者全員にくじ引きを引かせ、鬼を決定した。

 私は運よく鬼にはならず、隠れる側にまわる。広い学校内、限られた時間の中でどこでも良いというわけにはいかない。そこで考えた理華ちゃんは「遊具近くにある大きな木が見える場所にみんな隠れること!」そう、ルール付けがされた。

 それからパラパラとみんな、思い思いに散る。

(どこに隠れよっかなぁ~♪)

 数人で同じ場所に隠れる、お決まりのスタイルにならないように私は、みんなが行かない東屋あずまやの裏に身を隠した。

(ここってちょっと薄暗いから、みんな怖がって来ないんだよねぇ)

 それから、しばらくして。

 クラスのみんなが見つかり「キャーキャー」と楽しそうに笑う声がしてきた。

 私はまだ、見つかってないよ?

(あれ? なんだか、みんなの声が聞こえない)

 一人で隠れてしまった私は少し(いや、すごく)不安になり泣きそうになっていた。もう出て行こうか? でもまだ時間ある? と、色んなことを考えながら気を紛らわしていると後ろからあの、優しい声がしたのだ。

「癒々、大丈夫か?」

「え、ふぅえぅぅ……」
 振り返ると、心配そうに私を見ている春都先生の姿があった。

「一人で隠れてたのか? しかもここッ! すごいな~」

 大きな口を開けて、しかし小さな声で見つからないように笑いながら、頭をナデナデしてくれる。

 その時、安心した私は先生に飛びつき泣きだしてしまったのだ。
「し……しゃみし、かったのぉ」

 自分で勝手に意気揚々と隠れたはずだったのにその自信は、どこへやら。

 私は薄暗い場所で一人、みんなの声が聞こえなくなっていき一人が寂しくなって。そこに来てくれた先生は、まるで助けに来てくれた王子様。

 泣きじゃくる私をお姫様抱っこで保健室へ運んでくれた春都先生が、その時に(たぶん元気づけるためだと思うけれど)笑いながら言ってくれたのが――“その言葉”。

癒々ゆうゆ、お前は本当に白色の服がよく似合うな~」

 その後は嬉しくて嬉しくて、涙も止まり不安な気持ちも忘れていった。





――そんなの子供心に抱いた、憧れ。

 恋の好きとかじゃない、そう言い聞かせてきた。
 でも十八歳になった今日、私の心にはやっぱりずっと。言葉と共にあの抱き上げてもらった時の先生の手の温もりが、残っている。

「よし、決めた」
 憧れなんかじゃない、本当にこの気持ちは恋なんだ。

 そう確信した私は先生の居場所を、探し始める。と言っても、珍しい苗字だったから意外とすぐに、見つけることが出来た。

(もう七年も経っているし、覚えてないかも? それに恋人とか……そうだよ、ご結婚されているかもだし)

 会いに行こうと決めた瞬間から襲ってくる、かくれんぼの時とは違う、不安。
(でもこのままじゃダメだし。これから前へ進むためにも!)

 とはいうものの結局、一人で行くのは勇気が出ない私は、理華ちゃん(かくれんぼ提案者)について来てもらうことにした。小・中学校を卒業してからも遊んだりしていて、仲良しなのだ。

――そして私の長年想っているこの気持ちも、応援してくれていた。

「ゆうゆん、だぁじょうぶだって! 私には良い未来が見えるよッ!」

「なっ! 冗談言わないでぇ」

(そうだよね。会いに行って、気持ちを伝えられたら)
――それだけで、十分なの。

「当たって砕けちゃえ~」
 私は気合を入れて、両手を広げた。

「いやいや、砕けないぞ~♪」
 理華ちゃんは満面の笑みで、私を勇気づけてくれる。

 その時すぅっとひんやりとした風が、制服の袖から中に入った。

「理華ちゃあ、風が冷たいよぉー!」
「本当さぶいよぉ! ゆうゆぅ~ん」

 もうすっかり寒くなり、冬を近くに感じるけれど。今日はとても綺麗な青空が見えていて、心地良い。

(この想いを馳せ、今日は白色のマフラーを巻いてきたの)
 私はドキドキしながら、その首元をもふもふする。
 
――当たり前に、失敗するだろうけれど。

「晴れて良かった、告白日和!」

「あっはは、ゆうゆん可愛い」

 照れ隠しにから元気。そんな言葉で気持ちを落ち着けながら、春都先生が現在勤めているという小学校近くまで、行ってみることになった。

 駅へ向かい、電車の時刻を調べていると。

「癒々……じゃないのか?」

――後ろからあの、優しい声がしたのだ。


「ふぇ?」
 振り返ると、嬉しそうに私を見ている先生の姿があった。

「どうした? こんなところで会うなんて、すごいな~」

――あ、あの日と同じだ。

 大きな口を開けて笑いながら、手を振ってくれる。

 私は静かに離れていった理華ちゃんのガッツポーズを横目に、頬を熱くしながら話す。

「じ、実は、先生に会いに行こうとして……あの」

「ん? 僕に?」
 不思議そうな顔で、こちらを見ている。


(大丈夫、自分がんばれ!)
 私は意を決して、先生にあの言葉を伝えた。


「春都先生!! 私、ずっと……ずっと先生のことが」
 言葉に詰まりながら、最後の一言がなかなか言えずにいた。

 目を瞑り「あと一言!」と心の中で叫んでいると先生がふと、口を開く。

「うん、変わらない。お前は、癒々は――本当に白色が、よく似合う」

「ぇ……」
 驚いて顔を上げると春都先生は優しく、私の手を取った。

「手……こんなに冷たくなるまで」
 ありがとうと言いながら微笑んで、頭をナデナデしてくれる。

 長い間、心の奥で想ってきた先生にやっと逢えたという嬉しさとなんだか胸が熱くよく分からない切なさで、自分の瞳が潤んでいくのに気付いた。

――それから私の頬に冷たいものが、伝う。

「癒々……」

「せ……せい。わた……」

「うん、ゆっくりでいい」

 涙が止まらなくなっていた私は少しだけ下を向き、頷く。

 涙で滲む視界の中でも見えていた温かな先生の手に包まれ、しばらくすると落ち着いてきた感情。ふと顔を上げた目の前には、私の大好きな“人”が立っている。せっかく会いに来て、気持ちを伝えに来たんだから! と、勇気を振り絞り、これで最後になる告白をした。

「私、春都先生に子供の頃から憧れていて。で、でも……」

「そうか、はは、嬉しいよ」

 変わらない。
 あの優しい声で、笑ってくれる。

「でもね、聞いて先生。それは違うんだって、これは恋なんだって気付いたの! だから先生の事……えっと」


 しばらく続いた沈黙の時間が、私の心を少しだけ落ち着かせてくれる。それでも話を再開するタイミングが分からなくなっていると、先生がお見通しのように声をかけてくれた。


「癒々、よかったら続きを。聞かせてほしい」

「春都先生……」

 にっこりと、その笑顔が私に勇気をくれるみたいに感じられた。


「私、先生の事が忘れられなくて――ずっと好きでした!」

(よし、私頑張って、言えた!!)


 心の中で理華ちゃんに報告をする。
 すると先生の握る手がギュッと強くなった。

「ありがとう。まさか、こんな風に再会できるなんてな」


 そして、小さく囁かれた言葉。
――この気持ちが……この想いがもし、許されるのであれば。


「ぇ――」

 思えば、そう。
 あれから七年で成長した私は、髪の長さだけじゃなく背も伸びた。

 電車の時刻を調べている後ろ姿を見て、一目で気付いてくれた春都先生はすごいと思う。


「運命かな? なぁんて。でもな、見た瞬間すぐに癒々だと分かったんだ」

 はにかみながら話す先生は、私が想いを馳せて巻いてきた白色のマフラーにそっと、触れた。


「先生……それって」


「癒々。君を思い出さない日はなかった。僕も、忘れられなくて……ずっと――――」




 すぅーっと吹いた、冬の風。

 でも私の頬は熱を帯びて、そのひんやりした空気が気持ち良いくらいだった。


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