恋のはじまり♡恋愛短編集

菜乃ひめ可

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茜色の空に(school Ver.)

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「絵美、また明日ぁ~」
「うん。またね~亜子ちゃん」

 友達と笑顔で挨拶をし手を振り合った私は、彼女の背中が見えなくなるまで見送る。そしていつもの場所へと一人、歩き出した。

 授業が終わり、亜子ちゃんみたいに部活をしている生徒は部室へと向かい、私と同じく帰宅部組な子たちは、これからどこに行こうかとキャッキャ話しながら校門を出ていく。

 するとその横を自転車で、まるで風のように追い越していく同級生は声をかける間もなく去った。それを見る私はいつも「きっとアルバイトでもしているんだろうなぁ」と、勝手に想像するのだ。



――ガラ、ガラ……。

「ふぁ、風が気持ちいい」

 白い雲、流れる空気、そのすべてを色づける太陽。こうして窓から見上げる空は、毎日違う表情をしている。その日その日で変わる空の色は、悲しみや苦しみ、優しさに喜びも……それは天気に左右されるわけではなく、目の前で見える景色で感じるもの。

「人の感情で、空の見え方も変わるのかも」

 その日あった出来事や気分で、それぞれに感じる風は変化する。ただそんなことを詩人のように心の中で呟いた私は、今日も広大で手の届かぬ高さの空に癒され微笑み、空を眺めていた。


――ガラガラ、ガラ。


(ん? 誰か来た……)


 放課後の静かな校舎内、しかもここは誰も来ないはずの空き教室である。そのためハッとし振り返った私は少しだけ驚いた顔で、扉の先に立つ人物に目をやった。

「ひ……広瀬、くん?」
「よぉ、相田。何やってんの、こんなとこで」

 名を呼び合ったその人は、一年、二年と同じクラスだった広瀬くんだ。三年では別のクラスになって離れた。しかし、この二年間ちょっとを思い返してみても彼とはあまり会話した記憶が無く、なんだか恥ずかしくて視線を外してしまう。
 その上、男の子と話すのが少し苦手な私の心臓はドキドキして、彼からの問いへ答えるのに少々時間がかかった。

「……空を、見てるの」
「そっか」

 数分後、一言だけ返すことができた言葉。そんな私の声を待つ間、広瀬くんは聞き返すこともなく、まるで今日私が感じている景色の中へ融け込むようにゆっくりと動き、気付けば窓二つ離れたところに立っていた。

「……」
(どうしたんだろう? 自分の教室ならまだしも、ここは空き教室だし。備品とか何も置いてないところなのに)

 そうなのだ。このような教室に忘れ物を取りに来たはずはないであろう彼は、一体どんな用事があってきたのだろうと思い、無意識に私は少しだけ首を傾げてしまった。

 しばらく黙ったままで、それぞれに空を見上げる。外から聞こえる運動部生徒の頑張る声や吹奏楽部が演奏の練習をする楽器音を、不思議と気にならないくらいの静けさ。それは一人でいる時と同じように、私は居心地の良い沈黙だと感じていた。

「綺麗だな」
「ふぇっ?」
「空」
「……うん」
「こっから見える空色、なんか良い」
「…………うん」

 私も心からそう思っている。
 でも、もうすぐここは特別進学クラスための教室として使われることが決まったらしい。今は改装工事前で片付けられ、机も椅子も何もなく殺風景だ。しかしその古くなった雰囲気がまた落ち着き、私にとってはこのまま残してほしいなと思うくらい好きな場所である。

(いつだったっけな、工事が入るの)

 もうここで癒されることもないんだなと、そんな寂しい思いと太陽の眩しさも相まって目を細めた私に、彼は再び同じ言葉を言う。

「綺麗、だな」
「ぇ、あ、うん。もうすぐ、陽が沈ん……」
「いや、お前がさ」
「……ぇ?」

 太陽が傾き始め、美しい青空は一気に夕陽色へと変化していく。

「相田絵美さん」
「ぅ、あ、はい?」

 苦手意識でドキドキしていたさっきまでの心臓音は、いつしかくすぐったいようなキュウっと胸が締め付けられるような初めての感覚で鼓動を打つ。

「入学式で見かけて何となく気になって、それから同じクラスになれてからもずっと、俺は相田のこと目で追いかけてた」

「……わ、たし?」

 顔はリンゴみたいに真っ赤で、聞こえそうなほどのドキドキが自分の気持ちを奏でる中、同じく頬を染めた彼から告げられた言葉は――。

「そう、お前のこと。三年でクラスが離れてから、この気持ちが……自分の想いは本気だって改めて分かった」

「そ……その」

「相田、好きだ」


 フワぁぁ――……。


 教室の窓につけられたカーテンが急に吹いた強い風で私たちの間へ舞うと、互いの瞳を見つめ合っていた視界を一瞬遮る。その時間は短くて、でもとても長く感じた。


 フヮ――。

 視界が戻りまた彼と目が合うと、笑顔で言葉をかけてくれた。


「綺麗だ」
「広瀬くん……」
「太陽の光に負けない。相田は俺の中でずっと輝いてる」

「あの、えっと……」

 すぐには返事できないけれど。
 本当は私も、ずっと彼のことが気になっていた? 目で追うことが多かったなとそんな自分が抱く深奥の気持ちに気付いた、ある日の放課後。

「返事は急がない。とりあえずさ、良かったら今日一緒に帰らないか?」

「う、うん……あり、がと」


 初めて歩く、時間。
 見上げた夕空はいつもよりも、明るく感じて。

「風、冷たくなってきたな。寒くない?」
「え、うん。だぃ、じょぶ」


(逆に身体が火照って、ぽかぽか)


 そんな、茜色の空に――自分の気持ちを映した。
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