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空色の貝殻(love at first sight)

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「わぁ……きれい」

 それはどこまでも続くマリンブルー。

 空に浮かぶ雲が目の前に広がる水面に映ると、そう錯覚する程に澄んだ美しい海。その広大さは、幼かった私の狭い視界には入りきらなかった。

 その海中をパシャパシャと音を立てて魚が楽しそうに泳ぎ跳ねる姿が肉眼で見えたことに興奮した私は、胸が躍りはしゃいで、感動したのを覚えている。

 そんな時、突然後ろから声がしてビクッとする。

「君、どこから来たの?」
「わたし? ……えっと、ぇ」

 見知らぬ地で初めて会った男の子。

 当時の私は人見知りがひどく、そんな簡単な質問にも答えられずにモゴモゴしてしまう。するとその子は気を遣ったのか優しく微笑みながら別の話を始めた。

「知ってる? ここの海には“空色の貝殻”があるんだよ」

「そ……空?」
(え~、どんな色の貝殻かなぁ)
 恥ずかしく頬を赤らめ俯き加減だった私の鼓動はわくわくと高鳴り、嬉しさでその瞳は潤む。

 それは、キラキラしていて綺麗なものが大好きな私の好奇心と、興味を惹く最高の言葉だったからだ。

「そう! その貝殻ってさ、とても、と-っても薄いんだ! だから上に向けると空が透けて、毎日違う“空の色”が、貝殻から見えるんだよ!」

「ふぇ~っ……すごぉ~いねぇ♪」
「すごいだろ! なぁ、今から一緒に探そうぜ!!」
「え、ぅ……ぁ」

 お母さん――?

 一緒に海を見に来ていた母に聞くようにチラッと顔をうかがうと、笑いながら「遊んでおいで」と頷く。その瞬間、私はぱぁーっと紅潮し振り返ると込み上げた嬉しさで元気よく、大きな声で返事をした。

「うんッ! 探す!!」

 初対面で仲良くなることはほとんどなかった幼少期の私。しかし驚いたことに、この日はその男の子へ心の扉をすんなりと開いていたのだ。それからしばらくの間、一緒に貝殻を探し続けた。静かに、黙々と、海の音色だけが耳に触れてくる心地良い時間。

 離れたり近付いたり、たまに互いを気にしながら。
――それはまるで寄せては返す、波のように。

 一時間くらいだっただろうか。“空色の貝殻”を二人で一生懸命探したが、なかなか見つからない。結局、暗くなるからという母の言葉で帰ることとなった。残念だったけれど、たくさんの素敵な貝殻を発見できて嬉しく、それ以上に心の奥から沸きあがってくるうきうきとした感覚がずっと私の心の中を占めていた。

 ぽかぽかと幸せな気分に浸り、いつまでもほっぺたは桃色で。


 今思えばあの時、すでに私は。
――『恋』をしていたのかもしれない。


 ザザーン……ザバァーン……ザザン――――。





 それが、十年前の夏休み。
 私が七歳の誕生日を迎えてから一ヶ月程経った頃の出来事だ。

 この年は両親が長期の休みが取れたと言い兄と私の四人、家族全員で母の故郷へと遊びに来ていた。そこは現在住んでいる場所からはとても離れており、電車と飛行機を乗り継ぐ。

 これまで一度も母の実家へ行ったことがなかった私は、生まれて初めて会う祖父母に大緊張。それに加えて、手加減なしに可愛い孫を溺愛する祖父母の間に挟まれ、どうしたらいいか分からない状態。

「ほら~千夏ちなつちゃん! これジュースよ~」
「いや~可愛いなぁ千夏は。じいちゃんが美味しい夕飯作ってやろう!」
「ぅにぁあは……ぁ、りがと、です」

「「かーわーいー!!」」

 二、三日は気恥ずかしさで、あまり会話も出来なかった。

 しかしここには二週間滞在したこともあり、帰る頃にはすっかり祖父母の愛情表現や土地にも慣れ、「おじぃちゃん、おばぁちゃん! 大好きぃ~」と、くっついて甘えっぱなし(それは今も変わってない)。


 楽しい時間はあっという間で、母の実家を出発する日がきた。すると、朝早くに玄関のベルが鳴る。

「あら、こんなに朝早く……誰かしらねぇ」

 よいしょっと玄関へ向かった祖母の、驚き会話する様子が聞こえてきた。

「お、おはようございます! 朝からごめんなさい」
「おや、永太えいた君。どうしたんだい?」
「実は……あの……これを渡したくて――」

(あ、もしかして!!)
 聞き覚えのある優しい声に、私は飛び上がり玄関まで急ぐ。
 そして目に入ったのはやはり、海で出会ったあの男の子だった。

「お、おはよう……ござましゅ」
「おは、おはよ! あ、あ、あのさ。その、あれからずっと僕、“空色の貝殻”を探してたんだ。でもやっぱり見つかんなくて……それでこれ! キラキラして綺麗だったから……これ、あげる!!」

「ふぇ、あ、ありがとぉ……」

「だ、だめ? 嫌い!?」

 心配そうに聞いてきたその子へ首をブンブンと横に振ると、私は満面の笑みで、その時の喜びを言葉にした。

「嬉しい! きれい、キラキラだぁ! ありがとぉ!!」

 受け取ったその丸いキラキラしたものは貝殻とは違い、厚みがある。しかし私にとっては、なによりも素敵で美しく輝いた“宝石”のような贈り物だった。

「まぁ! ……ウッフフ」
「おばぁちゃん?」

 クスクスと笑う祖母のことが不思議で見つめていると、その子は「じゃあ!お邪魔しました!!」と、急いで帰ってしまった。


 その後――。

 成長した私は、何度か一人で祖父母の家へと遊びに行った。その度に、あの海へも足を運んでみるが当然、あの男の子――永太君には会えていない。

(そういえば、幾つぐらいだったんだろう。私より少し年上かな)

 夏の強い陽射しでも、海に輝く光の粒たちは清々しく爽やかで。そしてまるでたくさんの宝石が一面にちりばめられているように、光るのだ。

「あの日も、そうだった」

 あの頃、出会った時の海景色は今でも心の奥深くで色褪せずに残る。

――私の心に芽生えた恋心は、何色だろう。

「やっぱり、空色……かな」

 そんなことを想いひとり、笑う。
 届けてくれた『まぁるいキラキラ』は今でもこの手の中。
 上に、空に向けてみた“宝石”は……。


「綺麗。でもいつかまた、“空色の貝殻”を、一緒に探したいな……」

 あの日からずっと変わらずに、きらめいている。


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