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ショートケーキの苺♡は先に食べるか後に食べるか(unrequited love)
しおりを挟む「なぁ、苺。お前はどっちから食べる派?」
「……え?」
いきなり意味不明な質問をしてきたこの人物は、彼女の幼馴染で家もお隣さん。そして高校の同級生でもある、大沢景季。その彼が聞いてきた質問の意味が全く理解できないという彼女の名は、草野苺である。
「なぁ、どっち?」
「え? いや、あのぉ景季? そもそもが……どっちも何も、一体何に対して言っているのかが分からないんだけど」
困り顔で首を傾げた彼女の様子を真剣な眼差しで見つめた彼は、再び同じことを聞いて笑った。
「ん、あ、そうだった。あはは」
「あははって」
(ぅぅ、ょ、弱ぃ)
彼女はいつも、この無邪気で少年のような彼の言葉や仕草に心ときめかされ、振り回されている。今もそう、まるで子犬のようなつぶらな瞳と人懐っこい笑顔で、苺の抱えるこの想い(片思い)をさらに、増幅させていくのである。
(ふはぁ~、もぉ! 私の気持ちも知らないで――)
「んじゃ、改めて」
「あ、はぁ」
それにしても本当に、何が聞きたかったのだろうと思う彼女はワザと気のない返事をして背を向ける。それでも見えるよう前にまわり彼は、至近距離で笑いかけてきた。
「そっぽ向くなって、機嫌悪いの?」
「ちょッ! か、顔が近い!!」
彼女は嫌がる素振りを見せつつ、しかし内心はドキドキと嬉しく心音をたて、頬をうっすらピンク色に赤らめてしまう。
(お願い! 悪戯にそういうことするのやめてぇー!!)
「んぁ、うん? えっとさ、何の話かって……このショートケーキの上にのっかってる美味しそうなイチゴを、先に食べるか、後に食べるか? って話」
「あ~なぁんだ、そういうことぉ」
(なるほど、それで『どっちから食べる』なのね)
二人の家は隣、さらに両親共になんと学生時代からの友人というのもあり、家族全員で仲が良い。
そのため祝い事や特別な行事、その他もろもろ……色々とイベントがあるたび、どちらかの家に呼ばれたり、食事会をしたり、またある時は旅行に行ったりと、おかげで二人は一緒に過ごすことが多かった。
――それはまるで、“きょうだい”みたいに。
そして、この日。
近くにオープンしたケーキ屋さんで買い過ぎたという景季の母から彼女はお呼ばれし、苺ショートケーキをごちそうになるところだった。
「うーんと、そうだなぁ。私は先に……いや後で食べる~かなぁ」
「そうかぁ、なんで?」
「美味しいものは、最後の楽しみに取っておきたいとか……うーん、やっぱり先? その時によって違うよぉ」
「まぁ、そうだな……じゃあ、今は?」
「え、今?」
質問されたのはたいした内容ではない。しかし、いつになく真剣な顔で聞いてくる彼の吸い込まれそうなくらい綺麗な瞳。
苺は自分の気持ちを見透かされているような気分になり、全身が熱くなっていった。
「景、お母さん買い物行ってくるから」
ビクッ――!!!!
「はぃよ~、いってらっしゃい」
「いる物あったら連絡してよ~。じゃあ苺ちゃん、ごゆっくりねぇ」
「ぅあ、ハイ! ありがとうございます……」
景季の母が発した快活な声でハッと我に返った彼女は、心の中で“恥ずかしい”と顔を真っ赤にする。
――ガチャリッ。
何となく沈黙となっていた部屋に、玄関のドアが閉まる音が響く。ふと景季の視線は頬を染めた彼女へと向く。
「どうした、苺。顔が赤いぞ……熱でもあるんじゃないのか?」
「ッ! んぁ!! だ、大丈夫! にゃ、にゃいょ! なんでもないからッ!! そ、それよりケーキ! 早く食べよーよ」
「ん、うーん? 元気ならいいけど」
体調を気遣い自然と触れてしまった彼女のおでこ。ぱっちり二重でいつも潤んだキラキラの瞳が印象的だ。ふと目が合い、その桃色に染まる可愛い頬に触れてみたいと感じた景季の想い(片思い)は、一気に溢れる。
(つるつる肌、綺麗だな。可愛い……苺は本当、ずっと変わらないな)
その一瞬、触れようとしてしまった手をグッと握り、切なく目を細めた。
「……景季?」
「ん、あぁ何でもない。美味しそうだよな~」
互いにいつもと違う空気を感じ合いながらも、目の前にある美味しそうなケーキを見てほっこり、笑顔になる。
「あ、フォーク。母さん、忘れたな」
「私、取ってこようか」
「ありがと、場所……って、分かるか」
「ハイ! これだけ家族ぐるみでお世話になっているので」
「確かになぁ~ははは」
和む笑い声に穏やかに流れた――時間の風。
「ふふ、よし! じゃあ取ってくる~」
「あぁ……なぁ、苺」
「ん~?」
フォークを取りに立ち上がった彼女に、景季はもう一度尋ねる。
「今日は、先に食べる? 後に食べる?」
「えぇー、まだそれ言うのぉ~」
うふふっと笑いながら振り返った彼女がフォークを取り「じゃあ、後!」と答えた。
「そ、っか」
一言だけ返事をした彼もまた立ち上がり、彼女の方へと来る。
「……?」
「フォーク、ありがと」
「え、うん?」
(どうしたのかな……)
そっと、彼女の手から受け取ったフォーク。逆の手には美味しそうなショートケーキの皿を持ってきていた。そんな彼は少しだけ、恥ずかしそうな顔をしているように見える。
(なにか、話さなきゃ!!)
「ぅ、あ、あのね~そ、そうだ! 景季は、どっち?」
「えっ?」
「ショートケーキのイチゴ! 先に食べる? 後に食べる?」
彼の口元がふんわりと緩んだ。彼女はその姿にまた自分の頬が赤くなるのを感じて、思わず彼からの質問をそのまま返す。その言葉に彼は少し驚きすぐにふっと笑う。
「俺は……どっちでもいい、かな」
「えー、そんなの、ずる……ぃ」
ドキッ――。
見たこともないような優しい表情の彼。フォークで取ったイチゴとケーキを彼女の口元へと持っていき、ニコッと一言。
「ほら、俺のも……ショートケーキのイチゴ、あげるよ」
「え、いっ、いいよぉー! そんな、せっかくだし、ひとつずつあるから一緒に食べ……」
「いいんだ」
(だって、俺がほしいのは――)
「んぁはむっ!?」
「あっはは、クリームついてるぞ」
いきなりイチゴを唇につけられ反射的に口を開けた彼女は、結果的に甘いスポンジクリームの美味しいケーキを一口だけ食べさせてもらうことになってしまった。
「美味しいか?」
「お、おいしーけど……いきなり口に入れないでよぉ」
「ごめん、ごめーん」
「もぉ~!」
(でも、なんだか……すごい幸せだよ)
「じゃあ……俺にもちょうだい」
「え? あっ、イチゴ?」
(あげるって言ったのに。景季ってば、へーんなの)
彼女は不思議な感覚になりつつも自分のケーキを取りに「ちょっと待ってて」とテーブルに戻ろうとした、その時――。
「違うよ」
「……? 違うって」
「俺がほしいのは“イチゴ”じゃなくて、“苺”――お前の事」
「ぇ、え?」
「好きだ、ずっと前から。もうこの気持ち隠せない、もう……この想いは隠さない」
「あ……あの、景季! 私ね」
(片思いだって思ってた。ぎこちなくなるのが怖くて、伝えられなくて)
「いいんだ、苺。答えは言わなくても、気にしなくていいから。これまで通り、一緒に笑ってくれたら。それで俺は」
(片思いだって解ってて、言えなかった。関係を壊したくなかったから)
「景季が付けたクリーム……取ってほしい、な?」
それはとても甘く、そして少し甘酸っぱい。
「――……ん、おいし。“イチゴ”も、“苺”も。どっちもおいし」
両片思いだとも気付かず、互いに胸の奥でずっと抑え込んできたその想いと、一緒に過ごしてきた二人の時間が、変化した瞬間。
「なにそれ……はずかし」
新しく紡いでゆく、恋のはじまりである。
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