恋のはじまり♡恋愛短編集

菜乃ひめ可

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雨空が好きになった理由(coincidence)

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 それは、突然の雨だった。


「雨宿り、していきます?」

 その言葉にふと振り返った彼女は、突然のことに少しだけ驚いた様子で声の主を見つめる。しかしそれからすぐにハッと状況を把握し気付くと、慌てて頭を下げて謝った。

「す、すみません、お店の前で。お邪魔……ですよね」

 ザァぁ――――……。

 その可愛らしい声は次第に強くなる雨音にかき消されそうなほど小さく、また店主にはその発声や身体が震えているようにも見えた。

「いいえ、邪魔だなんて……ただ、これから豪雨になるようです。良かったら、お店の中へどうぞ」

 その話で、彼女の潤んだ瞳の目線はゆっくり上へと向けられる。

 雨空――当然のことだが、陽は差していない。しかしそんな空を、彼女は眩しがるように遠い目でしばらく見つめていた。

(一体、どうしたのだろうか?)

 程なくしてその瞳は、店主の心配そうな顔を映し出す。それから瞬きを数回、お辞儀をしてからほんの少しだけ笑顔を見せた。

 と、次の瞬間――!

 ゴロゴロ……ピカ――――ッ!

 ドォ―ンッ!!

「きゃあっ!!」
「お……っ。と、大丈夫ですか?」
「はっ、いえ、あの、ぅあ、すみません……」

 激しい雷音に、今度は大きな声で飛びあがった彼女は倒れ掛かり、店主へと抱きつくようにぶつかってしまう。

「いえいえ。しかし、稲光も見えた。近かったですね……危ない。とにかく、店に入りましょう」
「……はぃ。すみません、ありがとうございます」
「ははっ、そんなに謝らないで下さい」

 仕事の帰り、突然降り始めた大雨に偶然通りかかったこの雑貨店の屋根に入った。その姿に気付いた店主は、そこでは雨に当たってしまうからと入るよう案内する。彼女は申し訳ないなと思いつつ中へ入り、雨宿りをさせてもらうことにした。

 カラン、コロ―ン♪

「ふ、ぅわぁ……なんて、素敵なお店……」

 周りをキョロキョロと見回しながら感じたことを、思わず呟く。それから店の奥にあるアンティーク調の椅子とテーブルが見えてきた。

 キィーカタン。

「あ……えっと」
「お茶ぐらいしか出せませんが、こちらでゆっくりしていて下さい」

 まるで高級レストランのウェイターのように丁寧に椅子を引き、ゆっくり手招くと座らせてくれる。

「ぁ、ありがとうござい……あの! お構いなく」
(雨宿りをさせてもらっているのに、お茶まで出して頂いたら! そんなの申し訳なさすぎる)

 彼女はこの時、店主の優しさ、思いやりの心に感激し、胸が熱くきゅーっと苦しくなるような、しかし心地良いようなドキドキした感覚になっていた。

「――」
「んぁ、ぁ……」

 目が合うとにっこりと笑い、カーテンの奥へと入って行く店主。

 普通は気にも留めないことかもしれないが、今このやりとりが何だか彼女にとってとても嬉しい出来事のように思えた。

 一人になった彼女は、ふと木枠のお洒落な窓に目をやる。そこから見える外は、やむ気配のない大雨だ。火照る顔を冷ますようにぼーっとガラスにあたる水滴を眺め、上がっていた気持ちを落ち着けていた。

「はぁ……」
 小さく溜息をついた彼女が鮮明に思い出すのは、この日に起きた仕事の出来事である。


 カチャ、カチャン――コトン。

「お待たせしました。さぁ……どうぞ」
「ぁ、ありがとうございます」

 五分程経っただろうか、店主が心地良いカップの音を立てながら丸テーブルへ置くと、彼女から少し離れた位置に座る。

――良い、香り……って!
「エッ!? これ」

 店主が入れたのは、ほど良い温度で落ち着く紅茶。そのお茶請けにと木の皿にのる菓子を見た瞬間に、彼女は思わず声を出し驚いた。

「僕、好きなんですよ。ここの洋菓子店」
「ぅあ、ハイ。知って……存じ上げております」

 慌て驚くのも無理はない。
 目の前で上手に並べられたその焼き菓子は、彼女が勤める店の商品。しかもなんと、彼女自身が企画をし初めて商品化された菓子であったのだ。

「特にですね、この可愛い動物の形をした焼き菓子が……」

 ぽろぽろぽろ……。

「どうされたのです? 何か僕、気に障ることを」

 突然泣き出してしまった彼女に、先程まで落ち着いた雰囲気を崩さなかった店主が今度は慌ててティッシュの箱を取りに立ち上がった。

 すると、彼女は満面の笑みで、一言。

「ありがとうございます、とても、とーっても! 嬉しいです」

「え、え?」


 仕事で辛いことがあった彼女は、気を落としていた。そんな中で降り始めた雨に、なんと自分は運が悪いのだろうと思い、その大雨は彼女の心へさらに追い打ちをかけたのだ。

 その悲哀に満ちたような彼女の姿は、無意識に店主の心に何かを感じさせたのかもしれない。いつもであれば声をかけることもないが、この日は自然と声をかけ中へと招いていた。


「驚きました! 貴女がこの焼き菓子を!? こんなに可愛く、そして甘すぎないこの味……僕、いつも美味しく頂いているのですよ」

「私も、とても驚きです。まさかこのようにお客様のお声が聞けるだなんて」


 それから一時間程、二人は穏やかなお茶会を楽しむ。
 初めて会ったはずなのに心の安らぎを感じる、幸せなひととき。


――ねぇ雨さん、まだやまないで……。
 もう少しいたいと、彼女は心の中で願う。


――雨がやんだら、帰ってしまうのかな?
 もう少しいてほしいと、店主――彼も、そう願って。


 二人の願いが届くように。
 小雨でもまだ、やみそうにない――雨空。


 もっと互いを知りたいと想う時間を、過ごしたのだった。

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