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最後の言葉(sad love)

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※悲しい表現があります、苦手な方はご注意ください。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



『……好き』

 今にも消えそうな姿。
 かすれた声でそう呟き、去って行ったその女性ひとの瞳は――。

『ありがとぅ』
 少し、潤んでいるように見えたんだ。




「誰なんだろうなぁ。あのひと……」

 それはたまに見る、夢の中でしか会ったことのない女性だった。

「え? 何、独り言?」
「ん、うわぁ! なんだよお前、いたのか」
「いたのかってなんだよ~。せっかく見舞いに来てやってんのにさぁ」
「んあ、そうだよな。すまん」

 俺は七年前、バイク事故で意識不明の重体になった。一命は取り留めたが三年間眠り続けたのだという。主治医の話から両親も諦めかけていた、そんなある夜。意識のないはずの俺が覚えている夢の中に、一人の女性が現れた。彼女はずっと、何かを僕に伝えようと、懸命に小さくかすれそうな声で話しかけていたのだ。

 どのくらい経ったのかはもちろん解らないが、やっと、その声が言葉として理解出来た瞬間に、俺はなぜか――目を覚ました。

「あっはは! でも良かったな誠二せいじ。もうすぐ退院できそうなんだろ?」

「あぁ……うん」

「長かったな~、やぁホント。お前は頑張った」
 高校時代からの友人、真也しんやはずっと俺の事を心配して見舞いにも毎週来てくれる。

「痛って、痛いってぇ! バシバシすんな、まだ病人だぞ」
「だーいじょうぶ、だぁぃじょびーん」
「はぁ、何それ……」
 そして真っ白な歯を見せ大笑い、俺の背中を叩きながら退院間近なことを心から喜んでくれていた。

 しかし、なぜか?
 退院が近づくにつれ俺の心は日に日に、憂鬱さを増す。

 周囲は「リハビリを続けていくのが大変だからな」とか「今後の社会復帰についての不安だろう」と、真っ当な答えを返してくれる。

「まぁ、あんま気にすんなよ。病院出てみりゃ気分もそのうち戻るって」
「そうだな、サンキュ……真也」
「お、おーっと! そろそろ帰るわ」
「あ、あぁ……ありがとな」

 そう慌てるように病室を出て行く友人の笑顔が、いつもと違い引きつって見えたのは、気のせいだろうか。



 とある、夏の日。
 俺は晴れて、退院の日を無事迎えた。

「いやぁ~誠二君、長いことよく頑張ったね。奇跡だ……退院おめでとう」
「先生、ありがとうございます……まだリハビリとかお世話になりますが、よろしくお願いします」

 パチパチパチ――――ッ!!

 大きな花束をもらい少しだけ恥ずかしい気分の中、たくさんの病院関係者の方々に見送られながら、俺は迎えに来てくれていた母と父の運転する車へと乗り込む。そして、もちろんその車内には――。

「うわぁぁ~うぐ、ぜいじー退院おめれどーぉぅ」
「あ、もぉ泣くな! だいたいお前なんでいるんだよ」

 どうしても退院を見届けたいと、真也はうちの車に乗り一緒に来ていたのだ。しかし今日は平日……「仕事はどうした」と聞けば、有給休暇を二日取ったから大丈夫だと自慢気な顔をしている。嬉しい反面、その様子が空元気にも見え、どこか不自然にも感じた。



「うっはぁ~……海だ」

 快晴――久しぶりの病室外の世界……父は気を利かせてくれたのか海沿いをドライブしている。あまりの気持ちよさに窓から身を乗り出しそうになった俺を、慌てて引っ張る真也。危ないだの過保護だのと賑やかに言い合い、両親も笑って話をしていた。


 しばらく走ったところでちょうど昼時。
 小さい頃からよく家族で行った、海の見えるレストランで食事をすることになる。


「あー美味しかった!」
「久しぶりに来たよなぁ」
「えぇ、そうねぇ。誠二が高校に入る頃にはもう、こんな風にゆっくり出かけたりする時間もなかったから」

 久々の家族(?)水入らずの食事が終わり、両親は思い出に耽る。しかしなぜか? 最後に来た頃を俺はそんなに昔……とは思えなかった。

(眠ってる期間が、長かったからか)
 少しだけモヤモヤした感情を抱えながら、一番楽しそうにしている真也に車いすを押され、俺は店を出る。

「さぁて、誠二。どこか行きたいとこはあるか」
「えっ……あ……」

 父の質問に数十秒、間が空いた言葉のつなぎ目。
 みんなが静かに俺の言葉を待ってくれていた。そして、いつの間にか行きたいところは――あの場所を、言っていたのだ。

「……そうか、分かった」
「エッ!? でも、お父さん……」
「誠二が行きたいと言っているんだ。大丈夫」

 その会話でハッと我に返ったような感覚。そして横にいる真也と目が合うと鋭い眼差しで俺を見て、一言。

「誠二、安心しろ」
「う、うん……?」


 行きたいと、行かなければならないと思った、場所とは。

――「事故現場に行って、見ておきたい」





 バンッ!

 車のドアを閉める音が、いつもより耳に響いた。無理はいけないと医者に言われているが、少しの距離なら歩けるようになっていた俺は車いすには乗らず、現場へと向かった。

「此処だ」
 今朝、先に誰かが来たのか?
 道路の隅には、花が手向たむけるように置いてある。

「……あ、れ?」
 そこで俺の、忘れていた記憶が戻っていく。


――『……好き』

 今にも消えそうな姿。
 かすれた声、息絶え絶えで話してくれた、その女性ひとは。


「ふみ、ちゃんは……」


――『ありがとぅ』
 潤んだ瞳から流れた一粒の涙が、君の顔が。


 ぽろ、ぽろぽろ……。


「誠二、ありがとうな。お前は、暴走してきたバイクから、文乃ふみののことを守ろうとしてくれたんだ」

「じゃあ……ふみちゃんは」




 あの日、真也の妹、文乃ふみのちゃんと偶然、学校の帰りが一緒になった。車通りは少なく、歩道も狭いところで他愛もない話をしながら歩いていると、暴走してきたバイクの事故に巻き込まれ、俺と文ちゃんは重傷を負ったらしい。



「忘れて……た。忘れようと、してたのか? 俺、なんで俺だけ生きてんの? ふみちゃん……」

 忘れていた記憶は、思い出した今、頭に焼き付いて離れない。

「文も事故から数日は頑張ったんだ。でも……」

「ごめん、ごめんな、真也。ふみちゃん守ってやれなくて。俺だけこんなん、生き――」

「やめろよ、誠二。俺は感謝してるんだ。でさ、あいつの気持ちを……」

「……うん、あの事故の直後に言ってくれてた。ふみちゃん、俺のこと」

――好きだって。

「そうか、思い出してくれただけで、きっと文は救われる」

――たとえ、もう二度と逢えなくても。




 退院から、数ヶ月が経った。

 真也は相変わらず家に押しかけてきては冗談を飛ばして、俺の心身を気遣っている。そして入院中同様、妹ふみちゃんのことはもう一切口にしなかった。

 俺も、事故現場に行ってからはほぼ記憶の全てを取り戻し、あの夢でふみちゃんに会うことは、もうなくなってしまった。

――『……好き』

「うん、俺も。遅すぎるけど、生きてるうちに伝えたかったけれど」

――ふみちゃんのこと、大好きだったよ。


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