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相席どうぞ(everyday life)
しおりを挟む「あれ? 今日お父さんはぁ?」
「あら愛実、お父さんならお仕事よ」
日曜日、いつもなら珈琲を飲みながらゆたぁ~と本を読む父の姿があるはずの居間ソファ。テレビもついていなかったせいか、今日はなんだかシーンとしていて、庭の木々がざわめく音が気になるくらいだ。
「滅多にないんだけれどねぇ……休日出勤」
「うん、そうだよね」
口には出さないが、どうやら母は寂しいらしい。ぼーっと窓から見える空を見ている表情がなんだか悲し気で――――(ん?)。
ポッ、ポタッ……。
「あらぁ?」
珍しく憂いを帯びているかと思いきやそういうことか、とすぐに頭の中で訂正し、私は納得する。
「あぁ~」
ザァァァぁアーーーーッ!!
「やだわぁ、雨、振り出しちゃった。もぉ、どうしましょう……」
「ホントだぁ、私これから本屋さんに行こうと思ってたのに」
「お出かけするの?」
「うぅーん、でもこの雨ぢゃあ――んきゃう!?」
昔は大学や地域の『ミスなんちゃら~』に選ばれていたという母は、今でも周囲から「お母さん綺麗ねぇ」と言われる。ずっと変わらない(父曰く、そうらしい)端正な顔立ちに嫌味のないキュートな仕草は、娘の私でも羨ましいくらいである。
そんな素敵すぎるお母様が、ガシッと腕を掴みキラキラ潤んだ瞳を輝かせながら私の顔をめっちゃ至近距離で覗き込んできた。
「めぐちゃん!!」
「う゛…………ぁ、ぁぃ」
母が私のことを“めぐちゃん”と可愛く呼ぶ時は、ろくなことがない。
「お願いがあるのぉ~」
「なんでしょお、御母しゃま」
「本屋さん行くついでに、お父さんお迎えに行ってほしいのよ♪」
「そ、それは良いけど」
私は父と仲が良く、特に趣味が合う。聴く音楽や本の話で盛り上がることもしばしば。なので、一緒に歩く帰路は嫌いじゃない。
(まぁ、生まれた時から触れてるものだし、当たり前かぁ)
が、しかしなぜ……。
「お母さん、どうしてこんな雨に中、お迎えに?」
「エッ?」
すると窓に向けて「こちらでございま~す」と言わんばかりのポーズを取る。どういうことだろうと首を傾げていると、母は続けてこう言い始めた。
「雨、降ってきたからよ♡」
「うーん……?」
チラッと時計を見た私はふと、思う。
現在の時刻は一般的なおやつの時間、午後三時である。それから降り出した雨をもう一度眺め溜息。天気予報では夕方五時頃からの降水確率が高かったはずだったのに、もう降り始めた……。
「お父さんねぇ、傘持って行ってないのよぉ! うっふふふ」
「えっ、なんでー! 今日は雨降るって言ってたじゃん」
「なんでかしら? お父さんも忘れてたのねぇ。お母さんもすっかり渡すの忘れて朝、行ってらっしゃいの“ほっぺちゅッ”して見送っちゃった~」
「……いらない情報まで、言わなくていいから」
でもね、ひいき目で見るわけじゃないんだけれど。
「分かったぁ。じゃあ先に本屋さんでのんびりしてからそのままお迎え行ってくるね」
「わ~い、よろしくね♡ めぐちゃんッ」
(私のお母さんは、何言っても許せちゃう。とっても可愛くて、カワイイ)
◇
あれから小雨の時を見計らって家を出た。お気に入りの本屋さんまでは十五分程――そこはカフェ併設で、本を購入した方のみ飲み物とデザートが楽しめる、とっても雰囲気も素敵な場所だ。
今日もお目当ての本を見つけ購入後、いつものようにホットカフェラテを頼み空いてる席を探すと……。
(あぁ、空いてない? っていうか――)
少しマナーの良くないお客さんが荷物などを広げ、倍の人数分な使い方で座り席を広々と陣取っていた。もちろん、大きな声で騒いでいるとかではないが、友人同士なのかたまに小さく話し声がする。しかしそのくらいでは、スタッフの方も注意はできないのだろう。
(もう珈琲頼んじゃったし、持ち帰りにすればまだ何とかなったけど……)
元々は父の勧めで来るようになった、この本屋。高校に入って月に一度は来るようになった。そして今まで席が空いてないということがなかったため、確認せずに注文してしまったのだ。
「どうしよっか、なぁ」
受け取り口で珈琲を手に持ったまま、思わずそう呟き考えていると――。
「良かったら、相席どうぞ」
「えっ」
心にスーッと沁み入るような穏やかな声色。振り返るとミルクピッチャーを取りに来た若い男性が、声をかけてくれていた。
「嫌じゃなければ、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
私は、そんなに人見知りな方ではないが、それでも田舎育ちの高校生……まだその相席というものには不慣れであった。しかしそのまま立っているわけにもいかず、その方のお声掛けに素直にお礼を言い座らせてもらうことにした。
「……」
「……」
広々と席を使っているお客さん以外は、無言。
一人で此処へ訪れる方ばかりなのだ。そして当然のことながら、その空間には現実世界とかけ離れたような、独特の雰囲気が流れている。
相席を提案してくれた男性もまた、ゆっくりとしたソファで飲み物を頂きながら本を読み、自分の世界に浸っているようだった。
カタン。
「――ッ!」
「では、お先に」
「ぁ、はい、あの。ありがとうございました」
「いえ、ごゆっくり」
たった、ひと言、ふた言でも、その心地良い声の抑揚に、私の身体はポカポカと熱を帯びるのを感じた。
(は、恥ずかしい!! ……なんか落ち着いていて、大人な人だったなぁ)
それから時計を確認した私はその後、五分程して席を立ち、コーヒーカップを返却口へと片付ける。
「ごちそうさまでしたぁ」
「あ、いつもありがとうございます~」
月に一度とはいえ、お店の方とも顔なじみになっている私は笑顔で挨拶を交わし「また来ます」と、お店を出た。
キィー。
――ザァァ……。
「まだ、いっぱい降ってるなぁ」
でも、父がびしょ濡れになってしまうので早く迎えに行かないとなと、本屋の入口を出たところで私は、ドキッとする。
(さ、さっきの優しい人!!)
カフェ併設の本屋。
外には少しだけテラス席があり、そのため屋根が大きい。
しかしなぜ、彼はずっとここにいたのだろうかと手元を見ると、傘を持っていない事に気が付く。
(雨宿り……してるのかな)
私は勇気を出して、話しかけてみた。
「あ、あの……」
「ん? あぁ、さっきの」
「雨宿り、ですか?」
「思ったよりも降ってきたから、小雨になって帰ろうかと」
話しながら「此処は屋根が大きくて助かった」と彼は少しだけ、微笑む。
ドキッ。
「……そう、ですね」
ザァァァー……。
雨音が私の鼓動と一緒に、身体中で響くのが分かった。そして気が付くと、私は自分の持っていた傘を彼に差しだしていたのだ。
「えっと?」
「だ、大丈夫です! それ、コンビニで買った傘なので、本当気にしないで! 良かったら、嫌じゃなければ使って下さい!!」
「でも、結構立派な傘に見えるけど」
「ホント、ダイジョブですので! で、では父を迎えに行く所なので――」
そう伝え慌てて、自分の傘を広げた私。
すると彼は「ありがとう、必ず返すよ」と言い、急いで歩き出した私へ笑いかけてくれていた。
◇
「おぉ~、愛実! 迎えに来てくれたのか」
「お父さん、お疲れ様ぁ!! お母さんから頼まれて……って、あれ? お父さん傘、持ってるじゃん!?」
「ん? あぁ、今日は雨予報だったからな。折り畳みを持っていたんだ」
その言葉になぁ~んだと言いながら、迎えに行った駅から一緒に歩き始めた私は父の一言にふと、驚き顔を真っ赤にする。
「そういえば、愛実。どこか行った帰りか?」
「え? うん、本屋さんに……でも、どうして」
「雨で迎えに来たのに、父さんの傘がないなぁと思ってな」
あははと笑う父は、私がどこかに置き忘れてきたのだと思ってそう聞いたのだが、本当は――。
「ぇ……あ、あぁぁぁーっ!!!!」
改めて、自分の差している傘を見て声を上げた私。
本屋で出会った優しいあの人に貸したのは、コンビニで買った傘ではなく、父に持ってきたはずの、大きな傘だった。
父と笑いながら歩いて帰る、楽しい道。
今日買った本の話をしながらふと、彼のことを思い出す。
――『必ず返すよ』
(また、会えるかな)
月に一度、行っていた本屋。
週一度に増やそうかと思う、今日この頃であった。
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