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1.祝賀会

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 狂ったようにテンポ上げる円舞曲ワルツにもぴたりと合わせ、深緑のドレスを纏った女性が花咲く裾を優雅に翻し、飴色のダンスホールを彩っていた。
 舞う彼女の美しさは、ステンドグラスを通して七色に煌めく月光さえ、秋桜色の髪飾り一つに収めてしまうほどだ。

 豪奢な装飾で満たされる宮殿にあって、小柄ながらも圧倒的な存在感を放つ少女の名は、アイラ・アイザワ。勇者パーティーの一員として魔王討伐の旅を終えた十八歳の英雄である。

 英雄が相手では分が悪い。先に音を上げたのは、やはり楽団の側だ。首を振った指揮者が降参を伝えるように手を開くと、寸分の狂いもなく音が止む。
 夢中になっていたパーティーの参加者は呼吸を思い出し、彼女たちの圧倒的なパフォーマンスに雷鳴のような拍手で答えた。

 完璧な所作で二人を取り巻く観衆に礼を済ませると、一転。
 アイラは、ダンスパートナーである勇者エルドのエスコートも待たず、大急ぎで仲間のところに戻り、拗ねるように頬を膨らませた。

「最後まで踊ってたのはエルドと私だけじゃない! ……みんな、ひどいよぅ」
「誰もが手を止め見惚れるほどに、君が素敵だったっということさ。良ければどうだい、もう一曲?」

 少し遅れて輪に加わったエルドは、宮殿の両脇に敷かれた深紅の絨毯に片膝を突き、アイラに誘いの手をすっと伸ばす。

「遠慮しとく。別にダンスが好きってわけでもないし。……それより今はお酒! 喉、乾いちゃったんだ」

 立ち上がったエルドは小さく肩をすくめると、側仕えに差し出されたワイングラスを両手に持ち、片方をアイラに手渡した。

「好きじゃない、か。それにしては堂に入っていたぞ、アイラよ」

 アイラの肩に腕を回し、悪戯っぽい笑みを浮かべるのは、東方出身の武人『剣姫』と呼ばれるホムラだ。燃えるような紅色の長髪をアップに纏め、薄紫のイブニングドレスを着こなした彼女は、二十歳にして妖艶な美を放っている。

「思い出すよ、五年前ここで行われた、我らの壮行式典の事を。あの頃のアイラなど、一歩ステップを踏めば転び、とても見られたものではなかったというのに」
「おお、そうじゃったそうじゃった! 儂の魔法の糸でアイラ嬢の身体を操り、何とか体裁を保ってやったのう」

 樫の長杖にもたれかかる老賢者フランシスは、長く白い髭を撫でながら愉悦に笑う。

「やめてよぅ。私の故郷じゃダンスパーティーなんて、映画の中のイベントだったんだから! 仕方がないじゃない……」
「エイガ……? 確か、アイラの故郷はチキュウのニホン、だったかな? 君がこの世界に転移してきてくれたこと、奇跡だと思っているよ」
「ほっほ。まさか、かような異界が存在していようとはの……。賢者などと呼ばれておるが、儂とて知らぬ事はまだまだ多い」
「ああ! 僕達だけならきっと、王都北部森林はじめの難所すら抜けられ無かったはずだ。君が野草に精通していなければ、とっくに飢え死にさ!」
「どうせ私は田舎者ですよー!」

 随分酔いが回っているようだ。アイラは声を荒らげ、ずいっとエルドの胸元に顔を寄せた。

「こ、こほん……。ところでアイラ。あの話の返事、考えておいてくれたかい?」

 誤魔化すように咳払いをするとエルドは、アイラの前に片膝を突き、いつになく真剣な眼差しで彼女の橙の瞳を見つめた。
 アメジストをはめ込んだように深く輝くエルドの瞳には、魔王に切っ先を向け、高らかに名乗りを上げた時よりも強い力が込められている。

 あまりの目力にアイラは思わず顔を逸らし、深いため息を吐く。

「またその話? 何度も言ってるじゃない。私はただ農業ができれば幸せ――」

 アイラの唇に真っ白い手袋を嵌めた人差し指を立て、エルドは右の口端を上げた。

「同じ返事はもう聞きたくないんだよ、アイラ。僕はね、君のガードを破る良いことを思いついたのさ!」
「良いこと? うわわ……その笑顔。嫌な予感しかしないんだけど……」
「ふふっ。実にいい! 君たち我が盟友もちろん、父上、母上、大臣達に有力貴族ども……。役者が揃っている! この場で宣言してしまえば、既成事実が出来たと言っても過言じゃあない!」

 満面の笑みを浮かべるエルドを見、ホムラとフランシスは目を合わせて苦笑い。

「既成事実ぅ!? ちょ、ちょっと待ってよエルド……――!?」

 慌てて制止するアイラの言葉に少しも耳を貸さず、エルドは勇者固有の神聖魔法を使って羽を背中に生やし、その場でふわりと羽ばたいた。
 
 光る翼で衆目をかっさらったエルドはホールの最奥、一段上がった玉座の真正面に、無駄な宙返りなど加えて優雅に着地――

「……父上。どうか私の勝手をお許しください」

 跪いたエルドは、上目で父である国王のつぶらな瞳を捉えた。

「どしたの、エル君? うんうん、いいよいいよ。エル君のやることなら全部大賛成。好きにしていいからね」

 既に国王は、勇者エルドに頭が上がらないらしい。
 事前の相談も合意もなく、王子の睨み一つで許可が出た。セレニアル王国だけでなく、大陸の外国の要人が集う場でのエルド――救世の勇者で王太子――の発言が、軽いはずはないというのに。

 わざとらしく大きく頷き、国王を背にして立ち上がったエルドは、女神に授かった聖剣を高らかに掲げ、神聖魔法でそれを輝かせた。

「勇者エルド……いや、名誉あるセレニアル王国の王太子、エルド・グレイン・セレニアルはここに宣言するッ――!!!!」

 宮殿を埋め尽くしていたはずの喧噪はピタリと止み、衆目は段上のエルドに釘付けになった。この場に、エルドの「宣言」を聞き逃す者など、一人としていないだろう。

「ば、ばかエルド! こんなところで、まさか……――!」

 優しく微笑むとエルドは、再び天使の羽を生やして悠然と歩み、アイラの正面に跪く。
 そして、大きく息を吸い込んで、声を張り上げた。

「母神フィオーレの名の下に、我が盟友にして『風謳い』アイラ・アイザワ侯爵と婚姻を結ぶと――ッ!!」
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