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39.銀色コンブ再び
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春のウェルテのお昼時。雲一つ無い透明な青空に、不自然にも銀色のひらひらした物が舞っていた。
くるり、くるりと華麗に回転し、挙げ句ひねりまで加えて見事に着地したのは銀のコンブ。その正体は言わずもがな、ネクタリアの女神ドリンである。
「――……すまなかった! ほんっっっっとぉぉおおに! すまなかったのじゃぁあああ!!!!」
シズクが最初に天界で目撃したものと同じ、パーフェクト・ドゲザの再現だ。
駄女神ドリンは、祭事などで使われるウェルテ中央広場の、青々とした芝生にその小さな額をこすりつけていた。
「あーあ……。やっちゃったよぉ……」
どういうわけか、ドリンの頭の中には「謝罪=土下座」という固定観念があるらしい。ウェルテの人々の神経を逆なでしかねない行為だ。
嫌な予感が的中し、シズクは思わず両手で頭を抱えて頽れた。
「余計な演出はしなくていいからね!」とシズクは道中、何度も釘を刺しておいたのだが、空を飛ぶ程度、ドリンにとっては演出のうちにも入らないようだ。さすがは天界が指名する宴会部長、といったところか。
「はっはっは!! こいつぁ見事! 傑作だぜ!!」
広場に集まった人々は皆一様に大口を開けているが、その中で笑っているのはソダツだけである。ギルドの受付嬢、エルミナの呼びかけに応じて参集したウェルテの民は、すっかり呆気にとられているようだ。
「あの……シズクさん? これは一体、どういうおふざけなのでしょう?」
当のエルミナも、眉間にしわを寄せている。
「ち、違うんだよエルミナさん! これにはふかーい訳が――」
「銀色の、髪……? お前は、超馬鹿者の悪神ドリン!? よくもその汚い足で、ウェルテの大地を踏んでくれたな!」
暑苦しいほどに重厚なフルプレートに身を包んだウェルテの衛兵長、ルーカスが一歩前に出、声を荒らげてシズクの言葉を遮った。全く酷く罵られているが、ドリンは土下座の姿勢を少しも崩さない。
「自警団! 今すぐアレを準備せよ! 此奴を排除するのだ!!」
「マジかよ……」「……あ、あ。はい」「お、おう……」
無慈悲とも思えるルーカスの命令に、ウェルテ自警団の面々の動きは鈍い。
「――待って下さい、皆さん!!」
主神の遣い、ごーるでん・あるふぁかを従え、SSランクを示す玉虫鋼のプレートを首から下げているシズクの叫びが聞こえると、彼らは内心安堵して足を止めた。
「……ウェルテを守る皆さんは、武装もせず、ただ頭を下げている人を一方的に攻撃をするんですか?」
「いやいや、俺はそんなこと……」「話くらいは聞いてやっても……なあ?」
「あの子が、悪神? 人相書きと全然違うじゃないか」「攻撃なんて俺、無理だよ」
シズクの問いかけに、広場には動揺の波紋が広がっていく。
「耳を貸してはならぬ! ……よいか! こいつは憎むべき悪神だ! 我らが愛するウェルテの、千年来の敵で――」
「……敵、ね。そう思ってるのは、おっさんだけかもよ?」
剣と鎧を脱ぎ、農家スタイルの大男ソダツが、土下座したままのドリンに詰め寄ろうとするルーカスの前に割って入る。
「な、何をバカな!」
「嘘じゃねぇよ。目ぇついてんだろ? 周り見てみろよ、おっさん」
ソダツに促されるまま、周囲を見回すルーカス。
女性たちはドリンに同情的な目を向けているし、仕事上がりで作業服に身を包んだままの自警団の面々は、明らかに行動を躊躇っている。
「神様が、あんなに謝っているのにね……」「この前も酷かったらしいわよ。ドリン様だけじゃなく、『渡り』にも卵を投げつけたとか」
「私の可愛い鶏たちが産んだ卵を、復習なんかののために使わないで欲しいわ!」「……もういいじゃない、千年も前の事でしょ? そのときの人なんて、誰も、生きてないんだから」
集まる人が増えれば、意見の幅も広がるものだ。ウェルテの群衆の中からは、ルーカスを非難する声も聞こえてきた。
物珍しいのだろう。子ども達は、頭を地面に擦り付けるドリンの側に集い、美しい絹のような銀髪をかき交ぜてみたり、三つ編みにしてみたり、引っ張ったりして無邪気に遊んでいる。
「ば、バカな……!? 我こそが千年で、ウェルテで、愛、なのだぞ……?」
「? ……ま、あんたの立場も分かる。聞いたぜ、あんたの家は、代々衛兵長を務めてきたんだってな。そりゃあ誇りもあるだろうよ。だが、話くらい聞いてやったもいいじゃねぇか。神さんをどうするか決めんのは、それからでも遅くないと思うぜ」
「……そうよそうよ。私もそう思うわ!」「聞くだけなら、タダだもんな!」
「神様の声が聞けるなんて、すっげぇチャンスなんじゃね?」
「馬鹿な、悪神と交渉の余地など――」
「やっちまえー! ソダツー!!」「可愛いよー! ツクリちゃーん!!」
産声を上げ始めた賛同の声に、少し離れたところから様子を見守っていた冒険者達の、威勢の良い叫びが混ざり合う。
士気を重んじる彼らは、扇動の術に長けている。もはや内容など二の次だ。歓声に歓声が被されば、熱狂はみるみる加速していく。
「みんなー! もっと、もっとだよー!!」
大きく手振りをして冒険者達を煽るのは、ツクリだ。
ネクタリアに来てわずかな時間であるが、実力はもとよりソダツはその竹を割ったような性格で、可愛い顔して強力な魔法を連発するツクリはマスコット的な存在として、ギルド内で絶大な人気を誇っているのだ。
「し、静まれ! 静まれ、静まれぃい!! ……村長! 村長はどうお考えか!!」
ルーカスが作る一瞬の静寂。すぐに全員の視線が村長に集まった。
くるり、くるりと華麗に回転し、挙げ句ひねりまで加えて見事に着地したのは銀のコンブ。その正体は言わずもがな、ネクタリアの女神ドリンである。
「――……すまなかった! ほんっっっっとぉぉおおに! すまなかったのじゃぁあああ!!!!」
シズクが最初に天界で目撃したものと同じ、パーフェクト・ドゲザの再現だ。
駄女神ドリンは、祭事などで使われるウェルテ中央広場の、青々とした芝生にその小さな額をこすりつけていた。
「あーあ……。やっちゃったよぉ……」
どういうわけか、ドリンの頭の中には「謝罪=土下座」という固定観念があるらしい。ウェルテの人々の神経を逆なでしかねない行為だ。
嫌な予感が的中し、シズクは思わず両手で頭を抱えて頽れた。
「余計な演出はしなくていいからね!」とシズクは道中、何度も釘を刺しておいたのだが、空を飛ぶ程度、ドリンにとっては演出のうちにも入らないようだ。さすがは天界が指名する宴会部長、といったところか。
「はっはっは!! こいつぁ見事! 傑作だぜ!!」
広場に集まった人々は皆一様に大口を開けているが、その中で笑っているのはソダツだけである。ギルドの受付嬢、エルミナの呼びかけに応じて参集したウェルテの民は、すっかり呆気にとられているようだ。
「あの……シズクさん? これは一体、どういうおふざけなのでしょう?」
当のエルミナも、眉間にしわを寄せている。
「ち、違うんだよエルミナさん! これにはふかーい訳が――」
「銀色の、髪……? お前は、超馬鹿者の悪神ドリン!? よくもその汚い足で、ウェルテの大地を踏んでくれたな!」
暑苦しいほどに重厚なフルプレートに身を包んだウェルテの衛兵長、ルーカスが一歩前に出、声を荒らげてシズクの言葉を遮った。全く酷く罵られているが、ドリンは土下座の姿勢を少しも崩さない。
「自警団! 今すぐアレを準備せよ! 此奴を排除するのだ!!」
「マジかよ……」「……あ、あ。はい」「お、おう……」
無慈悲とも思えるルーカスの命令に、ウェルテ自警団の面々の動きは鈍い。
「――待って下さい、皆さん!!」
主神の遣い、ごーるでん・あるふぁかを従え、SSランクを示す玉虫鋼のプレートを首から下げているシズクの叫びが聞こえると、彼らは内心安堵して足を止めた。
「……ウェルテを守る皆さんは、武装もせず、ただ頭を下げている人を一方的に攻撃をするんですか?」
「いやいや、俺はそんなこと……」「話くらいは聞いてやっても……なあ?」
「あの子が、悪神? 人相書きと全然違うじゃないか」「攻撃なんて俺、無理だよ」
シズクの問いかけに、広場には動揺の波紋が広がっていく。
「耳を貸してはならぬ! ……よいか! こいつは憎むべき悪神だ! 我らが愛するウェルテの、千年来の敵で――」
「……敵、ね。そう思ってるのは、おっさんだけかもよ?」
剣と鎧を脱ぎ、農家スタイルの大男ソダツが、土下座したままのドリンに詰め寄ろうとするルーカスの前に割って入る。
「な、何をバカな!」
「嘘じゃねぇよ。目ぇついてんだろ? 周り見てみろよ、おっさん」
ソダツに促されるまま、周囲を見回すルーカス。
女性たちはドリンに同情的な目を向けているし、仕事上がりで作業服に身を包んだままの自警団の面々は、明らかに行動を躊躇っている。
「神様が、あんなに謝っているのにね……」「この前も酷かったらしいわよ。ドリン様だけじゃなく、『渡り』にも卵を投げつけたとか」
「私の可愛い鶏たちが産んだ卵を、復習なんかののために使わないで欲しいわ!」「……もういいじゃない、千年も前の事でしょ? そのときの人なんて、誰も、生きてないんだから」
集まる人が増えれば、意見の幅も広がるものだ。ウェルテの群衆の中からは、ルーカスを非難する声も聞こえてきた。
物珍しいのだろう。子ども達は、頭を地面に擦り付けるドリンの側に集い、美しい絹のような銀髪をかき交ぜてみたり、三つ編みにしてみたり、引っ張ったりして無邪気に遊んでいる。
「ば、バカな……!? 我こそが千年で、ウェルテで、愛、なのだぞ……?」
「? ……ま、あんたの立場も分かる。聞いたぜ、あんたの家は、代々衛兵長を務めてきたんだってな。そりゃあ誇りもあるだろうよ。だが、話くらい聞いてやったもいいじゃねぇか。神さんをどうするか決めんのは、それからでも遅くないと思うぜ」
「……そうよそうよ。私もそう思うわ!」「聞くだけなら、タダだもんな!」
「神様の声が聞けるなんて、すっげぇチャンスなんじゃね?」
「馬鹿な、悪神と交渉の余地など――」
「やっちまえー! ソダツー!!」「可愛いよー! ツクリちゃーん!!」
産声を上げ始めた賛同の声に、少し離れたところから様子を見守っていた冒険者達の、威勢の良い叫びが混ざり合う。
士気を重んじる彼らは、扇動の術に長けている。もはや内容など二の次だ。歓声に歓声が被されば、熱狂はみるみる加速していく。
「みんなー! もっと、もっとだよー!!」
大きく手振りをして冒険者達を煽るのは、ツクリだ。
ネクタリアに来てわずかな時間であるが、実力はもとよりソダツはその竹を割ったような性格で、可愛い顔して強力な魔法を連発するツクリはマスコット的な存在として、ギルド内で絶大な人気を誇っているのだ。
「し、静まれ! 静まれ、静まれぃい!! ……村長! 村長はどうお考えか!!」
ルーカスが作る一瞬の静寂。すぐに全員の視線が村長に集まった。
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