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32.銅の三きょうだい②
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「はい。これ持っといてね、シズ姉。絶対に離しちゃ駄目だよ。床が水浸しになっちゃうんだから」
「桶……? うん、わかった。離さない」
首を傾げながらも、シズクはくたびれた水桶を両手でしっかりと持ち、蛇口の近くで水の訪れを待ち構える。口端を上げるとツクリは、金属の管に刻まれた文字に手を添え、何やらブツブツと呪文を唱えた。
見慣れない文字が仄青く輝くと同時に、シズクの足下はわずかに振動。水が動く音が聞こえ始めた。
やがて、蛇口からは空気が抜ける音がはっきりと聞こえ、ごぼごぼという音が加速しながら接近。かと思うと、蛇口から勢いよく水が飛び出した。
「わ、わわ! うそ!?」
かなりの流量だ。こぼしてはならないと、シズクが桶が持つ力にも力が入る。
水で七割くらいに満たされた頃、ツクリは一言、呪文を唱える。
呼応するようにきゅっと小さな音がして、吐水はピタリと止まった。
「……どう? ボクの言ったとおりだったでしょ? シズ姉はそうやって、ボクの事をすぐ疑うんだから」
「えへへ。ごめん、ごめんね、ツクリー」
腕を組み、エルフの耳のように唇まで尖らせて、ぷいっとそっぽを向くツクリ。
小さく舌を出し、てへへと苦笑いすると、シズクは桶を床に置き、両手で一掬い。躊躇うことなく、澄んだ水を口に含んだ。
「……うん、美味しい! ここの水は硬水だね。最高の地下水だよ!」
「ボクにも分かったよ! ドイチと似てるなー……って」
「そう? 私はドイチより、ベルジーの水に近いって感じたけどなぁ」
そう言ってシズクはもう一口、今度は口の中で水を転がし、ゆっくりと飲み下す。
「やっぱり間違いないよ。ベルジーの水とほとんど同じだ!」
「う、うん……? ボクにはさっぱりだ。やっぱりシズ姉には敵わないよ……」
ツクリも同じように掬って飲んでみるが、目を伏せて首を左右に振るばかりだ。
「得手不得手があるだけだよ。私には木材なんて、どれも同じに見えるんだから」
「ええっ! 樹種はもちろんだけど、産地でも全然違うのに!?」
「それ、そういうこと!」
「なるほどね」
「……それで、ツクリ? ポンプも動力も無いのに、どうして地下水が水道から出るの?」
「うん。ボクもまだ、全部を見たわけじゃないけどさ。この醸造所には、あちこち魔導具が仕組んであるみたいなんだ」
「魔導具!? 何だか異世界っぽい!」
「紛うことなき異世界なんだけどね?」
「……えへへ。まだ実感が湧かなくて」
「無理ないよ。ボクだって、はじめの一年くらいは全然適応できなかったから。ゆっくり慣れていこうよ」
「ありがと、ツクリは優しいね」
シズクは、ツクリとつないだ左手に、ぎゅっと力を込めた。
ほんのりと頬を染めるのは、ツクリの方だ。
「そ、それでさ、シズ姉! このポンプは魔導具の一種。管自体に魔法式が刻まれていて、決まった呪文と魔力に反応して起動するんだ。ほら、ここだよ」
当然のように何も起こらないのだが、深く刻まれた得体の知れない「文字」を撫でながら、シズクはぼんやりと思考を巡らせていた。
「桶……? うん、わかった。離さない」
首を傾げながらも、シズクはくたびれた水桶を両手でしっかりと持ち、蛇口の近くで水の訪れを待ち構える。口端を上げるとツクリは、金属の管に刻まれた文字に手を添え、何やらブツブツと呪文を唱えた。
見慣れない文字が仄青く輝くと同時に、シズクの足下はわずかに振動。水が動く音が聞こえ始めた。
やがて、蛇口からは空気が抜ける音がはっきりと聞こえ、ごぼごぼという音が加速しながら接近。かと思うと、蛇口から勢いよく水が飛び出した。
「わ、わわ! うそ!?」
かなりの流量だ。こぼしてはならないと、シズクが桶が持つ力にも力が入る。
水で七割くらいに満たされた頃、ツクリは一言、呪文を唱える。
呼応するようにきゅっと小さな音がして、吐水はピタリと止まった。
「……どう? ボクの言ったとおりだったでしょ? シズ姉はそうやって、ボクの事をすぐ疑うんだから」
「えへへ。ごめん、ごめんね、ツクリー」
腕を組み、エルフの耳のように唇まで尖らせて、ぷいっとそっぽを向くツクリ。
小さく舌を出し、てへへと苦笑いすると、シズクは桶を床に置き、両手で一掬い。躊躇うことなく、澄んだ水を口に含んだ。
「……うん、美味しい! ここの水は硬水だね。最高の地下水だよ!」
「ボクにも分かったよ! ドイチと似てるなー……って」
「そう? 私はドイチより、ベルジーの水に近いって感じたけどなぁ」
そう言ってシズクはもう一口、今度は口の中で水を転がし、ゆっくりと飲み下す。
「やっぱり間違いないよ。ベルジーの水とほとんど同じだ!」
「う、うん……? ボクにはさっぱりだ。やっぱりシズ姉には敵わないよ……」
ツクリも同じように掬って飲んでみるが、目を伏せて首を左右に振るばかりだ。
「得手不得手があるだけだよ。私には木材なんて、どれも同じに見えるんだから」
「ええっ! 樹種はもちろんだけど、産地でも全然違うのに!?」
「それ、そういうこと!」
「なるほどね」
「……それで、ツクリ? ポンプも動力も無いのに、どうして地下水が水道から出るの?」
「うん。ボクもまだ、全部を見たわけじゃないけどさ。この醸造所には、あちこち魔導具が仕組んであるみたいなんだ」
「魔導具!? 何だか異世界っぽい!」
「紛うことなき異世界なんだけどね?」
「……えへへ。まだ実感が湧かなくて」
「無理ないよ。ボクだって、はじめの一年くらいは全然適応できなかったから。ゆっくり慣れていこうよ」
「ありがと、ツクリは優しいね」
シズクは、ツクリとつないだ左手に、ぎゅっと力を込めた。
ほんのりと頬を染めるのは、ツクリの方だ。
「そ、それでさ、シズ姉! このポンプは魔導具の一種。管自体に魔法式が刻まれていて、決まった呪文と魔力に反応して起動するんだ。ほら、ここだよ」
当然のように何も起こらないのだが、深く刻まれた得体の知れない「文字」を撫でながら、シズクはぼんやりと思考を巡らせていた。
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