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31.銅の三きょうだい①
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シズク、ツクリ、ドリンの三人は一階の最奥、高天井となっている区画へと戻ってきた。
信頼できる妹ツクリに手を引かれ、かつての不安を忘れたシズクは新たな冒険に心躍らせている。
「凄い……」
導かれた先には、容量20000リットルはあると思われる巨大な円筒形の糖化槽が、機械仕掛けの巨兵のように堂々と立っていた。
まばらに降り注ぐ光の柱が照らす銅のくすみが、過ぎ去った長い月日を物語っているようだ。
ドーム状の蓋からは、高天井を貫く排気筒が伸びており、その全貌を捉えようとすれば、首を思い切り後ろに反らさなければならない。
その外周を囲むのなら、大人が15人以上手をつなぐ必要があるだろう。
さらにその両脇には、似た形状の煮沸釜が見えた。幼き日の三兄妹のように、仲良く手をつないで並んでいる。
醸造所の入り口からは真正面の位置、本来なら見落としようがない存在。
恐怖はこうも視野を狭くしてしまうのか。
醸造所のシンボルであり心臓部たる釜を、ビールマイスターの自分が見落としていたことに、シズクは驚きを隠せなかった。
「じゃじゃーん! 見せたかったものは、これだよ、シズ姉!」
「『じゃじゃーん!』……ってツクリ。お父さんの古いパソコンじゃないんだからね。……これは、管、だね?」
意外なことに、ツクリが指さしているのは、巨大な糖化槽本体ではなく。床下から生えてそれにつながる、両手で輪を作ったくらいの太さの、金属の筒であった。
「見せたかったものって、こっちなんだ……? 立派な糖化槽とか、煮沸釜じゃなくって?」
糖化槽は、粉砕した麦芽を温水と混ぜて酵素の活動を促し、ビール酵母が利用可能な糖たっぷりの麦汁を得るための装置。
煮沸釜には、麦汁を煮沸することで殺菌、雑味の原因となるタンパク質の除去、さらにはホップの苦みを引き出すといった役割がある。
「うん。ビールマイスターのシズ姉なら、釜の存在にはすぐに気づくと思ったからね。一目りょーぜんだもん」
「う、ウン。モチロンダヨー! ヨユーダヨー!!」
「?」
気取られていないのであれば、今更驚いたとは言えない、言わない。先ほどから、シズクの目はふよふよと泳いでいる。
「どうしたのシズ姉! 『微生物活性化』の疲れが出ちゃった……とか?」
「だ、だだ大丈夫! 大丈夫だから続けて、ツクリ!」
胸に手を当て、大きな深呼吸を一つ。シズクは正気を取り戻した!
「分かったけど、無理しないでね。シズ姉、この管何だと思う?」
「糖化槽につながってるから……温水を送る水道、かな? バイメタルの温度計も付いてるし」
麦芽の酵素が働くには、温度が必要である。そのために、糖化槽では麦芽とともに温水を加えて撹拌を行う。
酵素の活動適温はそれぞれ異なるため、繊細な温度管理が、糖化には重要というわけだ。
「正解! さっすがシズ姉。ドリン様なんて、全くかすりもしなかったんだよー。お酒の神様なのにね」
「かっか! 儂は飲む専門じゃからのぅ!」
呆れた目線を送るツクリの前では、大口を開けてドリンが大笑いしていた。
「ドリンはずっとこんな感じだからねー」
シズクは苦笑して続ける。
「でもさ、ツクリ? ……ウェルテの文明レベルでは、水道とかポンプがあるなんて、とても考えられないよ」
「疑うんだったら、試してみる?」
そう言ってツクリは、煮沸タンクに向かう床面に垂直方向のバルブを右にひねって閉じ、T字の継ぎ手で分かれた、水平側にあるバルブを左にひねって開いた。
信頼できる妹ツクリに手を引かれ、かつての不安を忘れたシズクは新たな冒険に心躍らせている。
「凄い……」
導かれた先には、容量20000リットルはあると思われる巨大な円筒形の糖化槽が、機械仕掛けの巨兵のように堂々と立っていた。
まばらに降り注ぐ光の柱が照らす銅のくすみが、過ぎ去った長い月日を物語っているようだ。
ドーム状の蓋からは、高天井を貫く排気筒が伸びており、その全貌を捉えようとすれば、首を思い切り後ろに反らさなければならない。
その外周を囲むのなら、大人が15人以上手をつなぐ必要があるだろう。
さらにその両脇には、似た形状の煮沸釜が見えた。幼き日の三兄妹のように、仲良く手をつないで並んでいる。
醸造所の入り口からは真正面の位置、本来なら見落としようがない存在。
恐怖はこうも視野を狭くしてしまうのか。
醸造所のシンボルであり心臓部たる釜を、ビールマイスターの自分が見落としていたことに、シズクは驚きを隠せなかった。
「じゃじゃーん! 見せたかったものは、これだよ、シズ姉!」
「『じゃじゃーん!』……ってツクリ。お父さんの古いパソコンじゃないんだからね。……これは、管、だね?」
意外なことに、ツクリが指さしているのは、巨大な糖化槽本体ではなく。床下から生えてそれにつながる、両手で輪を作ったくらいの太さの、金属の筒であった。
「見せたかったものって、こっちなんだ……? 立派な糖化槽とか、煮沸釜じゃなくって?」
糖化槽は、粉砕した麦芽を温水と混ぜて酵素の活動を促し、ビール酵母が利用可能な糖たっぷりの麦汁を得るための装置。
煮沸釜には、麦汁を煮沸することで殺菌、雑味の原因となるタンパク質の除去、さらにはホップの苦みを引き出すといった役割がある。
「うん。ビールマイスターのシズ姉なら、釜の存在にはすぐに気づくと思ったからね。一目りょーぜんだもん」
「う、ウン。モチロンダヨー! ヨユーダヨー!!」
「?」
気取られていないのであれば、今更驚いたとは言えない、言わない。先ほどから、シズクの目はふよふよと泳いでいる。
「どうしたのシズ姉! 『微生物活性化』の疲れが出ちゃった……とか?」
「だ、だだ大丈夫! 大丈夫だから続けて、ツクリ!」
胸に手を当て、大きな深呼吸を一つ。シズクは正気を取り戻した!
「分かったけど、無理しないでね。シズ姉、この管何だと思う?」
「糖化槽につながってるから……温水を送る水道、かな? バイメタルの温度計も付いてるし」
麦芽の酵素が働くには、温度が必要である。そのために、糖化槽では麦芽とともに温水を加えて撹拌を行う。
酵素の活動適温はそれぞれ異なるため、繊細な温度管理が、糖化には重要というわけだ。
「正解! さっすがシズ姉。ドリン様なんて、全くかすりもしなかったんだよー。お酒の神様なのにね」
「かっか! 儂は飲む専門じゃからのぅ!」
呆れた目線を送るツクリの前では、大口を開けてドリンが大笑いしていた。
「ドリンはずっとこんな感じだからねー」
シズクは苦笑して続ける。
「でもさ、ツクリ? ……ウェルテの文明レベルでは、水道とかポンプがあるなんて、とても考えられないよ」
「疑うんだったら、試してみる?」
そう言ってツクリは、煮沸タンクに向かう床面に垂直方向のバルブを右にひねって閉じ、T字の継ぎ手で分かれた、水平側にあるバルブを左にひねって開いた。
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