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28.淡緑の海そよぐ②
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奥山の中腹に端を発し、醸造所遺跡の敷地を南北に貫く小川の東側。そこに架かる小さな、朽ちかけた木造の橋を恐る恐る渡ると、またしても景色が一変した。
一面の木々はきれいに伐採されており、燦々と降り注ぐ日中の光と春のぽかぽか陽気の下、草本たちが絶賛成長中。その活気は、遠くから見ても感じ取れるほどだった。
そんな、淡い緑の絨毯の端に辿り着いた二人を出迎えたのは、思いも寄らない光景――
「兄さん……! これって!」
「ああ……ぶったまげたぜ」
シズクとソダツ目の前に広がるのは、そよぐ風で波立つ緑の海。その水面は太陽の光を受けて煌めき、ころころ顔色を変えて二人を魅了する。
近づくだけで、それが群生する単一の作物だと分かった。四月の抜けるような青空に向かって、単子葉類の特徴である平行脈の長細い葉を一斉に突き上げている。
そんな葉の中から顔を出しているのは、決して埋もれるものかと精一杯背伸びをしている、一際淡い緑の可愛らしい穂。
畑全体が生命感に溢れ、実りの時を今か今かと待ちわびているようだ。
「やった! ぜーんぶ大麦だよ、兄さん! それも、二条大麦っ!」
緑の海に分け入ったシズクはその中に溺れ、まだ低い位置にある穂を指先で擦って確かめた。
二条大麦は、元来六列ある穂のうち四列が退化し、残る二列に大きな実をつける大麦だ。ビール大麦とも呼ばれ、デンプンを糖に変える酵素の含有量が多いことからビール造りに重宝されている。
「ああ、間違いねぇ……。だが、普通は時間が経てばよぉ、さっきのホップ園みたいに色んな草木が入り混じっちまうもんだ。どれだけ完璧な栽培環境を整えても、その運命は避けられねぇ」
「運命……か。きっと兄さんの『強運』と私の『幸運』が合わさって、『超運』に進化したんだよ!」
シズクは片目を閉じ、ソダツの顔の前にビシッと親指を突き立てた。
「はっは! そうに違いねぇ! こりゃあ奇跡だぜ! 俺は世界の色んな農地を見て回ったが、こんな状態は見たことがねぇぜ。エーテリアルの生態が特殊なのか、この畑の作り手がよほど凄かったのか……。とにかく、大麦にとっちゃあ、ここは天国みてぇな場所なんだろぉな!」
「黄金色の絨毯はね、醸造家にとっても天国なんだよ――」
遠く、畑の果てを見つめながらシズクは静かに頷いた。彼女の瞳には、豊かな実りの未来が映し出されているのだろう。
「任せとけ、兄ちゃんがここを金ぴかに仕上げてやる」
力強くそう言ってソダツは、シズクの黒髪をわしゃわしゃとかき交ぜた。
「うん! 頼りにしてるよ、兄さん。これでまた、一歩前進だね!」
「おぅよ、夢が手招きしてやがるぜ。……だが、何だ? この畑の作り方、癖ってのか? ちょっと懐かしい気もするが――」
大麦の穂に合わせて身をかがめたソダツは、ぽつりと呟く。
「……兄さん?」
「いんや、何でもねぇ。……よぉし、現状把握はこれでいいな。俺は、ひとまずカイエンとホップ園をもう少し見回って、これからの栽培計画を立てるとするぜ。シズクは、どうする?」
ぱんぱんと手を合わせて汚れを払い落とし、ソダツは再び立ち上がった。
「そうだねー……。ツクリとドリンの様子も気になるから私、醸造所に行ってみるよ」
「そうくると思ったぜ。……そうだ。さっき、いいサイズの鹿を見かけたんだ。一通り見回ったら、カイエンと狩りもしておく」
「やった! そろそろお肉、食べたかったんだ! 狩人の兄さんがいると心強いよ!」
「任せとけ。じゃあ、また後だな。日が落ちたらメシにしようぜ」
「日が落ちたら……か。いいよね、そういう緩いの。卜島にいた頃を思い出すよ。それじゃあね、兄さん! カイエンもお手伝い、よろしくね」
満面の笑みを浮かべたシズクは、カイエンの背にまたがってホップ園に戻るソダツの背中を、大きく手を振って見送るのだった。
一面の木々はきれいに伐採されており、燦々と降り注ぐ日中の光と春のぽかぽか陽気の下、草本たちが絶賛成長中。その活気は、遠くから見ても感じ取れるほどだった。
そんな、淡い緑の絨毯の端に辿り着いた二人を出迎えたのは、思いも寄らない光景――
「兄さん……! これって!」
「ああ……ぶったまげたぜ」
シズクとソダツ目の前に広がるのは、そよぐ風で波立つ緑の海。その水面は太陽の光を受けて煌めき、ころころ顔色を変えて二人を魅了する。
近づくだけで、それが群生する単一の作物だと分かった。四月の抜けるような青空に向かって、単子葉類の特徴である平行脈の長細い葉を一斉に突き上げている。
そんな葉の中から顔を出しているのは、決して埋もれるものかと精一杯背伸びをしている、一際淡い緑の可愛らしい穂。
畑全体が生命感に溢れ、実りの時を今か今かと待ちわびているようだ。
「やった! ぜーんぶ大麦だよ、兄さん! それも、二条大麦っ!」
緑の海に分け入ったシズクはその中に溺れ、まだ低い位置にある穂を指先で擦って確かめた。
二条大麦は、元来六列ある穂のうち四列が退化し、残る二列に大きな実をつける大麦だ。ビール大麦とも呼ばれ、デンプンを糖に変える酵素の含有量が多いことからビール造りに重宝されている。
「ああ、間違いねぇ……。だが、普通は時間が経てばよぉ、さっきのホップ園みたいに色んな草木が入り混じっちまうもんだ。どれだけ完璧な栽培環境を整えても、その運命は避けられねぇ」
「運命……か。きっと兄さんの『強運』と私の『幸運』が合わさって、『超運』に進化したんだよ!」
シズクは片目を閉じ、ソダツの顔の前にビシッと親指を突き立てた。
「はっは! そうに違いねぇ! こりゃあ奇跡だぜ! 俺は世界の色んな農地を見て回ったが、こんな状態は見たことがねぇぜ。エーテリアルの生態が特殊なのか、この畑の作り手がよほど凄かったのか……。とにかく、大麦にとっちゃあ、ここは天国みてぇな場所なんだろぉな!」
「黄金色の絨毯はね、醸造家にとっても天国なんだよ――」
遠く、畑の果てを見つめながらシズクは静かに頷いた。彼女の瞳には、豊かな実りの未来が映し出されているのだろう。
「任せとけ、兄ちゃんがここを金ぴかに仕上げてやる」
力強くそう言ってソダツは、シズクの黒髪をわしゃわしゃとかき交ぜた。
「うん! 頼りにしてるよ、兄さん。これでまた、一歩前進だね!」
「おぅよ、夢が手招きしてやがるぜ。……だが、何だ? この畑の作り方、癖ってのか? ちょっと懐かしい気もするが――」
大麦の穂に合わせて身をかがめたソダツは、ぽつりと呟く。
「……兄さん?」
「いんや、何でもねぇ。……よぉし、現状把握はこれでいいな。俺は、ひとまずカイエンとホップ園をもう少し見回って、これからの栽培計画を立てるとするぜ。シズクは、どうする?」
ぱんぱんと手を合わせて汚れを払い落とし、ソダツは再び立ち上がった。
「そうだねー……。ツクリとドリンの様子も気になるから私、醸造所に行ってみるよ」
「そうくると思ったぜ。……そうだ。さっき、いいサイズの鹿を見かけたんだ。一通り見回ったら、カイエンと狩りもしておく」
「やった! そろそろお肉、食べたかったんだ! 狩人の兄さんがいると心強いよ!」
「任せとけ。じゃあ、また後だな。日が落ちたらメシにしようぜ」
「日が落ちたら……か。いいよね、そういう緩いの。卜島にいた頃を思い出すよ。それじゃあね、兄さん! カイエンもお手伝い、よろしくね」
満面の笑みを浮かべたシズクは、カイエンの背にまたがってホップ園に戻るソダツの背中を、大きく手を振って見送るのだった。
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