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16.救世主

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「わ、わわ! ひゃぁああぁあああ!!」

 茜色の海に沈んだ林地に響き渡るのは、とある女性の悲鳴だ。

 彼女は、迅雷の如くヴァルハ丘陵の獣道を駆け抜けていく伝説の幻獣、ごーるでん・あるふぁかの背にまたがっていた。
 その輝く黄金色の体毛と圧倒的な速度。空を飛ぶ鳥の目には、まるで地上を走る稲妻のように映っているだろう。

「やめて! やめてぇええええ! 速いよぉお! 怖いよぉおおぉおお!!」

 晴れてSSランク冒険者となったシズクだが、その肩書きの威光とはほど遠い醜態を晒していた。カイエンの首にがっしりとしがみつき、泣きべそをかきながら叫声を上げているのだ。

 反対に、フェレティナの姿を借りたドリンは、さすがは神といったところか。カイエンの耳と耳との間に堂々と直立し、前脚を伸ばして腕組みし、がははと大口を開けて笑っている。

「……ん? 何かおるな。止まれい! 止まるのじゃ! カイエン」
「きゅっ!」

 あくまでシズクが主人ではある。が、頭の良いカイエンは人間関係というものをよく理解しており、ドリンの命令もきちんと聞く。

 爆音の悲鳴に混ざる些細な声を的確に聞き分け、カイエンは突如足を止めた。

「きゃっ!! ……もう! 止まるんだったら合図してよね、カイエン。あんまり急に止まると、舌噛んじゃうでしょ!」
「きゅぅう……」

 実はライドを楽しんでいたのではないかと思えるほど冷静なシズクに窘められ、カイエンは悲しそうに声を上げた。

「まあ、そう言ってやるな、シズク。此奴は立派に仕事を果たしたのじゃぞ」
「ふぇっ? お仕事? それじゃあ……」
「左様、左様。お主が求める二人の『渡り』は、すぐそこにおるようじゃ。『遺書』に残されたわずかな魔力から居所を特定するなど、神にすら叶わぬ所業じゃぞ」
「そうなんだ! 凄い、凄いね! カイエン! ありがとっ!!」

 シズクが両手でわしゃわしゃと長い首をもむと、カイエンは頭を天に突き上げて目を細め、満足げに小さく喉を鳴らした。

「もっふもふー!!」
「きゅきゅ!!」

 シズクはもふもふ分を補給し、カイエンは悦びを得る。これぞまさしくWin-Winの関係である。

「戯れはそのあたりにしておくのじゃ、シズク。……其方にも、聞こえておるじゃろう。向こうから聞こえる金属音に、わずかな風切音」
「……うん、聞こえる」
「『ソダツ』はヒューマンの戦士、『ツクリ』はエルフの魔法使いという話じゃったか。となれば、おそらく得物は剣と弓矢。間違いないじゃろう。二人はまだ、武器を取れる程には元気らしいのぅ。……じゃが、エルフの方は魔力が切れておるな」
「魔力が! それってピンチだよね!? うようよーって動いてるあの塊……もしかして、全部魔物?」

 魔物が放つ特有の黒いオーラが、森の空に邪悪な揺らぎを生み出していた。無数とも言える魔物達が、二人に波状攻撃を仕掛けているようだ。

「かっか! 我ながら恐ろしい数を仕込んだものじゃわい!」
「笑ってる場合じゃないでしょ!」
「……儂もカイエンも準備はとうに整っておる。シズクよ、指示を出すのじゃ」
「し、指示? 私、魔物となんか戦ったことないよ!?」
「簡単な事じゃ、此奴の放つ毒であればあの程度の雑魚、走り抜けるだけで駆逐できよう」
「でもでも! それだと二人を巻き込んじゃわない?」
「心配は無用じゃ。此奴が体内で生成する毒は、自在に選択性を付与できるからのぉ」
「選択性? 何それ?」
「平たく言えば、魔物だけに効く毒を作ることが可能……というわけじゃ!」
「きゅ!」
「ご都合主義ここに極まれりっ!? ……ま、言ってる場合じゃないか。それじゃ、お願いするね、カイエン!」
「きゅきゅ!!」

 カイエンはぶんと大きく首を振り、力を溜めるように身震いを一つ。すぐにもくもくと、紫の煙が黄金の体から沸き出した。

 明らかに毒々しいそれだが、選択性は確からしい。シズクはもとより、樹上の鳥や草むらを飛ぶ蝶なども平然としている。

「よぉし、いっくよー!!」

 シズクは、ぽんとカイエンの腹を蹴った。

「きゅううううー!」

 毒の霧に包まれた一行は、少しの躊躇いもなく戦闘の渦中へと突撃していく――
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