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思わずドキリとした。
相変わらずこの人は言葉をまっすぐ伝えてきて、心臓に悪い。
こうも面と向かって問われたのは、初めてだった。
「……人魚とでも、彼女とでも、その……結婚が嫌なわけじゃないんだ」
「そうだなぁ。あの嬢ちゃん良い子だもんなぁ」
ジーンは、それならどうしてとは聞かなかった。
ただ苦笑を深めて体ごとキースに向き直したのだ。
「ただなぁ。人魚との結婚はやめたほうがいいな」
思わず真っ直ぐに向かってくる目を見つめ返した。ジーンの纏う朗らかな空気は一変して、その眼差しは真剣な光を宿している。
分かった、でも。もちろんそのつもりだ、でもなく。
キースの口から零れ落ちたのは、理由を問う言葉だった。
「……どうして?」
ジーンはまた、困ったように笑った。
「だいぶと昔の話だが、ケンタウロス族で人魚と恋仲になった男がいたのさ。魔王様の庭に扉ができてからは異種族間での交流は珍しくなくなってたからな。それでまぁ、若い異種族の恋人同士、池の近くでおしゃべりに花を咲かせていた時のことらしいが──ケンタウロスの男は、人魚に水の中に引きずり込まれたらしい」
思わず無言になったキースだった。
──覚えがありすぎる……。
そんなキースにも気付かず、ジーンは続けた。
「他の種族と違って、人魚だけは住む世界が違うだろう? それをあいつらは理解してない。なんとか水から這い上がった男からの抗議に、どうして水の中に入ったら死んじゃうの? って不思議そうにその人魚の女は言ったらしい。以来魔王様が人魚族に水の中に他種族を連れ込んじゃならねぇって教えてくれているから、まぁ俺達も水辺でなければ人魚とも楽しくお喋りできるが──水の近くで人魚と会いたがるやつはそうそういないな。俺達の巨体じゃあ水から上がるのも一苦労だ。下手すりゃあ本当に死んじまう。今じゃあ猫の旦那くらいじゃねぇかなぁ。人魚が住んでる池に近付く変わりもんは」
会ったこともない人魚とケンタウロスの男の話なのに、なぜだか胸がひどく締め付けられる。
「……人魚とケンタウロスの男性は……その後、どうなったの?」
やはり住む世界が違うからと、別れてしまったのなら。
過去にそんな人魚がいたのかと思うと、どうしてだか無性に悲しくなった。
キースの心を察してか、ユージーンは首を振った。
「ケンタウロスの村で爺さん婆さんになるまで仲良く暮らしたそうだ。……人魚が陸で暮らすことを選んだのさ」
だからまぁ、と。
ユージーンは続けた。
「あんたが人魚と結婚する気がないなら、それでいいと思うよ。人間と結婚するならあの子は、海を捨てることになるからな」
この時。どうして胸が苦しくなり、会ったこともない人魚に同情したのか。
その理由が分かった。
自分はまだ、心の奥深くでフェリシアとの結婚を夢見ていたらしい。
怪我をしたら嫌だとか、はっきり断りもせず濁していたりだとか。
自らの意思の弱さに吐き気がした。
あの可愛らしい人魚から海を奪うなんて、考えるだけでも恐ろしい。
それでも、フェリシアはきっと知っていたはずだ。
キースと結婚するということは、海を捨てることだと。
それなのにフェリシアは連日一生懸命に求婚してくる。
キースはユージーンに礼を言ってその場を後にした。
フェリシアを探そう。
そして、言わなければならない。
──君とは結婚しません、と。
彼女を離さない後悔と手放す後悔なら、手放して後悔したい。どこかで彼女が笑っていてくれるなら、その方が──幸せだ。
相変わらずこの人は言葉をまっすぐ伝えてきて、心臓に悪い。
こうも面と向かって問われたのは、初めてだった。
「……人魚とでも、彼女とでも、その……結婚が嫌なわけじゃないんだ」
「そうだなぁ。あの嬢ちゃん良い子だもんなぁ」
ジーンは、それならどうしてとは聞かなかった。
ただ苦笑を深めて体ごとキースに向き直したのだ。
「ただなぁ。人魚との結婚はやめたほうがいいな」
思わず真っ直ぐに向かってくる目を見つめ返した。ジーンの纏う朗らかな空気は一変して、その眼差しは真剣な光を宿している。
分かった、でも。もちろんそのつもりだ、でもなく。
キースの口から零れ落ちたのは、理由を問う言葉だった。
「……どうして?」
ジーンはまた、困ったように笑った。
「だいぶと昔の話だが、ケンタウロス族で人魚と恋仲になった男がいたのさ。魔王様の庭に扉ができてからは異種族間での交流は珍しくなくなってたからな。それでまぁ、若い異種族の恋人同士、池の近くでおしゃべりに花を咲かせていた時のことらしいが──ケンタウロスの男は、人魚に水の中に引きずり込まれたらしい」
思わず無言になったキースだった。
──覚えがありすぎる……。
そんなキースにも気付かず、ジーンは続けた。
「他の種族と違って、人魚だけは住む世界が違うだろう? それをあいつらは理解してない。なんとか水から這い上がった男からの抗議に、どうして水の中に入ったら死んじゃうの? って不思議そうにその人魚の女は言ったらしい。以来魔王様が人魚族に水の中に他種族を連れ込んじゃならねぇって教えてくれているから、まぁ俺達も水辺でなければ人魚とも楽しくお喋りできるが──水の近くで人魚と会いたがるやつはそうそういないな。俺達の巨体じゃあ水から上がるのも一苦労だ。下手すりゃあ本当に死んじまう。今じゃあ猫の旦那くらいじゃねぇかなぁ。人魚が住んでる池に近付く変わりもんは」
会ったこともない人魚とケンタウロスの男の話なのに、なぜだか胸がひどく締め付けられる。
「……人魚とケンタウロスの男性は……その後、どうなったの?」
やはり住む世界が違うからと、別れてしまったのなら。
過去にそんな人魚がいたのかと思うと、どうしてだか無性に悲しくなった。
キースの心を察してか、ユージーンは首を振った。
「ケンタウロスの村で爺さん婆さんになるまで仲良く暮らしたそうだ。……人魚が陸で暮らすことを選んだのさ」
だからまぁ、と。
ユージーンは続けた。
「あんたが人魚と結婚する気がないなら、それでいいと思うよ。人間と結婚するならあの子は、海を捨てることになるからな」
この時。どうして胸が苦しくなり、会ったこともない人魚に同情したのか。
その理由が分かった。
自分はまだ、心の奥深くでフェリシアとの結婚を夢見ていたらしい。
怪我をしたら嫌だとか、はっきり断りもせず濁していたりだとか。
自らの意思の弱さに吐き気がした。
あの可愛らしい人魚から海を奪うなんて、考えるだけでも恐ろしい。
それでも、フェリシアはきっと知っていたはずだ。
キースと結婚するということは、海を捨てることだと。
それなのにフェリシアは連日一生懸命に求婚してくる。
キースはユージーンに礼を言ってその場を後にした。
フェリシアを探そう。
そして、言わなければならない。
──君とは結婚しません、と。
彼女を離さない後悔と手放す後悔なら、手放して後悔したい。どこかで彼女が笑っていてくれるなら、その方が──幸せだ。
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