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手はすぐに解放された。そして人魚は笑顔で言ったのだ。
「リディアも一緒に来る? タイシがお魚を食べさせてくれるのよ!」
こっそりと、その言い方は餌付けのようだわと思ったがリディアは黙っていた。
「申し訳ありません。父には城へ伺うとしか伝えて来ていませんので、町に出ることができないのです」
そもそも夕食の時間に外に出るなどとんでもないことだ。貴族の奥方や多少羽目を外す令嬢などは夜会にも盛んに参加しているようだが、リディアは夕方には必ず屋敷に戻るよう厳しく躾けられてきた。筆頭公爵の娘である自分は、王族の方に嫁ぐことが生まれた時から決まっていた。勝手な振る舞いは許されていない。
フェリシアは目を丸くして首を傾けた。
「お父様に伝えに行ったら来られる?」
「いいえ。お誘いはとても嬉しいのですけれど……」
陽が落ちるまでには帰ってきなさいといつも口を酸っぱくして言う父に、外で夕食を食べて参りますなどとはとても言えない。リディアに許されているのは、城内で昼間にお茶をすることくらいだ。
「フェリシア嬢。レストリド公爵はリディア嬢を心配して早く帰るように言われているんだよ。この国では未婚の娘が夜に出歩くのは危ないからね」
「そうなの。それじゃあ仕方ないわね」
キースの取りなしに、人魚は納得したように頷いた。笑顔でリディアへと向き直る。
「次は明るい時間に一緒にお食事をしましょう。今日ね、美味しいお菓子をたくさん教えてもらったのよ。チョコレートとか、アイスクリームとか! リディアもなにか珍しいお菓子を知ってる?」
「え、ええと……その、いくつかは。次のお茶会でご用意しておきます」
「本当!? 嬉しい! 人間って珍しいものをたくさん知ってるのね!」
約束ね、とはしゃぎ、屈託のない笑顔を浮かべる姿は幼い少女のようだが、なんだか歳上のお姉様と話しているようにも感じる。
「それじゃあ、タイシ。お着替えして行きましょうか。わたしもこのままじゃ目立っちゃうから着替えなきゃね!」
「あっ、待って!」
キースの静止が聞こえなかったのか、フェリシアは跳ねるように駆け出していく。長く伸びる廊下をあっという間に駆け抜けて、見えなくなった。
ライルの「あの方は本当にお変わりがないなぁ」と呆れたように呟く声がして、伸ばされたキースの手が虚しく取り残される。
そっと伺い見た王子殿下のご尊顔からは、血の気が引いていた。
「殿下」
キースの内心の焦りの理由を悟って、声をかける。気まずげに恐る恐るこちらへと目を向けたキースに、リディアはほんの少し微笑んだ。
「お連れして差し上げてくださいませ。あんなにも楽しみになさっていたのですから、今から中止にされてはガッカリさせてしまいますでしょう」
「……良いの、かな」
「ええ、もちろんのことです」
このようなことで悋気を起こす女は貴族の奥方になどなれないし、王子妃などもってのほかだ。
加えて、この方が誰と親しくしようともリディアは毛程も気にならない。
「なるべく早く帰ります。──今度は、貴女も夕食にご招待します。本宮で」
「お誘い、とても嬉しく思います」
なんとも事務的な会話を交わし、キースはライルに目配せをして、駆け出して行った。
自室へと向かう後ろ姿を見つめつつ、取り残されたリディアは小さくため息をついた。
「あの方は本当にフェリシア様をお側に置かれないおつもりなのかしら。もしもわたくしとのことが整った後で気が変わられては人の口が何を言うか……今だって──いえ、なんでもありません。わたくしはもう屋敷に戻ります。付き添いは不要ですわ」
すかさずライルは笑顔で首を横に振る。リディアが言うことなどお見通しだったのだろう。
「そういうわけには参りません。殿下からも言いつかりましたから、必ず屋敷に入られるまで見送らせていただきますよ」
先ほどの目配せはそういう意味だったか。再び嘆息してリディアは城の玄関へと足を向けたのだった。
「リディアも一緒に来る? タイシがお魚を食べさせてくれるのよ!」
こっそりと、その言い方は餌付けのようだわと思ったがリディアは黙っていた。
「申し訳ありません。父には城へ伺うとしか伝えて来ていませんので、町に出ることができないのです」
そもそも夕食の時間に外に出るなどとんでもないことだ。貴族の奥方や多少羽目を外す令嬢などは夜会にも盛んに参加しているようだが、リディアは夕方には必ず屋敷に戻るよう厳しく躾けられてきた。筆頭公爵の娘である自分は、王族の方に嫁ぐことが生まれた時から決まっていた。勝手な振る舞いは許されていない。
フェリシアは目を丸くして首を傾けた。
「お父様に伝えに行ったら来られる?」
「いいえ。お誘いはとても嬉しいのですけれど……」
陽が落ちるまでには帰ってきなさいといつも口を酸っぱくして言う父に、外で夕食を食べて参りますなどとはとても言えない。リディアに許されているのは、城内で昼間にお茶をすることくらいだ。
「フェリシア嬢。レストリド公爵はリディア嬢を心配して早く帰るように言われているんだよ。この国では未婚の娘が夜に出歩くのは危ないからね」
「そうなの。それじゃあ仕方ないわね」
キースの取りなしに、人魚は納得したように頷いた。笑顔でリディアへと向き直る。
「次は明るい時間に一緒にお食事をしましょう。今日ね、美味しいお菓子をたくさん教えてもらったのよ。チョコレートとか、アイスクリームとか! リディアもなにか珍しいお菓子を知ってる?」
「え、ええと……その、いくつかは。次のお茶会でご用意しておきます」
「本当!? 嬉しい! 人間って珍しいものをたくさん知ってるのね!」
約束ね、とはしゃぎ、屈託のない笑顔を浮かべる姿は幼い少女のようだが、なんだか歳上のお姉様と話しているようにも感じる。
「それじゃあ、タイシ。お着替えして行きましょうか。わたしもこのままじゃ目立っちゃうから着替えなきゃね!」
「あっ、待って!」
キースの静止が聞こえなかったのか、フェリシアは跳ねるように駆け出していく。長く伸びる廊下をあっという間に駆け抜けて、見えなくなった。
ライルの「あの方は本当にお変わりがないなぁ」と呆れたように呟く声がして、伸ばされたキースの手が虚しく取り残される。
そっと伺い見た王子殿下のご尊顔からは、血の気が引いていた。
「殿下」
キースの内心の焦りの理由を悟って、声をかける。気まずげに恐る恐るこちらへと目を向けたキースに、リディアはほんの少し微笑んだ。
「お連れして差し上げてくださいませ。あんなにも楽しみになさっていたのですから、今から中止にされてはガッカリさせてしまいますでしょう」
「……良いの、かな」
「ええ、もちろんのことです」
このようなことで悋気を起こす女は貴族の奥方になどなれないし、王子妃などもってのほかだ。
加えて、この方が誰と親しくしようともリディアは毛程も気にならない。
「なるべく早く帰ります。──今度は、貴女も夕食にご招待します。本宮で」
「お誘い、とても嬉しく思います」
なんとも事務的な会話を交わし、キースはライルに目配せをして、駆け出して行った。
自室へと向かう後ろ姿を見つめつつ、取り残されたリディアは小さくため息をついた。
「あの方は本当にフェリシア様をお側に置かれないおつもりなのかしら。もしもわたくしとのことが整った後で気が変わられては人の口が何を言うか……今だって──いえ、なんでもありません。わたくしはもう屋敷に戻ります。付き添いは不要ですわ」
すかさずライルは笑顔で首を横に振る。リディアが言うことなどお見通しだったのだろう。
「そういうわけには参りません。殿下からも言いつかりましたから、必ず屋敷に入られるまで見送らせていただきますよ」
先ほどの目配せはそういう意味だったか。再び嘆息してリディアは城の玄関へと足を向けたのだった。
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