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上の兄、オーグストに促されて瀟洒なソファに腰を下ろすと二人が両隣に腰掛けた。
見計ったように侍女達が続々とお茶やお菓子を運んでくる。たくさんのお菓子に手を叩いて喜ぶフェリシアを、兄二人は心から歓待した。
どれから食べようかと目移りするフェリシアに、オーグストが一つの黒い四角い塊を皿に乗せて差し出してくる。
「ほら、フェリシア嬢。こちらは南方の国から取り寄せたチョコレートだ。食べたことはあるかな?」
「……ないです。なんだか、石か土の塊みたい」
タイシの兄が差し出したのだから妙なものではないはずだが、艶のない質感の黒い塊は口に入れるのはちょっと躊躇する見た目だった。
「ご婦人方にとても人気のお菓子なんですよ。私も好んでよく食べます」
お手本を見せるように下の兄、アデルダートが一つ皿にとって口へと運ぶ。
「フランボワーズですね。酸味のあるフルーツがお好きなら口に合うと思いますよ」
海には酸味のあるフルーツは存在しないが、フランボワーズなら魔王様のお城でケーキを食べたことがある。そういえば、あの時のケーキも真っ黒で……。
恐る恐る目の前の土の塊を口に入れると、その時のケーキの味そのものが口一杯に広がった。
「美味しい!」
「それは良かった。他にもたくさんあるよ。どんどんお食べ」
スタンドに規律正しく並べられたチョコレート達を堪能しつつ、キラキラした飾りを施されたクロカンブッシュや小さいながら種類が豊富な数種類のパイやタルトが次々に減っていく。
オーグストが声を上げて笑った。
「これはまた、小気味の良い食べっぷりだな。どんどん食べさせたくなる。どうせならこのまま夕食に招待しようか」
「それは良いですね。是非そうしましょう。夕食に食べたいものはありますか、フェリシア嬢。牛や豚、猪肉や鴨、雉肉など、なんでもお好きなものをご用意しますよ」
「それならお魚が食べたい! 前に魔王様のお城で食べた、白身を揚げたのがとても美味しかったの」
王子二人は同時に目を見張った。
「……魚?」
「魚を食べるんですか? 人魚が?」
一口シューを文字通り一口で頬張っていたフェリシアはキョトンとした。
「他にも海藻とか貝とか、海老も食べるわ。タコは嫌い。あとサメも大嫌いだから、サメは出さないで欲しいわね」
その、当然のことを言っただけのフェリシアを見て、上の兄オーグストは内心の焦りを隠して「ならその通りの魚料理を用意するように言おう。楽しみにしていてくれ」と誤魔化した。
嬉しそうに笑いながら、フェリシアは再びテーブルのお菓子の攻略に挑む。
その姿を見つつ、オーグストとアデルダートはこっそりと猛省していた。
無意識に人魚と魚を同一視していたことを恥じてのことだ。
この二つを同じ生き物のように感じ、人魚の方の前で魚は食べないようにしなければと、勝手な気を回していたのだ。
「……それなら海鮮のスープもお好きかもしれませんね。海老や貝のスープですが、私はあれが大好物で」
「わたしも、スープ大好き! 海のものは煮ると美味しくなるのよ。魔王様のお城で教えてもらったの」
「ええ、知っていますよ。それもお出しするよう伝えますからね。楽しみにしていてください」
夕食の話をしても可愛らしい人魚の手は止まらない。お菓子の追加をするべきか悩むほどの速度で減っていく。
人魚とは大食漢な種族なのかもしれないなと、オーグストは夕食を通常より多く用意するよう言い付けなければとこっそり決意していた。
そんな中、誰も通すなと言ったはずの扉が開き、顔馴染みの兵士が入ってきた。
「お寛ぎのところ、失礼致します。キース殿下がお越しです」
「通せ」
すぐさま命じて、さりげなく弟のアデルダートと目を見交わす。
わざと人目のあるところでフェリシアに声をかけたというのに、思いの外遅かったですねと、弟王子の目は笑っていた。
見計ったように侍女達が続々とお茶やお菓子を運んでくる。たくさんのお菓子に手を叩いて喜ぶフェリシアを、兄二人は心から歓待した。
どれから食べようかと目移りするフェリシアに、オーグストが一つの黒い四角い塊を皿に乗せて差し出してくる。
「ほら、フェリシア嬢。こちらは南方の国から取り寄せたチョコレートだ。食べたことはあるかな?」
「……ないです。なんだか、石か土の塊みたい」
タイシの兄が差し出したのだから妙なものではないはずだが、艶のない質感の黒い塊は口に入れるのはちょっと躊躇する見た目だった。
「ご婦人方にとても人気のお菓子なんですよ。私も好んでよく食べます」
お手本を見せるように下の兄、アデルダートが一つ皿にとって口へと運ぶ。
「フランボワーズですね。酸味のあるフルーツがお好きなら口に合うと思いますよ」
海には酸味のあるフルーツは存在しないが、フランボワーズなら魔王様のお城でケーキを食べたことがある。そういえば、あの時のケーキも真っ黒で……。
恐る恐る目の前の土の塊を口に入れると、その時のケーキの味そのものが口一杯に広がった。
「美味しい!」
「それは良かった。他にもたくさんあるよ。どんどんお食べ」
スタンドに規律正しく並べられたチョコレート達を堪能しつつ、キラキラした飾りを施されたクロカンブッシュや小さいながら種類が豊富な数種類のパイやタルトが次々に減っていく。
オーグストが声を上げて笑った。
「これはまた、小気味の良い食べっぷりだな。どんどん食べさせたくなる。どうせならこのまま夕食に招待しようか」
「それは良いですね。是非そうしましょう。夕食に食べたいものはありますか、フェリシア嬢。牛や豚、猪肉や鴨、雉肉など、なんでもお好きなものをご用意しますよ」
「それならお魚が食べたい! 前に魔王様のお城で食べた、白身を揚げたのがとても美味しかったの」
王子二人は同時に目を見張った。
「……魚?」
「魚を食べるんですか? 人魚が?」
一口シューを文字通り一口で頬張っていたフェリシアはキョトンとした。
「他にも海藻とか貝とか、海老も食べるわ。タコは嫌い。あとサメも大嫌いだから、サメは出さないで欲しいわね」
その、当然のことを言っただけのフェリシアを見て、上の兄オーグストは内心の焦りを隠して「ならその通りの魚料理を用意するように言おう。楽しみにしていてくれ」と誤魔化した。
嬉しそうに笑いながら、フェリシアは再びテーブルのお菓子の攻略に挑む。
その姿を見つつ、オーグストとアデルダートはこっそりと猛省していた。
無意識に人魚と魚を同一視していたことを恥じてのことだ。
この二つを同じ生き物のように感じ、人魚の方の前で魚は食べないようにしなければと、勝手な気を回していたのだ。
「……それなら海鮮のスープもお好きかもしれませんね。海老や貝のスープですが、私はあれが大好物で」
「わたしも、スープ大好き! 海のものは煮ると美味しくなるのよ。魔王様のお城で教えてもらったの」
「ええ、知っていますよ。それもお出しするよう伝えますからね。楽しみにしていてください」
夕食の話をしても可愛らしい人魚の手は止まらない。お菓子の追加をするべきか悩むほどの速度で減っていく。
人魚とは大食漢な種族なのかもしれないなと、オーグストは夕食を通常より多く用意するよう言い付けなければとこっそり決意していた。
そんな中、誰も通すなと言ったはずの扉が開き、顔馴染みの兵士が入ってきた。
「お寛ぎのところ、失礼致します。キース殿下がお越しです」
「通せ」
すぐさま命じて、さりげなく弟のアデルダートと目を見交わす。
わざと人目のあるところでフェリシアに声をかけたというのに、思いの外遅かったですねと、弟王子の目は笑っていた。
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