197 / 206
第二章
番外編 お説教の結末③
しおりを挟む
「ミア! 城にまで来てくれるなんて嬉しい! オーウェンがね、ケーキを買ってきてくれてね。今からお茶にするところだったのよ。一緒にどう? ここのケーキはとっても美味しいのよ!」
突然訪ねた私にエルザは無邪気に笑って再会を喜んでくれる。後ろにいるレグは嫌な予感がすると呻いていた。
はしゃぐ気持ちを抑えて、わざと眉を下げてしょんぼりして見せる。それだけで友人想いなエルザの笑顔は曇った。
「なにかあったの?」
「うん。ねぇ聞いてよ。私、レグに泣かされちゃったんだ。慰めてー」
「お、おい! エルザに言うことないだろ!!」
わざとらしい泣き真似をする私と慌てるレグを交互に見たエルザの表情は困惑から、激しい怒りへと変わった。
「レグ!! あれほど一人でって言ったのに!! 約束を破ったわね!?」
「破ってない!! 一人で会いに行ったよ!」
「じゃあどうしてミアが泣くのよ!!」
「……そ、それは、その、俺のせいなのは確かなんだけどな……」
「自白したわね。やっぱりあなたに大切なミアはあげられないわ」
エルザは私を守るように抱きしめて、レグから隠す。
そうして、高らかに宣言した。
「表に出なさい!! 私の友達を泣かせた性根を叩き直してやるわ!!」
レグは狼狽えてオーウェンさんに目線で助けを求めるも、オーウェンさんは無駄だとばかりに首を横に振った。
そっとオーウェンさんが二人の男の子達に指示を出す。
二人はやれやれと首を振って、ケーキの箱を保冷庫へと移した。
未だ目に怒りの炎を称えたエルザの正面に立つレグは「どうしてこんなことに……」と頭を抱えている。
「レグ」
声を張れば、困り果てた表情のレグが天の助けとばかりの目を向けてきた。
「なんだ!?」
卒業式の日にレグは、ちゃんと私を振ってくれた。待つと言ったのは私の我儘だ。勝手に気持ちを押し付けただけなのに、怒りもせずにいてくれる。そんなレグが大好きなんだよ。
「エルザに勝てたら、さっきの質問の答えを教えてあげてもいいよ」
今の、口元をひくつかせて慄く表情も。
「ルーファスの次はエルザかよ……!」
汗をかきながら剣を抜いた背中に、お腹を抱えて笑う。
ああ、本当に。からかいがいのある人だ。
そんな私の後ろから、エルザの部下三人の失礼な会話が聞こえてきた。
「やっぱり女の人って怖すぎますね……」
「俺もしばらくは女性とは距離をおきたいです……」
「いい心がけだ。二人とも。いいか。ああいう強かな女性は愛せば可愛らしいものだろうが、今のレグサスの姿をしっかりと目に焼き付けておけ。……苦労するぞ」
「そこ。うるさいよ」
睨めつけるも三人は素知らぬ顔で目を逸らした。
エルザが相手だとやはりレグに分が悪いらしい。苦戦しているのがわかった。
やっぱり条件が厳しすぎたかなぁとほんの少し後悔していると、反対側から懐かしい赤い髪の男が歩み寄ってきた。
「よう、ミア」
「久しぶりだね、ルーファス。お隣は?」
ルーファスは長い桃色の髪の女の子を連れ立っていた。目を向けると髪と同じくふんわりと柔らかな笑みが向けられる。とんでもない美少女だ。
「ララだ。俺の恋人。ララ、エルザの友達のミアだ。俺ともアカデミーが一緒だったんだよ」
恋人?
「ルーファスに恋人!?」
思わず声が裏返った。晴天の霹靂って、こういうことを言うのだと思う。
「あんた、女の子と付き合えたの!?」
「俺をなんだと思ってんだよ……」
呆れて返されたがとんでもない。数多の同級生、下級生、あまつさえ上級生もなぎ倒してきたこの女嫌いに恋人とは。
不躾にもまじまじとララさんを見つめてしまうが、ララさんは「みなさん、そう言いますね」と慣れた様子だった。
「ララです。はじめまして。……エルザさんのお友達ってことは、学生時代のエルザさんをよくご存知ってことですよね? 私とも仲良くしていただけたら嬉しいです」
「う、うん。よろしくねぇ」
柔らかな手が私の両手を包む。
ララさんは大人しげな姿に金色の目がキラキラと輝く、本当にとんでもない美少女で、なんだか納得してしまった。
「これだけ可愛いと『あの』ルーファスがお付き合いしたくなる気持ちもわかるわねぇ」
「あのってなんだよ。俺はララの見た目に惚れたわけじゃあねぇぞ」
「へぇ。中身にってわけ。当てられるわぁ──」
その時、広場の中央から激しい剣戟の音がして、ララさんの首がぐるりと広場へと向いた。
「キャ────っ!! エルザさんカッコいい!!」
今までの大人しげな姿は鳴りを潜め、私の目の前にいるララさんが、力の限り絶叫した。
「剣を振る腕! 駆ける脚の盛り上がる筋肉!! 汗で髪が張り付いて!! ああもう、今すぐ抱きついて鼻から息を吸いたい!!」
「俺の恋人で妙な願望を叫ばないでください!!」
抗議するオーウェンさんなど、無視だった。
キラキラとした瞳は異様な熱を帯びて、今にもよだれを垂らしそうな唇は、だらしなく緩んでいる。
「中身に、惚れたんだっけ……?」
「ああ。可愛いだろ」
ルーファスは得意そうだ。返答は避けた。
「この後ってもちろんお風呂に入りますよね!? 絶対絶対、大浴場に誘わなきゃ!」
「お断りします!! エルザは俺達の部屋の風呂に入れますから!」
「えー? 広々とした大浴場のほうが、エルザさんものんびり入れていいと思いますけど? オーウェンさんは自分の都合のためにエルザに窮屈を強いるわけですか。そうですかそうですか。なるほどなぁ」
「ぐっ……い、いやでも部屋の風呂なら俺が世話してやれるんだから、そっちの方が伸び伸びできてエルザも嬉しいはずだ! 大浴場にはお一人でどうぞ!」
「いいですよ。もしも万が一、エルザさんが部屋のお風呂を選んだとしても、また誘えば一緒に入ってくれるんだから、今日は仕方ないから折れてあげましょうか。私はいつでもエルザさんとお風呂に入れますし?」
「………………そのような挑発に乗ると思うなよ!! 俺だって何度も一緒に入ったことがあるわ!! エルザ! 今日も一緒に風呂に入りますよ!!」
「何の話を大声でしてるのよ!!?」
さすがのエルザも看過できなかったらしい。
激しい剣捌きの中、とうとう恋人に向けて、抗議した。
──その隙を、レグは見逃さなかった。
地面に背中をつけたエルザなんて、久しぶりに見たかもしれない。
「っはぁ……! よっし……勝ったぞ……!」
息を乱したままのレグの瞳が私を真っ直ぐに捉える。
そのまま、ふらつく足で、近づいて来た。
「待っててくれたのか別れの挨拶か、どっちだ!?」
いつにもない余裕のない表情で、鋭く見据えられる。
この、あまりの勢いに、周りを忘れてしまった。
「ま、待ってた! 待ってたよ!」
叫ぶと、レグは顔中に喜色を浮かべて、汗まみれの体で思い切り抱きしめられた。
よほど「汗臭いよ」と抗議しようと思ったのに、それどころじゃない。
レグは何度も「良かった」と囁いて、体を離された時には、その表情は喜びよりも申し訳なさが勝っていた。
「何年も待たせて本当にごめん。……ありがとうな」
ありがとう、は、反則だと思う。
「……うん」
そう答えるのが精一杯だった。涙が溢れて、優しく拭われる。
卒業してから不毛だとばかり思っていた日々が、やっと報われたようだった。
「しっかし、エルザに勝てるとはなー。絶対無理だと思った」
泣く私の気を紛らわせるためか、レグが戯けたように言った。
「オーウェンさんが気を引いてくれたからでしょ。それがなきゃ、それこそ絶対無理だったよ」
「そう思うなら条件にするなよ……」
ため息混じりに非難された。
もちろん、私は勝てるまで教えてあげないなんて言うつもりはなかった。ちょっとだけ反省してもらおうと思っただけだ。
けど、レグは勝った。
エルザをかけてルーファスと勝負したときは一度も勝てなかったのに。
この事実が何だか少し──嬉しい。
「オーウェンさんに感謝だね」
さっきのオーウェンさんはきっとわざとだったと思う。レグが勝てるように、エルザの気を引いてくれたんだ。
そうでもなければ、あんな恥ずかしいことを成人男性が大声で叫ぶはずがない。
感謝の意を込めて目線を送ると、オーウェンさんはエルザから責められていた。
「なんて恥ずかしいことを大声で叫んでるのよ!!」
「うっ、す、すみません……つい、意地になって……」
「エルザさん、エルザさん。汗かきましたよね? お風呂入りますよね? 一緒に大浴場に行きませんか?」
「あら、いいわね──」
「駄目です!! エルザは俺と入るんだ! ララさんはキングとどうぞ!」
「どうしてルーファスさんとなんて入らなきゃいけないんですか!! 罰ゲームでもあるまいし!」
「本当にこの二人は交際しているのか……とにかく許可できませんよ! 俺には邪な目からエルザを守る義務がある!!」
「私は大浴場でのんびり入りた──」
「エルザは黙っていなさい!!」
「横暴!! オーウェンさんがそんな人だなんて思いませんでしたよ! ね、エルザさん。まだ間に合います。今からでも他に目を向けて──」
「キング!! あなたの恋人が浮気の現行犯ですよ!!」
ルーファスは打ちのめされたように額に手を添えていた。
「オーウェンに感謝、する必要……あるか?」
「ないかも……」
レグは呆れたように「あいつはあれが素だからな」と呟いた。
そうか。レグのためでも、私のためでもなかったか。
「ねぇ、レグ」
至近距離で首を傾げられる。
「レグの部屋が見たいな。お邪魔してもいい?」
「あー、いいぜ。さっさと逃げるか」
私の意図を正確に察したレグが手を差し伸べてくれる。
その手を取って、にっこり笑った。
ここは修練場だ。当然、一般の兵達がたくさんいて、これまた当然、スペードの10と9の試合は注目の的だった。
「うん。周りの視線が痛いからね」
心の中で騒ぐ一団に頭を下げた。
ありがとう。エルザ、オーウェンさん。
でもごめんなさい。他人の振りをさせてもらいます。
突然訪ねた私にエルザは無邪気に笑って再会を喜んでくれる。後ろにいるレグは嫌な予感がすると呻いていた。
はしゃぐ気持ちを抑えて、わざと眉を下げてしょんぼりして見せる。それだけで友人想いなエルザの笑顔は曇った。
「なにかあったの?」
「うん。ねぇ聞いてよ。私、レグに泣かされちゃったんだ。慰めてー」
「お、おい! エルザに言うことないだろ!!」
わざとらしい泣き真似をする私と慌てるレグを交互に見たエルザの表情は困惑から、激しい怒りへと変わった。
「レグ!! あれほど一人でって言ったのに!! 約束を破ったわね!?」
「破ってない!! 一人で会いに行ったよ!」
「じゃあどうしてミアが泣くのよ!!」
「……そ、それは、その、俺のせいなのは確かなんだけどな……」
「自白したわね。やっぱりあなたに大切なミアはあげられないわ」
エルザは私を守るように抱きしめて、レグから隠す。
そうして、高らかに宣言した。
「表に出なさい!! 私の友達を泣かせた性根を叩き直してやるわ!!」
レグは狼狽えてオーウェンさんに目線で助けを求めるも、オーウェンさんは無駄だとばかりに首を横に振った。
そっとオーウェンさんが二人の男の子達に指示を出す。
二人はやれやれと首を振って、ケーキの箱を保冷庫へと移した。
未だ目に怒りの炎を称えたエルザの正面に立つレグは「どうしてこんなことに……」と頭を抱えている。
「レグ」
声を張れば、困り果てた表情のレグが天の助けとばかりの目を向けてきた。
「なんだ!?」
卒業式の日にレグは、ちゃんと私を振ってくれた。待つと言ったのは私の我儘だ。勝手に気持ちを押し付けただけなのに、怒りもせずにいてくれる。そんなレグが大好きなんだよ。
「エルザに勝てたら、さっきの質問の答えを教えてあげてもいいよ」
今の、口元をひくつかせて慄く表情も。
「ルーファスの次はエルザかよ……!」
汗をかきながら剣を抜いた背中に、お腹を抱えて笑う。
ああ、本当に。からかいがいのある人だ。
そんな私の後ろから、エルザの部下三人の失礼な会話が聞こえてきた。
「やっぱり女の人って怖すぎますね……」
「俺もしばらくは女性とは距離をおきたいです……」
「いい心がけだ。二人とも。いいか。ああいう強かな女性は愛せば可愛らしいものだろうが、今のレグサスの姿をしっかりと目に焼き付けておけ。……苦労するぞ」
「そこ。うるさいよ」
睨めつけるも三人は素知らぬ顔で目を逸らした。
エルザが相手だとやはりレグに分が悪いらしい。苦戦しているのがわかった。
やっぱり条件が厳しすぎたかなぁとほんの少し後悔していると、反対側から懐かしい赤い髪の男が歩み寄ってきた。
「よう、ミア」
「久しぶりだね、ルーファス。お隣は?」
ルーファスは長い桃色の髪の女の子を連れ立っていた。目を向けると髪と同じくふんわりと柔らかな笑みが向けられる。とんでもない美少女だ。
「ララだ。俺の恋人。ララ、エルザの友達のミアだ。俺ともアカデミーが一緒だったんだよ」
恋人?
「ルーファスに恋人!?」
思わず声が裏返った。晴天の霹靂って、こういうことを言うのだと思う。
「あんた、女の子と付き合えたの!?」
「俺をなんだと思ってんだよ……」
呆れて返されたがとんでもない。数多の同級生、下級生、あまつさえ上級生もなぎ倒してきたこの女嫌いに恋人とは。
不躾にもまじまじとララさんを見つめてしまうが、ララさんは「みなさん、そう言いますね」と慣れた様子だった。
「ララです。はじめまして。……エルザさんのお友達ってことは、学生時代のエルザさんをよくご存知ってことですよね? 私とも仲良くしていただけたら嬉しいです」
「う、うん。よろしくねぇ」
柔らかな手が私の両手を包む。
ララさんは大人しげな姿に金色の目がキラキラと輝く、本当にとんでもない美少女で、なんだか納得してしまった。
「これだけ可愛いと『あの』ルーファスがお付き合いしたくなる気持ちもわかるわねぇ」
「あのってなんだよ。俺はララの見た目に惚れたわけじゃあねぇぞ」
「へぇ。中身にってわけ。当てられるわぁ──」
その時、広場の中央から激しい剣戟の音がして、ララさんの首がぐるりと広場へと向いた。
「キャ────っ!! エルザさんカッコいい!!」
今までの大人しげな姿は鳴りを潜め、私の目の前にいるララさんが、力の限り絶叫した。
「剣を振る腕! 駆ける脚の盛り上がる筋肉!! 汗で髪が張り付いて!! ああもう、今すぐ抱きついて鼻から息を吸いたい!!」
「俺の恋人で妙な願望を叫ばないでください!!」
抗議するオーウェンさんなど、無視だった。
キラキラとした瞳は異様な熱を帯びて、今にもよだれを垂らしそうな唇は、だらしなく緩んでいる。
「中身に、惚れたんだっけ……?」
「ああ。可愛いだろ」
ルーファスは得意そうだ。返答は避けた。
「この後ってもちろんお風呂に入りますよね!? 絶対絶対、大浴場に誘わなきゃ!」
「お断りします!! エルザは俺達の部屋の風呂に入れますから!」
「えー? 広々とした大浴場のほうが、エルザさんものんびり入れていいと思いますけど? オーウェンさんは自分の都合のためにエルザに窮屈を強いるわけですか。そうですかそうですか。なるほどなぁ」
「ぐっ……い、いやでも部屋の風呂なら俺が世話してやれるんだから、そっちの方が伸び伸びできてエルザも嬉しいはずだ! 大浴場にはお一人でどうぞ!」
「いいですよ。もしも万が一、エルザさんが部屋のお風呂を選んだとしても、また誘えば一緒に入ってくれるんだから、今日は仕方ないから折れてあげましょうか。私はいつでもエルザさんとお風呂に入れますし?」
「………………そのような挑発に乗ると思うなよ!! 俺だって何度も一緒に入ったことがあるわ!! エルザ! 今日も一緒に風呂に入りますよ!!」
「何の話を大声でしてるのよ!!?」
さすがのエルザも看過できなかったらしい。
激しい剣捌きの中、とうとう恋人に向けて、抗議した。
──その隙を、レグは見逃さなかった。
地面に背中をつけたエルザなんて、久しぶりに見たかもしれない。
「っはぁ……! よっし……勝ったぞ……!」
息を乱したままのレグの瞳が私を真っ直ぐに捉える。
そのまま、ふらつく足で、近づいて来た。
「待っててくれたのか別れの挨拶か、どっちだ!?」
いつにもない余裕のない表情で、鋭く見据えられる。
この、あまりの勢いに、周りを忘れてしまった。
「ま、待ってた! 待ってたよ!」
叫ぶと、レグは顔中に喜色を浮かべて、汗まみれの体で思い切り抱きしめられた。
よほど「汗臭いよ」と抗議しようと思ったのに、それどころじゃない。
レグは何度も「良かった」と囁いて、体を離された時には、その表情は喜びよりも申し訳なさが勝っていた。
「何年も待たせて本当にごめん。……ありがとうな」
ありがとう、は、反則だと思う。
「……うん」
そう答えるのが精一杯だった。涙が溢れて、優しく拭われる。
卒業してから不毛だとばかり思っていた日々が、やっと報われたようだった。
「しっかし、エルザに勝てるとはなー。絶対無理だと思った」
泣く私の気を紛らわせるためか、レグが戯けたように言った。
「オーウェンさんが気を引いてくれたからでしょ。それがなきゃ、それこそ絶対無理だったよ」
「そう思うなら条件にするなよ……」
ため息混じりに非難された。
もちろん、私は勝てるまで教えてあげないなんて言うつもりはなかった。ちょっとだけ反省してもらおうと思っただけだ。
けど、レグは勝った。
エルザをかけてルーファスと勝負したときは一度も勝てなかったのに。
この事実が何だか少し──嬉しい。
「オーウェンさんに感謝だね」
さっきのオーウェンさんはきっとわざとだったと思う。レグが勝てるように、エルザの気を引いてくれたんだ。
そうでもなければ、あんな恥ずかしいことを成人男性が大声で叫ぶはずがない。
感謝の意を込めて目線を送ると、オーウェンさんはエルザから責められていた。
「なんて恥ずかしいことを大声で叫んでるのよ!!」
「うっ、す、すみません……つい、意地になって……」
「エルザさん、エルザさん。汗かきましたよね? お風呂入りますよね? 一緒に大浴場に行きませんか?」
「あら、いいわね──」
「駄目です!! エルザは俺と入るんだ! ララさんはキングとどうぞ!」
「どうしてルーファスさんとなんて入らなきゃいけないんですか!! 罰ゲームでもあるまいし!」
「本当にこの二人は交際しているのか……とにかく許可できませんよ! 俺には邪な目からエルザを守る義務がある!!」
「私は大浴場でのんびり入りた──」
「エルザは黙っていなさい!!」
「横暴!! オーウェンさんがそんな人だなんて思いませんでしたよ! ね、エルザさん。まだ間に合います。今からでも他に目を向けて──」
「キング!! あなたの恋人が浮気の現行犯ですよ!!」
ルーファスは打ちのめされたように額に手を添えていた。
「オーウェンに感謝、する必要……あるか?」
「ないかも……」
レグは呆れたように「あいつはあれが素だからな」と呟いた。
そうか。レグのためでも、私のためでもなかったか。
「ねぇ、レグ」
至近距離で首を傾げられる。
「レグの部屋が見たいな。お邪魔してもいい?」
「あー、いいぜ。さっさと逃げるか」
私の意図を正確に察したレグが手を差し伸べてくれる。
その手を取って、にっこり笑った。
ここは修練場だ。当然、一般の兵達がたくさんいて、これまた当然、スペードの10と9の試合は注目の的だった。
「うん。周りの視線が痛いからね」
心の中で騒ぐ一団に頭を下げた。
ありがとう。エルザ、オーウェンさん。
でもごめんなさい。他人の振りをさせてもらいます。
0
お気に入りに追加
1,161
あなたにおすすめの小説

わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~
絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

婚約破棄をいたしましょう。
見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。
しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした
miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。
婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。
(ゲーム通りになるとは限らないのかも)
・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。
周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。
馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。
冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。
強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!?
※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。
三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*
公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。
どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。
※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。
※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!
蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」
「「……は?」」
どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。
しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。
前世での最期の記憶から、男性が苦手。
初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。
リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。
当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。
おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……?
攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。
ファンタジー要素も多めです。
※なろう様にも掲載中
※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる