ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

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第二章

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「盗み聞きしてたわけね」

 腰に手を当てて、雪崩を見下ろす。
 これでもかと睨みつけてやれば、雪崩の一番下にいたルーファスがやっと立ち上がった。

「どこから聞いてたのよ」
「……最初から、だな。わ、悪かったよ。お前が説教されるなら弁護してやろうかと思ったんだよ」

 必死に言い訳するルーファスが、いつもよりもどことなく落ち込んでいるように見えて、首を傾げる。
 それに気付いたらしく、ルーファスは苦笑して、赤い頭を下げてきた。

「……どうしたの?」
「お前を牢に置いたまま後回しにして。怪我までさせて悪かった」

 後回し?
 どうやらルーファスは、私が牢に閉じ込められた挙句怪我したことを、怒るでもなく自分の責任だと思っているらしい。そんなはずないのに。

「何と比べて後回しにしたの?」
「ララを怖がらせたくなくて、その……平和的に事を解決するつもりだった。でもそのせいでお前に怪我させてりゃ意味ねぇよな」

 またしても、ごめんと言って頭を下げたルーファスに呆れてしまう。

「そんなの、私が後回しで当たり前じゃない! 何のためにテディに手紙を渡したと思ってるのよ」

 下がる肩を掴んで、頭を上げさせる。
 その肩が思っていたよりも広くて、思わず笑みが漏れた。

 本当に、大きくなったなぁ。いつまでも子供だと思っていたけど、好きな子のために何を優先するかを考えたのだから。小さい頃から見ている身としては、感慨深い。

「ララに感謝ね。以前のあなた達なら、とっくにダイヤに攻め入ってるところでしょう。まったく。私がいないと本当にダメな弟達よね」
「……兄貴は俺だろ」
「いいえ。私が二人のお姉ちゃんよ。これは絶対譲りません。ゼンはお母さんね」
「それについては異論ないけどな」
「大いに異論はありますよ。こんな大きな息子も娘もおりません!」

 聞き慣れた抗議に赤い瞳と目を合わせて、笑い合う。
 この、いつものやりとりでやっと帰ってこれたのだと実感した。

 あの女に三人を取られなくて、本当に良かった。

 ……あれ。三人?

「ノエルはどこにいるの?」

 ルーファスとゼンの笑顔が凍りついたようだった。



「……ノーエルくん」

 歌うように声をかけると、ふわふわの髪がプイと揺れて、そっぽ向かれた。

「いつも声をかけたらすぐに来てくれるのに。今日は来てくれないのね」

 寂しいなぁと声をかけると、ちらりと目だけがこちらに向いた。

 拗ねノエルだなんて貴重すぎる。レスターに絶対教えてあげなきゃ。
 心のシャッターをこれでもかと切った。

「さっきは怒ってごめんなさい。八つ当たりだったわ」

 膝を抱える隣に腰を下ろし、顔を覗き込めば、これでもかとノエルは可愛い唇を尖らせた。

「僕はあんな女どうでもいいんだよ」
「ええ。知ってるわ」
「エルザが、一番大事なんだよ」
「一番はミリエラちゃんでしょう。私は二番で十分」
「……ミリエラが、エルザにドレスを選びたいって言ってた。……一生のお願いなんだって」
「それは嬉しいわね。なら、私もミリエラとノエルにお揃いの夜会服をプレゼントしてもいいかしら」
「すごく喜んで鼻血吹くと思うよ……」

 鼻血……?
 あんなに淑やかな貴族令嬢ちゃんが、鼻血?

「違う人のことを言ってるの?」
「……擬態女」

 思わず首を傾げる。ノエルの小さな呟きは、私の耳には届かなかった。

 すっとクリーム色の頭が目の前に差し出された。
 まだ拗ねた表情ながらも、期待の篭る上目遣いに、行動の意味を察する。
 くすくすと笑いが漏れた。

「いつまでも甘えたノエルで嬉しい」

 ふわふわの髪は撫でると私も心地いい。

 可愛い可愛いと撫でて、ようやくノエルにいつもの笑顔が戻った。

「エルザ。耳、貸して」

 口元に手を添えて、言われた。どうやら内緒話らしい。

「なになに?」

「あのね」と、嬉しそうな囁き声が耳にかかる。

「オーウェンさんも僕のお兄ちゃんになったんだよ」

 どうやら私がいない間に仲良くなったらしい。

「私の旦那様になるんだから、ノエルのお兄ちゃんになるのは当然だったわね」

 こちらも笑い混じりに耳元で囁くと、ノエルは一瞬真顔になって──。

「エルザ、大好き!」

 いつもの満点の笑顔で抱きついてきたノエルを受け止める。
 いつまでも可愛い弟がいて幸せだわ。と、大きくなった背中を叩いた。



「そうだ。もう一つ、アリーにお願いがあるのよ」

 拗ねたノエルで思い出した。
 なんでも言ってとアリーに言われてニヤリと笑う。もう一つ、もらいたいものがあったのよね。
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