ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

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第二章

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 試合には勝ったわけだが、さすがにこのままあの女を許すのは、我慢ならない。
 私だから勝てたものを、もしもここに立たされたのがララなら、間違いなくあの女の望み通りの展開になっていたことだろう。

 あの自分勝手な我儘女の性根を叩き直してやらなければ。

 貴賓席へと体を向けた。

「ソフィア!!」

 広い闘技場で、私の声はよく響いた。

「降りてきなさい。勝負しましょう。あなたが勝ったら、二度とスペードの国には戻らないと約束してあげるわ!」

 見ればソフィアは黒いロープのようなもので拘束されている。もしかすると問題はすでに解決したのかもしれない。

 だけど。

 貴賓席のルーファスに、目を合わせた。

 この落とし前は、私が自分で付ける。だからさっさとその馬鹿女をこっちに寄越しなさい。

 極めて正確に受け取ったルーファスが嘆息ののち、指示を出す姿が見えた。



 こちらを睨む亜麻色の髪の女に、にっこりと微笑んでやる。

「さっきは可愛い子猫ちゃんをどうも。良い癒しの時間だったわ」
「…………」

 ソフィアの目には、私への憎悪とも取れる感情と、わずかに浮かんだ怯えが見える。

「私に勝ったら、罪も帳消しになるようルーファスに頼んであげるわ。ルーファスは私の言うことならなんでも聞いてくれるの。だから気兼ねせずに楽しみましょうね」

 嘘だ。どう頼んだって、ルーファスはおろかゼンやノエル、オーウェンが絶対に許すわけがない。良くて闇討ちされると思う。
 けど、このくらいの嘘はいいわよね。負けるわけがないし。

 ソフィアの顔がどす黒く染まり、こちらへの憎しみが深まる。上でルーファスに手酷く振られでもしたのかしら。

 ソフィアが剣を抜き、なんとも頼りなく構える。
 きっと剣の稽古もしたことなければ、鍛錬するなんて考えたこともないんだわ。……コニーさんもザックも、剣を抜けばきっと勝てただろうに。
 そう残念に思わざるを得ないほど、ソフィアの構えは隙だらけだった。

「どこからでもどうぞ。私は素手で相手するわね」

 両手を広げて見せつける。剣は後で必ず返してもらわなきゃ。

「……うるっさい!! この、ババア! 全部あんたのせいだ!!」

 バ。

 ソフィアが持ち上げた剣を、思い切り振り下ろす。半歩下がって避ければ、その剣は地面を叩いた。その剣身を踏みつける。たったそれだけで、この女は剣を使えなくなった。

「ババアは良くない。訂正しなさい」

 優しく。優しく諭してあげる。怒ってるんじゃないわよ。

 だがソフィアは勝ち誇ったように笑った。

「私は十代で死んだけどぉ、どうせあんたは三十過ぎてんでしょ。喋ってたら分かるっつの。若い男に色目使って恥ずかしくないわけ?」

 これでもかと若さをひけらかすソフィアを鼻で笑ってやる。

「その若い若いソフィアちゃんに、ルーファス達はどんな愛を囁いてくれたのかしら。聞いてみたいものだわ」

 この程度の挑発で、ソフィアの顔がサッと朱を増し、睨んでくる。ルーファス達はどうやらかなり手酷くやったらしい。

 とはいえ会話をしていれば、こんな子供を相手に怒っているのが馬鹿らしく思えてきた。コニーさん殺害の容疑がはっきりした以上、後は三発ほど殴らせてもらって手打ちにしてもいいかもしれないな。
 ザックへの殺人未遂の分と私の右手の分、そしてグレンへの誘惑という名のセクハラの分だ。この女からのお誘いがかなりの恐怖だったようだから、それに関しては笑えるけど。

 さて、それじゃあ一発行くかと、拳を握る。

 だが突然、俯いていた目の前の女は、肩を震わせ、壊れたように笑い出した。

「……あはははっ! ルーファスがあんたの言うことならなんでも聞いてくれるって? 笑えるわ。ララに取られたくせに」

 さっき言ったのは、この女を悔しがらせるためについた嘘だ。そこを突いてきても私にはなんの痛手もない。

「取られたんじゃなく、ルーファスが自分でララを選んだのよ。それに私には」
「オーウェンでしょ。ララから聞いたわ。残念よねぇ。せっかくスペードに行ったのに、ララに取られてさぁ」
「だから、ルーファス達は幼馴染で大切な友人なの。あなたみたいな上部だけの関係と違って、心から信頼の厚い親友よ」

 これに関しては押し問答になるかもしれない。友人が恋人よりも上と考える人に、この関係が理解されないのにはもう慣れている。
 さっさと殴って終わりにして、ちょっとルーファスに演技してもらおうかしら。仲の良さを見せつけてやれば、私の溜飲も多少は下がる。

「ただの負け惜しみじゃん。ルーファス達を取られたから、オーウェンにしたんでしょ」

 再度拳を握った時に言われた言葉の意味が、よくわからなかった。思わず首が傾く。

「なぁに? 取られたからオーウェンにってどういうこと?」

 ソフィアは、私を突くならここと判断したらしい。顔に喜色を浮かべて言った。

「だから、ルーファス達に振られたから、オーウェンで妥協したんでしょって言ったんだよ、オバサン!」



 ソフィアの体が吹っ飛び、転がっていった。



 唇の端に血を滲ませたソフィアは、なにが起きたのか分からなかったらしい。首を振り、突然視界が低くなったことに混乱している様子が分かる。

 一歩づつ近付いた。

「殺人容疑なんてね、別にかけられても構わないのよ。剣の形状から私の犯行でないことは、馬鹿でもなければ分かるから」

 声に反応してこちらを睨んだソフィアの目が怯えに変わって揺れた。

「地下牢に入れられるのも、まぁいいわ。嫌がったところで味方もいなかったし、なによりどうせすぐに疑いは晴れるんだから。可愛いお土産ももらえたことだしね」

「食事もまぁ、許容できる。幼稚な嫌がらせよ。私達のような騎士職の人間は、本来なら食事を抜く訓練をするの。私の場合水には困らないし、数日食べないくらいなんてことないわ」

「闘技場に入れるのも……私なら、許してあげる。大抵の相手には勝てるし、しばらく閉じ込められていたから体を動かせて、むしろ大歓迎ってくらいよ」

「けどね」

 掴んで引き寄せたのは、亜麻色の長い髪だ。

「オーウェンへの侮辱だけは、許容しない」

 痛い痛いと喚く馬鹿を引き摺り立たせる。
 右拳を握り、渾身の力を込めて殴り付けた。

 地面で跳ねて、細い体が飛んでいく。

 そちらに目を向けて、転がったままの派手な意匠の剣を右手で取り上げた。

 やっと起き上がったらしいソフィアが唇を震わせながら、青ざめた顔をこちらに向けてくる。

 信頼していたこの女に剣を向けられたコニーさんは、今のお前よりも深く恐怖しただろう。

「三発で済ませてやろうなんて、甘い考えだった」

 剣を肩に担いで、歩み寄る。柄が少し滑るが、どうでもいい。

「──ごめんなさいっ……ごめんなさいっ!! あ、謝るから許して……っ」

 ずりずりと後ずさって、なかなかソフィアの元へと辿りつかない。歩調を早めて、腹を踏みつけた。

 ソフィアの顔に恐怖が浮かぶ。

「謝罪というのは、受け入れられなければ、なんの意味もないものよ」

 そして私に、受け入れるつもりは、ない。
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