ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

文字の大きさ
上 下
168 / 206
第二章

50 グレン視点

しおりを挟む
 呆然と見守るこちらに、勢いよく振り返ったオーウェン様がにじり寄ってきた。纏う空気に冷たさはもうなくなっていたが、感じる怒りは先ほどの比ではない。

「その話は、紛うことなくあの人から聞いたのだろうが、まさかそんな下らない用でここに参ったのか、君らは!?」
「ち、違います!!」

 首と両手をブンブンと横に振る。どうやら俺達は、この方からの信用は得たが、同時に何かを失ったらしいことがわかった。

「ならば早く本題を言え! ……いいか。俺のことも何か聞いているかもしれないが、それは決して口にはしないように──」

 オーウェン様のこと……?

「あ! 愛してるって言ってました!!」
「口にするなと言っただろうが!! そんなことは言われずとも知っている!!」

 頭上から大声で怒鳴られ首が竦む。俺は伝言を伝えただけなのに……。

「……あの人が思いの外元気なのはよく分かったから、早く本題を言いなさい。本題を」

 取り繕うように咳払いをしたオーウェン様に促される。スペードの方達からも視線が向けられるが、もう怖くはなかった。

「はい、昨日のことです。こちらのザックが牢の見張りをしていた時に、そこのソフィア……ダイヤの10が地下へと降りてきました」

 ソフィアに目を向けると、声を上げようとしているのを、ダイヤのクイーンに押さえ込まれているのが見えた。

「ダイヤの10は、スペードの皆様に殺人犯がスペードの10であると誤認させるために、ザックを殺してその罪をあの人に擦りつけてやると言って──剣を抜き、斬りかかってきました。その際にはっきりと、今回の殺人事件の犯人は自分であると自白したのを、俺達とスペードの10が聞いています。犯人はソフィアです。だから早くスペードの10を助けてください! あの人は──」

「違う!!」

 俺の声を金切り声が遮り、ダイヤのクイーンを押しのけたソフィアがスペードのキングの元へと詰め寄った。

「あんなの全部嘘よ! ねぇ、ルーファスなら信じてくれるわよね? あの子達、前にわたしが振ったせいで逆恨みでもしてるのよ」
「っそんなわけないだろ! 誰がお前みたいな頭のおかしい女を好きになるかよ!!」

 あまりの言い訳に体が沸騰したように熱くなる。
 だが、静かに聞いていたスペードのキングは、オーウェン様に目配せした。

「そうだな、ソフィア嬢。君がそのようなことをするはずがない」
「ルーファスっ」

 胸に鉛が埋められたようだった。スペードの10が目にした証言だと伝えたのに。どうして──。

「だが、あの日の事件について、もう一度話を聞かせてもらえるかな。彼等も、我が国の10の口車に乗せられているだけなのかもしれない」
「そんなことはありません! 俺達は本当に……っ」

 スペードのキングに詰め寄ろうとするも、軽薄そうな男性によって止められた。「いいからちょっと黙ってな。エルザを信じてるならな」と囁かれる。
 すぐに口を閉じた。

 スペードの方々を信じた、スペードの10を信じるなら。

 そう言われるならきっと、これが正解だ。



 両手を合わせたソフィアが嬉しそうに語り始めた。

「あの日はわたしとコニーが分かれて見回りに出ました。そのあと悲鳴が聞こえて……急いで駆けつけたら、スペードの10が剣を振り下ろすところを見ました。コニーは可哀想に。大きな傷を負って、そのまま……わたしがそばにいたら、こんなことにはならなかったのに。残念でなりません」

 泣き真似をするソフィアの話を黙って聞いていたオーウェン様がソフィアの前に立ち、見下ろした。

「では、現場には被害者のコニー氏と我が国の10しかいなかったと言うことですね」
「はい! オーウェンさんには恋人がこんなことになってお気の毒ですが……」
「お気遣いは結構。エルザは犯人ではありませんから」
「は?」

 高い声が一転して低くなったソフィアが、ポカンと口を大きく開けて固まった。

 良かった。この人達は信用出来ると確信した。

 ソフィアに向けるこの人達の表情の険しさは、先ほど俺に向けられたものよりも何倍も鋭く、決してお前を許さないと語っている。

「その腰に挿した装飾も見事な剣は、恐らくはダイヤのキングかジャックからの貢物だろうが、持ち主の剣に対する知識は皆無のようだな」

 低く唸るような声で言われ、内心竦み上がった。本当に、俺に向けられたものとは比べ物にならないほどの、怒りの篭る声だった。

「エルザの剣は突剣だ。突きの動作で相手を翻弄する──と説明してやればわかるか。突剣で、ご遺体のあのような傷など、付くはずもない。……お前のその剣ならともかくな」

 さっと顔色を変えたソフィアに畳み掛けるように、オーウェン様は言葉を紡いだ。

「あの場には被害者とスペードの10しかいなかったと言ったな。だが、それを見ていたなら、お前もその場にいたことになる。スペードの10の剣で、ご遺体のあの傷をつけることが不可能であるなら──犯人はお前だ。ダイヤの10」
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

処理中です...