165 / 206
第二章
47 グレン視点
しおりを挟む
「朝から随分と物騒だが、そのような騒動はダイヤの国では日常茶飯事なのか」
剣を抜いた俺達の背後から、静かながらも厳しい声がした。
聞き覚えがあるような声だ。ソフィアの信奉者の一人が小さく舌打ちした。
「君らはダイヤの10の部下だな。──我が国の10を拘束している──。それが仲違いとは、何事だ」
続いた声に、ゆっくりと振り返る。見えた紺色と緑の姿に胸が震えた。──沸き上がる、歓喜で。
「そちらからスペードの10と聞こえたが、それならばこちらの領分だ。その者の話は私も聞かせてもらおうか」
「…………お聞き間違いでは。スペードの10に関することではありません。この者が仕事を放棄したために叱責していたまでで。スペードの方を煩わせるほどのことではありませんよ。お引き取りを」
静かに、有無を言わせんとばかりにソフィアの信奉者が言い、俺達を隠すように緑の男性との間に立った。
まずい。もしもこれで、この男性が引いてしまったら。
激しい焦燥に襲われる中、男性は眉を顰め、目にはこちらへの嘲りが浮かんだ。
「……どうやら名乗ってやらねば、分からないらしいな。スペードの5のオーウェンだ。私がスペードの10という単語を聞き間違えたなどと、侮辱するにも程がある。もう一度言う。その者の話は、私も聞かせてもらう」
促すような鋭い目が俺に向かい、口を開きかけて──立ちはだかる信奉者達に押しのけられた。
「ご承知の通り、我々はダイヤの10の部下でございます。スペードの5のご命令を聞くわけには参りませんよ」
「その心配なら無用だ。スペードの国は正式にダイヤの10の解任をダイヤのキングに要求する手筈を整えている。分かったら、その少年らをこちらに渡してもらおう。スペードの10に関することを見逃すわけにはいかない」
スペードの国が、ダイヤの10の解任を求める。
その言葉の意味は明らかだった。
スペードの方々は、自国の10を見捨ててなどいない。
それが分かったと同時に、高く聳える壁と化した信奉者達を掻き分けて、叫んだ。
「スペードの5にお願い申し上げます! スペードの10に関することで、至急、貴国のキングにお目通り願いたいっ!!」
スペードの5のオーウェン様の刺すような視線が俺一人に刺さり、胸倉を掴まれ引き寄せられた。
「そうか。なら私が仲立ちをしよう。ついて来なさい」
冷たい声音で睨むように言われ、背筋に寒気が走る。そのまま引きずられるようにして信奉者達から離され──俺の背後からオーウェン様へと、長剣が突きつけられた。
「……他国の5に剣を向けるとは。ダイヤは、スペードをよほど軽んじているらしいな」
オーウェン様に射殺すような目を向けられても、剣を持つ信奉者に引く気はないようだった。
「こっちも、命令が出ていますので。お一人で行かれるか、それとも……どちらでも好きな方をお選びください」
こいつらは正気か。こんなことをして、もしも公になれば、上官であり信奉するソフィアもただで済むはずがないのに。
いや、ザックを通せばどちらにせよソフィアは終わりだ。こいつらは絶対に折れない。ただでさえ三対五の数の有利が、あちらにはあるのだから。
冷や汗が伝った。
「僕が相手しようか、オーウェンさん」
オーウェン様は、お一人ではなかった。
この人と同じ紺を纏った、俺達よりも背の低い男の子が背後から進み出て来た。
しかし男の子が両側の腰に挿した剣に手を伸ばすのを、オーウェン様が空いた手で制する。
その動きだけで、男の子は場違いなほどにっこりと笑い、両手のひらを後頭部に添えて、下がっていった。
信奉者を睨むオーウェン様のエメラルドグリーンの瞳に、激しい稲光が走ったように見えた。
グシャリと、剣を向けて来ていた信奉者が床に沈んだ。その上を黒いモヤが覆い、押さえつけている。モヤは次第に五本の鞭のような実体を持ち、残る四人も同時に地に伏した。
「クズの部下は、やはりクズだな。大した腕もないくせに剣を抜く早さだけが取り柄とみえる。……誰に剣を向けている。弁えろ」
オーウェン様が信奉者達を見下し、吐き捨てた。
一歩も動かずに五人もの男達を一瞬で無力化した、その圧倒的な力の差を前に、言葉が出ない。呆然と見つめていれば、襟首を掴まれ引きずられた。
「私も、キングの元へと参じるところだ。ぼさっとしているなら置いていくが」
「あっ、ま、参ります! ご一緒させてください!」
冷たい視線と声音に、体が強張る。
急ぎ足で闘技場へと向かう途中、オーウェン様が「ひとつだけ言っておくが」と振り返った。その表情の、あまりの険しさに息を呑んだ。
「嘘偽りを我が国のキングに申せば、あれと同じ道を辿ると思え」
ザックと二人、首を縦に振ることしかできなかった。
この方にとって俺達は、スペードの10を貶めた女の仲間でしかないのだと、否が応でも思い知らされた。
「オーウェンさんって結構強いよね。城に帰ったら手合わせしようよ。兄弟水入らずってやつで!」
闘技場に向かう中、呑気な声が下から聞こえて来た。
「いいえ、そのような。私などにあなたのお相手は務まりませ」
──パチン。
どこか聞き覚えのある音がして、オーウェン様の顔色が悪くなった。
「……そ、それはいいね、ノエル……た、たのしみ、だなぁ……はは……」
クリーム色の髪の少年が「わぁい」と無邪気な笑顔を浮かべた。
……今のやりとりは、なんだろう。
意味は分からなくとも、尋ねることなど当然出来るはずもない。
「……まさか、これが今後も続くのか……!? エルザに助けを……いやダメだ。仲良くなったのかと喜ばれるに決まってる。腹を括るしかないのか……っ」
……尋ねることなど、出来るはずもない。
オーウェン様の苦悶の独り言を聞きながら、俺達は無事に、闘技場の貴賓席へと辿り着くことができたのだった。
剣を抜いた俺達の背後から、静かながらも厳しい声がした。
聞き覚えがあるような声だ。ソフィアの信奉者の一人が小さく舌打ちした。
「君らはダイヤの10の部下だな。──我が国の10を拘束している──。それが仲違いとは、何事だ」
続いた声に、ゆっくりと振り返る。見えた紺色と緑の姿に胸が震えた。──沸き上がる、歓喜で。
「そちらからスペードの10と聞こえたが、それならばこちらの領分だ。その者の話は私も聞かせてもらおうか」
「…………お聞き間違いでは。スペードの10に関することではありません。この者が仕事を放棄したために叱責していたまでで。スペードの方を煩わせるほどのことではありませんよ。お引き取りを」
静かに、有無を言わせんとばかりにソフィアの信奉者が言い、俺達を隠すように緑の男性との間に立った。
まずい。もしもこれで、この男性が引いてしまったら。
激しい焦燥に襲われる中、男性は眉を顰め、目にはこちらへの嘲りが浮かんだ。
「……どうやら名乗ってやらねば、分からないらしいな。スペードの5のオーウェンだ。私がスペードの10という単語を聞き間違えたなどと、侮辱するにも程がある。もう一度言う。その者の話は、私も聞かせてもらう」
促すような鋭い目が俺に向かい、口を開きかけて──立ちはだかる信奉者達に押しのけられた。
「ご承知の通り、我々はダイヤの10の部下でございます。スペードの5のご命令を聞くわけには参りませんよ」
「その心配なら無用だ。スペードの国は正式にダイヤの10の解任をダイヤのキングに要求する手筈を整えている。分かったら、その少年らをこちらに渡してもらおう。スペードの10に関することを見逃すわけにはいかない」
スペードの国が、ダイヤの10の解任を求める。
その言葉の意味は明らかだった。
スペードの方々は、自国の10を見捨ててなどいない。
それが分かったと同時に、高く聳える壁と化した信奉者達を掻き分けて、叫んだ。
「スペードの5にお願い申し上げます! スペードの10に関することで、至急、貴国のキングにお目通り願いたいっ!!」
スペードの5のオーウェン様の刺すような視線が俺一人に刺さり、胸倉を掴まれ引き寄せられた。
「そうか。なら私が仲立ちをしよう。ついて来なさい」
冷たい声音で睨むように言われ、背筋に寒気が走る。そのまま引きずられるようにして信奉者達から離され──俺の背後からオーウェン様へと、長剣が突きつけられた。
「……他国の5に剣を向けるとは。ダイヤは、スペードをよほど軽んじているらしいな」
オーウェン様に射殺すような目を向けられても、剣を持つ信奉者に引く気はないようだった。
「こっちも、命令が出ていますので。お一人で行かれるか、それとも……どちらでも好きな方をお選びください」
こいつらは正気か。こんなことをして、もしも公になれば、上官であり信奉するソフィアもただで済むはずがないのに。
いや、ザックを通せばどちらにせよソフィアは終わりだ。こいつらは絶対に折れない。ただでさえ三対五の数の有利が、あちらにはあるのだから。
冷や汗が伝った。
「僕が相手しようか、オーウェンさん」
オーウェン様は、お一人ではなかった。
この人と同じ紺を纏った、俺達よりも背の低い男の子が背後から進み出て来た。
しかし男の子が両側の腰に挿した剣に手を伸ばすのを、オーウェン様が空いた手で制する。
その動きだけで、男の子は場違いなほどにっこりと笑い、両手のひらを後頭部に添えて、下がっていった。
信奉者を睨むオーウェン様のエメラルドグリーンの瞳に、激しい稲光が走ったように見えた。
グシャリと、剣を向けて来ていた信奉者が床に沈んだ。その上を黒いモヤが覆い、押さえつけている。モヤは次第に五本の鞭のような実体を持ち、残る四人も同時に地に伏した。
「クズの部下は、やはりクズだな。大した腕もないくせに剣を抜く早さだけが取り柄とみえる。……誰に剣を向けている。弁えろ」
オーウェン様が信奉者達を見下し、吐き捨てた。
一歩も動かずに五人もの男達を一瞬で無力化した、その圧倒的な力の差を前に、言葉が出ない。呆然と見つめていれば、襟首を掴まれ引きずられた。
「私も、キングの元へと参じるところだ。ぼさっとしているなら置いていくが」
「あっ、ま、参ります! ご一緒させてください!」
冷たい視線と声音に、体が強張る。
急ぎ足で闘技場へと向かう途中、オーウェン様が「ひとつだけ言っておくが」と振り返った。その表情の、あまりの険しさに息を呑んだ。
「嘘偽りを我が国のキングに申せば、あれと同じ道を辿ると思え」
ザックと二人、首を縦に振ることしかできなかった。
この方にとって俺達は、スペードの10を貶めた女の仲間でしかないのだと、否が応でも思い知らされた。
「オーウェンさんって結構強いよね。城に帰ったら手合わせしようよ。兄弟水入らずってやつで!」
闘技場に向かう中、呑気な声が下から聞こえて来た。
「いいえ、そのような。私などにあなたのお相手は務まりませ」
──パチン。
どこか聞き覚えのある音がして、オーウェン様の顔色が悪くなった。
「……そ、それはいいね、ノエル……た、たのしみ、だなぁ……はは……」
クリーム色の髪の少年が「わぁい」と無邪気な笑顔を浮かべた。
……今のやりとりは、なんだろう。
意味は分からなくとも、尋ねることなど当然出来るはずもない。
「……まさか、これが今後も続くのか……!? エルザに助けを……いやダメだ。仲良くなったのかと喜ばれるに決まってる。腹を括るしかないのか……っ」
……尋ねることなど、出来るはずもない。
オーウェン様の苦悶の独り言を聞きながら、俺達は無事に、闘技場の貴賓席へと辿り着くことができたのだった。
0
お気に入りに追加
1,161
あなたにおすすめの小説

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした
miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。
婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。
(ゲーム通りになるとは限らないのかも)
・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。
周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。
馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。
冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。
強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!?
※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

婚約破棄をいたしましょう。
見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。
しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います
ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には
好きな人がいた。
彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが
令嬢はそれで恋に落ちてしまった。
だけど彼は私を利用するだけで
振り向いてはくれない。
ある日、薬の過剰摂取をして
彼から離れようとした令嬢の話。
* 完結保証付き
* 3万文字未満
* 暇つぶしにご利用下さい

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。
三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*
公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。
どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。
※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。
※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる