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第二章
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「……申し訳ございません。言葉が過ぎました」
「い、いや、いいってば。気にしてないから。もう頭を上げてよ……」
とんでもないことを言った。兄とエルザが結ばれることを望んでいるこの人に、俺はなんという失礼なことを言ったのか……。
額が馬車の床に当たるのではと思うほど頭を下げる。狭い馬車の中でなければ床に平伏したものを。
「ショーンやフェリクスやテディは、エルザと知り合ったのは大人になってからだよ。だから、僕もごめんなさい。エルザは、スペードに生まれなかったからオーウェンさんを選んだわけじゃないよ」
おまけにジャックにまで頭を下げさせてしまった。申し訳なさが募る上に、俺の答えではこの人の疑問は解決しなかっただろう。
そう思うのに、どこかジャックからは険が取れ、表情が和らいだように見えた。
俺との会話が、この人の疑問の解決に少しでも力添えできたのなら良いのだが。
再び静寂が降りた車内では、先程の気まずさはなくなっていた。
俺の頭を占めるのは、先ほど沸いた疑問だ。
あの人はどうして俺を。いや。そもそも、いつから俺を好きだと認識していたんだろうか。
つい最近まで、あの人の接し方はこれまでと変わらずだった。いつからだ? あの人が変わったのは。……まさか俺と同じく出会った時からだなどと、甘い期待は抱けない。
それは確実に、ない。
そうだ。エルザは、舞踏会でダンスを踊ったことが嬉しかったと言ってくれた。なら、舞踏会でダンスを踊ったことがきっかけで……? いや、でもフェリクスやテディと踊っているのを見たことがある。ならダンスは関係ない……。
『……あなたの瞳は、アクアマリンみたいに綺麗だな』
舞踏会でのダンスと共に、あの日の恥ずかしすぎる台詞を思い出して、顔面が燃えるように熱くなった。
…………まさか、あれか!?
あんな……あんな言葉でコロっと落ちたのか、あの人!?
「オーウェンさん、大丈夫? どうかしたの?」
「い、いえ。何も……ただの私事ですので」
たしかにあの台詞を言った後のエルザの赤くなった顔はこの上なく可愛らしかったが、まさか本当に、あんな言葉で俺を意識し始めたのだとしたら……よくも今まで悪い男に捕まらなかったものだ。
そう考えて。目の前に座る、見た目は可愛らしいこの青年が、今まであの人を守ってくれていたのだと理解した。
この人がいなければ、エルザとの今はなかったかもしれない。これまで以上に、この人に対して敬意を払わなければ。
俺が密かに心に決めていると、再びジャックが「兄さんが……」と口を開いた。
「兄さんが言ってたんだ。エルザが兄さんと結婚しなくても、エルザは僕のお姉ちゃんだって。だから、そのお姉ちゃんの恋人のオーウェンさんは、三人目の兄になるんじゃないかって。だからね、その……」
視線を彷徨わせて、わずかに頬を染めて言ったジャックは、決意したように上目遣いで視線を合わせて来た。
「位じゃなくて……名前で呼んでくれても、いいよ」
敬意を払うと決めた瞬間の、呼び捨ての要求だった。従うべきか、断るべきか。
いや、これは素直に喜んでいいことだ。多少なりともこの人が俺をエルザの恋人として認めてくださったのだから。
「わかりました。ノエル殿。これからも、よろしくお願いします」
「ああ、敬称は禁止ね。あと敬語も」
剣の柄に手を添えて言われ、わずかな逃げ道は見事に塞がれた。エルザに対してすら、敬語が剥がれるのに時間がかかったというのに……しかしこの人に反抗するのは、少々リスクが高い。
「わ、わ、わかったよ……ノ、ノエル……」
「やったー」と、エルザが天使と称する笑顔が返され、背筋が冷えた。
万が一にもエルザとの交際が白紙になるなどということがあれば、その瞬間に叩き斬られる可能性を感じてしまう。俺にはこれが、そんな笑顔にしか見えなかった。
空が明るくなった頃、ようやく現場に到着した。
街道に馬車を止め、現場まで徒歩で向かう。
ここ数日、雨に降られなかったのは幸いだった。
「何か手伝うことはある?」
「はい。靴跡が見たいんです。エルザと、あの女と、あと被害者の男性のもの。これ以外に靴跡があるかを見ていただけますか?」
パチンと音がして、首筋に冷たいものが走った。この音は、何度も聞いたことがある。鞘から抜いた剣を、納めたときに鳴る、音だ。
「み、見てくれるかな……ノエル」
「はーい!」
なんと胃が痛い弟だろうか……返品はきくか? ……無理か。愛する恋人とワンセットだ。
二人掛かりで事件の痕跡を調べるも、予想通り、三人分の靴跡しか現場には残されていなかった。
不安げにジャック──ノエルはこちらに視線を向けたが、笑みを返す。
「念のために見に来て良かった。急いでダイヤの城に戻ろう」
「靴跡がなくて、大丈夫なの?」
「ええ。私は、三人の他には誰も、ここにいなかったという確証が欲しかったんです。これでエルザを出してあげられる」
これをキングにお伝えして、あの女から言質を取ることが出来れば。エルザを牢から出す要求は間違いなく通る。
急いでダイヤの城に戻れば、キングもクイーンもすでに朝食を終えられた後だとダイヤの侍女から伝えられた。
今はダイヤのキング等と、あの女の誘いで闘技場に出向いておられるらしい。
内心で、舌打ちした。我が国のキングやクイーンをこれ以上連れ回わされてたまるか。
苛立ちを隠さず急ぎ足で闘技場への廊下を歩いていると、言い争う声がした。何気なく目を向け、足を止める。
今は急いでいる。エルザのためにも早くキングにお会いしたいし、無視して通り過ぎてしまえばいいだけなのだが。
暗い地下で見た、目障りな黄色い騎士服が目に留まった。
自らの眉が、険しく寄るのを感じた。
「い、いや、いいってば。気にしてないから。もう頭を上げてよ……」
とんでもないことを言った。兄とエルザが結ばれることを望んでいるこの人に、俺はなんという失礼なことを言ったのか……。
額が馬車の床に当たるのではと思うほど頭を下げる。狭い馬車の中でなければ床に平伏したものを。
「ショーンやフェリクスやテディは、エルザと知り合ったのは大人になってからだよ。だから、僕もごめんなさい。エルザは、スペードに生まれなかったからオーウェンさんを選んだわけじゃないよ」
おまけにジャックにまで頭を下げさせてしまった。申し訳なさが募る上に、俺の答えではこの人の疑問は解決しなかっただろう。
そう思うのに、どこかジャックからは険が取れ、表情が和らいだように見えた。
俺との会話が、この人の疑問の解決に少しでも力添えできたのなら良いのだが。
再び静寂が降りた車内では、先程の気まずさはなくなっていた。
俺の頭を占めるのは、先ほど沸いた疑問だ。
あの人はどうして俺を。いや。そもそも、いつから俺を好きだと認識していたんだろうか。
つい最近まで、あの人の接し方はこれまでと変わらずだった。いつからだ? あの人が変わったのは。……まさか俺と同じく出会った時からだなどと、甘い期待は抱けない。
それは確実に、ない。
そうだ。エルザは、舞踏会でダンスを踊ったことが嬉しかったと言ってくれた。なら、舞踏会でダンスを踊ったことがきっかけで……? いや、でもフェリクスやテディと踊っているのを見たことがある。ならダンスは関係ない……。
『……あなたの瞳は、アクアマリンみたいに綺麗だな』
舞踏会でのダンスと共に、あの日の恥ずかしすぎる台詞を思い出して、顔面が燃えるように熱くなった。
…………まさか、あれか!?
あんな……あんな言葉でコロっと落ちたのか、あの人!?
「オーウェンさん、大丈夫? どうかしたの?」
「い、いえ。何も……ただの私事ですので」
たしかにあの台詞を言った後のエルザの赤くなった顔はこの上なく可愛らしかったが、まさか本当に、あんな言葉で俺を意識し始めたのだとしたら……よくも今まで悪い男に捕まらなかったものだ。
そう考えて。目の前に座る、見た目は可愛らしいこの青年が、今まであの人を守ってくれていたのだと理解した。
この人がいなければ、エルザとの今はなかったかもしれない。これまで以上に、この人に対して敬意を払わなければ。
俺が密かに心に決めていると、再びジャックが「兄さんが……」と口を開いた。
「兄さんが言ってたんだ。エルザが兄さんと結婚しなくても、エルザは僕のお姉ちゃんだって。だから、そのお姉ちゃんの恋人のオーウェンさんは、三人目の兄になるんじゃないかって。だからね、その……」
視線を彷徨わせて、わずかに頬を染めて言ったジャックは、決意したように上目遣いで視線を合わせて来た。
「位じゃなくて……名前で呼んでくれても、いいよ」
敬意を払うと決めた瞬間の、呼び捨ての要求だった。従うべきか、断るべきか。
いや、これは素直に喜んでいいことだ。多少なりともこの人が俺をエルザの恋人として認めてくださったのだから。
「わかりました。ノエル殿。これからも、よろしくお願いします」
「ああ、敬称は禁止ね。あと敬語も」
剣の柄に手を添えて言われ、わずかな逃げ道は見事に塞がれた。エルザに対してすら、敬語が剥がれるのに時間がかかったというのに……しかしこの人に反抗するのは、少々リスクが高い。
「わ、わ、わかったよ……ノ、ノエル……」
「やったー」と、エルザが天使と称する笑顔が返され、背筋が冷えた。
万が一にもエルザとの交際が白紙になるなどということがあれば、その瞬間に叩き斬られる可能性を感じてしまう。俺にはこれが、そんな笑顔にしか見えなかった。
空が明るくなった頃、ようやく現場に到着した。
街道に馬車を止め、現場まで徒歩で向かう。
ここ数日、雨に降られなかったのは幸いだった。
「何か手伝うことはある?」
「はい。靴跡が見たいんです。エルザと、あの女と、あと被害者の男性のもの。これ以外に靴跡があるかを見ていただけますか?」
パチンと音がして、首筋に冷たいものが走った。この音は、何度も聞いたことがある。鞘から抜いた剣を、納めたときに鳴る、音だ。
「み、見てくれるかな……ノエル」
「はーい!」
なんと胃が痛い弟だろうか……返品はきくか? ……無理か。愛する恋人とワンセットだ。
二人掛かりで事件の痕跡を調べるも、予想通り、三人分の靴跡しか現場には残されていなかった。
不安げにジャック──ノエルはこちらに視線を向けたが、笑みを返す。
「念のために見に来て良かった。急いでダイヤの城に戻ろう」
「靴跡がなくて、大丈夫なの?」
「ええ。私は、三人の他には誰も、ここにいなかったという確証が欲しかったんです。これでエルザを出してあげられる」
これをキングにお伝えして、あの女から言質を取ることが出来れば。エルザを牢から出す要求は間違いなく通る。
急いでダイヤの城に戻れば、キングもクイーンもすでに朝食を終えられた後だとダイヤの侍女から伝えられた。
今はダイヤのキング等と、あの女の誘いで闘技場に出向いておられるらしい。
内心で、舌打ちした。我が国のキングやクイーンをこれ以上連れ回わされてたまるか。
苛立ちを隠さず急ぎ足で闘技場への廊下を歩いていると、言い争う声がした。何気なく目を向け、足を止める。
今は急いでいる。エルザのためにも早くキングにお会いしたいし、無視して通り過ぎてしまえばいいだけなのだが。
暗い地下で見た、目障りな黄色い騎士服が目に留まった。
自らの眉が、険しく寄るのを感じた。
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