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第二章
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夜の見張りの中年男性はダメ。ソフィアの命令を、アリーよりも重視していた。
被害者のコニーさんと友人だったと言って私を睨んだザックは、ソフィアへの忠心というよりも友人を殺されたことに腹を立てていた。きっと情に厚い子だ。弱ってみせても、良い気味だと笑える子じゃない。そこを突けば落とせる。
グレンは……たぶんシチュエーションに弱い。私とオーウェンの会話をしっかりと盗み聞きしていたようだし、恋愛小説とか好きそう。囚人と看守の秘密の関係、なんて定番よね。
食事を抜く命令が出たから朝食を出せないと言って頭を下げてくれた、二人よりも年上に見えた男性は、たぶんダメだ。悪い人ではなさそうだけど、きっと守る人がいるのだろう。上官の命令を無視することはしない。
狙うならザックとグレンだ。
すでに会話を交わしているグレンが次の見張りだと、信頼を得やすくていいのだけど……こればかりは運だ。
そう思っていたら、狙い通りにグレンが当番で、心の中でガッツポーズをした。
駆け寄って、親しみを込めて微笑んだ。
「こんばんは、グレン君! ……こんばんは、よね?」
アリーから、ソフィアの狙いがルーファス達だと聞かされて、のんびり牢屋で過ごすわけにはいかなくなった。
出られたと思ったら処刑場で、見物するルーファスの膝にはあの女が、なんてことになったら目も当てられない。
もちろんみんなを信じてはいるけど、最悪の状況も想定して、手を打っておく必要がある。
私にとっての最良は、ダイヤのキング、クイーンが私について、ルーファス達も攻略されずにいること。
逆に最悪は、アリーが結局ソフィアに絆されて鍵を手に入れられず、テディは私に手紙を書かせるために嘘をついていて、本当はソフィアの虜……という状況。
そして、ルーファス達がすでに攻略されている、ってとこだ。
そうなってしまうと、私の味方はオーウェンとララの二人だけということになる。強力な援軍ではあるけど、国のトップ六人を相手にするには些か心許ない。
とはいえ、牢の中にいる私が関われるのは、ソフィアの部下で見張り役の兵士だけだ。
一兵士にキング達の相手を求めるのは酷だけど、連絡役や情報源くらいにはなる。
私に必要なのは、正しい情報をくれる人と、オーウェン達への連絡手段だ。
これを手に入れるためなら、どんな汚い手でも使う。
そう決意してグレンとザックに狙いを定めたまではいいが──。
「俺の夜食にするつもりだったけど、腹いっぱいだから、その、食っていいよ」
鉄格子の隙間から差し入れられたパンには、感動してしまった。丸一日何も食べていないから、香ばしい香りには少し目が潤んだほどだし、何より──グレンがいい子すぎる。
好みど真ん中のピュア過ぎる弟キャラには思わず、これはリアル乙女ゲーか? と内心興奮を抑えるのに苦労した。いや抑えられなかった。
間違いなく、乙女ゲームなら一番の推しとなって、貢ぎまくっていただろう可愛さだ。
それに、この子は頭が良い。
信頼を得るためには渡された水は飲むべきなんだろうけど、さすがに何が入ってるか分からないものは飲めない。この子達が入れてなくても、あの女が仕込んでる可能性は十分にある。
だから、自ら毒味してくれたのは、本当に助かった。
グレンは賢くて、上官の理不尽な命令を無視する度胸もあって、なにより可愛い弟キャラだ。あの女の部下にしておくのは、ちょっともったいなさ過ぎる。
それでも、私がしたことを知れば、きっと嫌われてしまうだろう。
それを思えば、決意が揺らぐほど胸が痛む。
これでは、あの女のしたことと何も変わらないなと自嘲した。
初めて仕掛けたハニートラップは、胸に鉛が押し込まれたように、気持ちを重く沈ませた。
一つ息を吐いて、人差し指を立てれば、指の先に拳大の水の球が現れる。口を付ければ水球は吸い込まれて、喉を潤した。
本当は、水に関しては困っていないことも、申し訳なさが募る要因だ。教えてあげなければ、あまりにも不誠実に過ぎる。
それでも、私に出来る手はこれしかなかった。ルーファス達をあんな女にくれてやるつもりはない。
被害者のコニーさんと友人だったと言って私を睨んだザックは、ソフィアへの忠心というよりも友人を殺されたことに腹を立てていた。きっと情に厚い子だ。弱ってみせても、良い気味だと笑える子じゃない。そこを突けば落とせる。
グレンは……たぶんシチュエーションに弱い。私とオーウェンの会話をしっかりと盗み聞きしていたようだし、恋愛小説とか好きそう。囚人と看守の秘密の関係、なんて定番よね。
食事を抜く命令が出たから朝食を出せないと言って頭を下げてくれた、二人よりも年上に見えた男性は、たぶんダメだ。悪い人ではなさそうだけど、きっと守る人がいるのだろう。上官の命令を無視することはしない。
狙うならザックとグレンだ。
すでに会話を交わしているグレンが次の見張りだと、信頼を得やすくていいのだけど……こればかりは運だ。
そう思っていたら、狙い通りにグレンが当番で、心の中でガッツポーズをした。
駆け寄って、親しみを込めて微笑んだ。
「こんばんは、グレン君! ……こんばんは、よね?」
アリーから、ソフィアの狙いがルーファス達だと聞かされて、のんびり牢屋で過ごすわけにはいかなくなった。
出られたと思ったら処刑場で、見物するルーファスの膝にはあの女が、なんてことになったら目も当てられない。
もちろんみんなを信じてはいるけど、最悪の状況も想定して、手を打っておく必要がある。
私にとっての最良は、ダイヤのキング、クイーンが私について、ルーファス達も攻略されずにいること。
逆に最悪は、アリーが結局ソフィアに絆されて鍵を手に入れられず、テディは私に手紙を書かせるために嘘をついていて、本当はソフィアの虜……という状況。
そして、ルーファス達がすでに攻略されている、ってとこだ。
そうなってしまうと、私の味方はオーウェンとララの二人だけということになる。強力な援軍ではあるけど、国のトップ六人を相手にするには些か心許ない。
とはいえ、牢の中にいる私が関われるのは、ソフィアの部下で見張り役の兵士だけだ。
一兵士にキング達の相手を求めるのは酷だけど、連絡役や情報源くらいにはなる。
私に必要なのは、正しい情報をくれる人と、オーウェン達への連絡手段だ。
これを手に入れるためなら、どんな汚い手でも使う。
そう決意してグレンとザックに狙いを定めたまではいいが──。
「俺の夜食にするつもりだったけど、腹いっぱいだから、その、食っていいよ」
鉄格子の隙間から差し入れられたパンには、感動してしまった。丸一日何も食べていないから、香ばしい香りには少し目が潤んだほどだし、何より──グレンがいい子すぎる。
好みど真ん中のピュア過ぎる弟キャラには思わず、これはリアル乙女ゲーか? と内心興奮を抑えるのに苦労した。いや抑えられなかった。
間違いなく、乙女ゲームなら一番の推しとなって、貢ぎまくっていただろう可愛さだ。
それに、この子は頭が良い。
信頼を得るためには渡された水は飲むべきなんだろうけど、さすがに何が入ってるか分からないものは飲めない。この子達が入れてなくても、あの女が仕込んでる可能性は十分にある。
だから、自ら毒味してくれたのは、本当に助かった。
グレンは賢くて、上官の理不尽な命令を無視する度胸もあって、なにより可愛い弟キャラだ。あの女の部下にしておくのは、ちょっともったいなさ過ぎる。
それでも、私がしたことを知れば、きっと嫌われてしまうだろう。
それを思えば、決意が揺らぐほど胸が痛む。
これでは、あの女のしたことと何も変わらないなと自嘲した。
初めて仕掛けたハニートラップは、胸に鉛が押し込まれたように、気持ちを重く沈ませた。
一つ息を吐いて、人差し指を立てれば、指の先に拳大の水の球が現れる。口を付ければ水球は吸い込まれて、喉を潤した。
本当は、水に関しては困っていないことも、申し訳なさが募る要因だ。教えてあげなければ、あまりにも不誠実に過ぎる。
それでも、私に出来る手はこれしかなかった。ルーファス達をあんな女にくれてやるつもりはない。
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