ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

文字の大きさ
上 下
143 / 206
第二章

25

しおりを挟む
 ララちゃんから受け取ったグラスに口をつけたルーファスに「匿うって、何があったんだよ?」と問いかける。
 上昇した機嫌は一瞬で下降の一途を辿り、ルーファスの眉間には再びシワが刻まれた。

「……あの女、今晩泊まる気らしいぞ…………俺の部屋に……」
「うっわ……」

 手っ取り早すぎて顔が引きつった。ララちゃんも同様のようだ。

「そろそろ戻らないと、ダイヤのやつが気にするんじゃねぇかっつったら、あの女……なんて言ったと思う?」
「聞きたくねーんだけど……」
「右に同じです……」

 俺達の様子に気を配る余裕がないらしいルーファスはグラスをガンとテーブルに叩きつけた。

「苦しむあなたを一人にはしてはおけません。今夜はおそばに居させてください。だ」

 苦しんでる相手になら効く言葉だろうが……魂胆が見え見えでゾッとしない。

「よくそれで抜けてこられたな」
「………………レグ。ちょっと耳貸せ」

 ララちゃんには聞かせたくないらしい。
 指を折って俺を招き寄せるルーファスの側に、怖いもの見たさ、いや聞きたさで耳を寄せる。

「…………俺はな…………風呂に行くっつって……逃げてきたんだ…………」
「……今日はゆっくり休めよ…………」

 これは確かに好きな子には聞かせたくない口実だ。

「わかった! お風呂ですね!?」
「知らないフリをするのも可愛い女の子の仕事だよー、ララちゃん」

 クイズの正解を思いついたような勢いのララちゃんを諌める。我らがキングの心の傷は深い。



「……そもそも、あの女……馬鹿の一つ覚えみたいに『あなたは劣った人間じゃありません』だの『立派にキングとして頑張っていらっしゃいます』だの……俺は、そんな言葉で喜ぶ男だと思われてんのか!? そんなに頼りないキングか、俺は!?」
「お、落ち着け落ち着け!」

 どうどうと宥めるが、効果は薄そうだ。酒の量が増える。
 思わず首をひねった。

「確かにルーファスを落とすにしては、妙な台詞だな」
「だろ!? 俺は自分を劣ってるなんて思ったことはないぞ!! それをあの女……っ」

 苛立つルーファスは手元のグラスを強く握りしめる。ピシリとヒビが入った。

 アカデミーでは常に座学も実技もトップクラスで、就職早々に先代のキングに認められたこの男に、劣ってる? ダイヤのやつらを骨抜きにした女にしては、やはり首を傾げてしまう口説き文句だ。

「その割に、頑張って答えてたな」
「ああ、あれは……昔エルザに押し付けられた恋愛小説を必死に思い出したんだよ……ああいうのも役に立つもんだな……」

 遠い目をするルーファスを慰める言葉を考えていると、部屋にいる残りの一人が思い切り噴き出した。

「ぶっ……なにそれ、全然響いてないし! 下手くそすぎる……っあはは!」

 可笑しくて仕方ないとばかりに腹を抱えてララちゃんが笑う。俺やルーファスにまで笑いが伝染してしまった。確かにあの女が口説くのを失敗してるのは笑える。

「そもそも、こいつらを口説こうってのが無理ある話なんだって。今までどれだけの女共が散っていったと思ってんのかね」
「やめろ。そんなに言い寄られてないぞ。……月に数人ってとこだ」

 これにもララちゃんはツボにハマったようで「多すぎ!」と騒いでいた。それを見つめるルーファスの苦笑は、長い付き合いの中でも見たことがないほど優しい。……楽しそうでなによりだよ。



 さすがに部屋には戻りたくないらしいルーファスは、俺と同じく居室で寝るらしい。ソファはふたつあるからどうにかなるだろう。

「遅くに悪かったな。ゆっくり休めよ」
「すっかり目が冴えちゃいましたよ……おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」

 負った傷は、ララちゃんの笑顔ですっかり治ってしまったらしい。
 悪戯っ気を起こしてララちゃんの耳元に口を寄せた。

「こいつ、俺とララちゃんが同じ部屋で寝るのが嫌だったんだぜー、どうせ。ダイヤの女なんか口実だよ」

 ララちゃんは顔全体を真っ赤にしてこちらを睨みつけ、俺達をさっさと寝室から追い出した。

「可愛いだろ?」

 またしても得意気なキングには、肩を竦めるに留めた。

 さて、それじゃあ寝るかとなったとき、扉がノックされた。こちらの都合なんか考えていないだろう、大きな音で。

 寝室からララちゃんが俺達を手招きして、入れ替わるように居室に出てきた。
 護衛の俺が隠れるわけにはと思ったが、ララちゃんは「一人で応対します」と言った。その表情は、どことなくこれから戦いに出るエルザに似ているように見えた。

「……なんです。こんな時間に。明日にしてくださいませんか。休んでいたところなんですが」

 扉を開けてすぐ、先手を取るようにララちゃんは捲し立てた。

「ごめんなさいね。白の10。……こちらにお客様は来ていないかしらと思って」
「お客などおりませんよ。ダイヤの10。……非常識な人ですね。何時だと思っているんですか。お引き取りを」

 寝室の扉に耳を当て、怪しい動きがあれば即動けるよう剣の柄を握る。

「…………ティーカップが二つあるじゃない。ルーファスが来たんでしょ」

 俺が飲んだ茶のカップが見つかった。これはもう出るしか……と思って、人んちのキングを呼び捨てにするなよと舌打ちしそうになった。もう自分の下僕気分か。

 いや、それどころじゃない。剣も魔法も使えないララちゃんが、危険な女の前に一人で立っている。何か俺がいるいい口実を考えねーとな、と寝室のドアノブに手をかけて──声がかかった。

「……レグサス。出てきていいよ」

 思わずルーファスと目を見合わせた。だが、名指しされたのは俺だけだ。ルーファスは姿が見えないよう下がり、俺は一人で扉をくぐった。

 近づく俺の腕をギュウと抱きしめるようにして、ララちゃんはダイヤの10を睨みつけた。

「恋人が来てくれたので一緒に過ごしていたんです。……これでわかったでしょ。スペードのキングはここにはいませんよ」
「……あなたの恋人が、この男……?」

 そこまで驚くかと思うほど女は目を丸くして、俺を見つめる。スペードの9とは気付いていないらしい。

「なーんか、この世界、やっぱりちょっと変だなぁ……」

 ぼそりと言われたダイヤの10の言葉の意味はよく分からない。だが、俺の腕に抱きつく力が強まった。

「スペードのキングと10も特別な関係ではありませんよ。もしもそんな下らない理由であの人を貶めているのなら、即刻解放してください」
「……じゃあスペードの10はゼンかノエルと付き合ってるの?」
「そんなわけありません。スペードの10は5のオーウェンさんと交際されてるんだから」

 ララちゃんはエルザの仇であるダイヤの10を激しく睨みつけている。さっきは子猫のようだと思ったが、この子猫はなかなか逞しいらしい。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

処理中です...