ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

文字の大きさ
上 下
124 / 206
第二章

しおりを挟む
「スペードのキング」

 ララの言葉を考える俺の耳に、女の声が届いた。
 先程ララが指した赤いドレスの女だ。
 亜麻色の髪と同色の瞳が浮かべる媚びた様に、内心うんざりする。

「やっとお一人になってくださいましたね。わたし、ずっとあなたとお話ししたかったんです」

 手を叩いてはしゃぐ様子も、欠片も可愛いと思えない。ララが同じ仕草をすれば、また猫被ってんなと笑ってやるのだが。

 さて、返事をして立ち去るか、目礼するに留めるか、どうしたものかな。
 下手に声をかければややこしいことになるのは長年の経験でわかりきっているが、無視をするには相手の立場が分からない。



「キングったら、こんなところにいらっしゃったの」

 口を結び、悩む俺に聞き慣れた声がかかった。
 ああ、助かったと振り返れば、月の女神が悠然と微笑みながら近づいて来て、自らの腕を俺の腕に絡めた。

「パートナーはどうなさったの? あんなに可愛らしい方を逃すなんて、あなたらしくないわね」

 見る人が見れば優しい空色の瞳も、今の俺には『ララをどうして一人にしたのよ! まったくもう、何かあったらどうするの!』としか映さない。

「ああ、逃げられてしまって、ふてくされていたところだ。私の10も恋人にかまけてばかりで、相手をしてくれなくなったしな」
「あら。では久しぶりにお相手して差し上げようかしら」
「それは光栄なことだな。美しい月の女神がお相手してくださるとは」

 長い指を取り、静かに口をつける。
 ……オーウェンは近くにいるんだろうな。

 令嬢へは目礼で済ませ、そのまま手を取り中央へとエルザをエスコートする。
 その最中に小声で「ララはオーウェンが回収してくれてるわ」と囁かれた。

「助かる。急に怒りだしてな」
「……またどうせ何かしたんでしょう?」
「してねぇと思うんだがなぁ……」

 先ほどの意味のわからない怒鳴り声を思い出す。
 エルザなら意味がわかるだろうか、と考えて、口を閉じた。
 この答えはおそらく、俺が出さなければならないものだ。

「ま、面倒なダンスはさっさと切り上げて、迎えに行くとするか」
「ええ。時々顔を近付けて愛を囁くパフォーマンスも忘れないでくださいませね。私のキング」

 好戦的な笑みを真正面から受け止めて「もちろんだとも。俺の女避け殿」と囁いた。



 ダンスを終えて下がれば、オーウェンはしっかりとララを捕まえておいてくれた。優秀なやつで助かる。

「エルザさん、今日のドレスすっごく綺麗です! 素敵!」

 エルザに抱きつかんばかりの勢いで突進したララの、はしゃぐ姿が微笑ましい。
 せっかくだからこのまま二人の世界にさせてやろう。

「悪かったな、オーウェン。エルザを借りて。あとララのお守り」

 最後のは小声だ。聞こえたら噛み付いてくるかもしれないからな。

「いいえ、とんでもないことです。こちらも素晴らしいものを見せていただきまして、むしろお礼を言いたいのは私の方です……っ」

 感極まるとばかりに口元を手で押さえて目を瞑るオーウェンは「近くで見るのがもちろん最良だが、離れてみるエルザの姿も素晴らしかった……あのすらりとした手足に煌くシャンパンゴールド……遠くで見て初めて完成される美しさだった……」とぶつぶつ呟いている。
 どうやら俺がキスしたことは気にならないらしい。
 今なお、恋人を称える言葉を口にする男を見つめる。

 やはり、エルザの隣は、こいつでないと務まらなかっただろう。
 心から有難いと思う。

 ただ先代キングの顔を立てるだけのつもりが、今ではすっかり大切な部下、いや親友達と同じくらい大事な縁を感じている。
 頼りになるもう一人の弟、ってとこだな。

「ああ、そうでした。キング」

 どうやら我に返ったらしい弟分は、はたと手を打ち、いつもの笑顔を向けてきた。

「先ほどのあれは参考になりましたでしょうか」
「……なるかよ」

 ……恐ろしく怖い兄貴分でないといいが。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

処理中です...