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第二章
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「ごめんごめん。嘘だ。冗談。何か考え事してて敬語に気付いてなかっただけだろ。わかってるよ」
続くリップ音に、やはりこれはイチャつくのを見せつけられるだけの時間らしいと悟る。
「浮気なんてしないからね」
「あなたを独り占めできて、ありがたいことです」
「……敬語は禁止よ」
拗ねたエルザの声なんていつぶりだろうか。昔から姉ぶりたがるから、あまり拗ねたところを見たことがない。
「それで、話ってなんだ?」
「そうだったわ。あのね、また舞踏会の招待状が届いているのよ」
紙を開く音がして、手紙を見せているらしいことがわかる。
声が小さく、妙に甘ったるくなったことには触れないでおこう。
「キングとララさんを連れて行こうって?」
「それもあるけど、私も行こうかなって、思うん、だけど」
ぼそぼそとした声を聞き取るのは恐ろしく難しい。恋人なんだから、もっとはっきり誘えばいいのに。同じことを思ったのか、オーウェンの声に笑いが滲む。
「あなたのエスコートに立候補しても?」
「あなた以外に手を上げる人なんていないわ」
「……それは良かった」
手を挙げる人物に心当たりがありすぎるのだろうオーウェンは言葉を濁した。
きっと頭の中には俺と同じく被害者達の顔が浮かんでいることだろう。
彼らに対して悪いことをした自覚はあるが、それにしたって律儀に告白をやめることはなかっただろうに、とも思っている。
俺達を出し抜くこともなく、未だエルザの近くにいる三人は表面上は友人関係を保っているのだから。
いや一人は気持ちを燻らせすぎてセクハラがあからさまになってきていた。それもまたエルザに睨まれる結果になっているのだから哀れだ。……俺の子供じみた独占欲がなければ、エルザの隣は別の奴の場所になっていただろうか。
「そうだ」と声がして、再び意識を居室へと向けた。
「あなたのドレスは俺に贈らせてくれないか」
あ、まずい。
そう思った時にはすでに手遅れだった。
「えっ、ぬ、脱がせるために……?」
「誰だ! 下らないことを教えたのは!!」
思わず頭を抱える。エルザに妙な知恵をつけたのがバレてしまった。
これまで従順に仕事をこなしてくれていた5は、エルザが絡むと途端に恐ろしい小舅へと変貌を遂げることが最近わかった。
今も「キングか!?レグサスか!!……ああ、ララさんという可能性も増えたんだった……悪影響の根源どもが……」と地の底から低い声が響いてくる。
「それは恋人未満の方々がすることです。私はあなたを正式に脱がせられるこの世で唯一の立場ですから、そのような含みはありません!」
「せ、正式に……」
混乱して馬鹿なことを言っている自覚がないらしい。
「……あなたを着飾るのは楽しいだろうと以前から思っていたので言っただけですよ。どうせドレスなどいくらでもありますから、その中から選びましょう」
「いやよ! あなたがそう言うならデザインから考えてくれるつもりなんでしょう? それだって、この世で唯一私だけが着られるドレスだわ」
拗ねた声を優しい声が覆う。なんだかんだと言っても仲が良くて結構なことだ。
「それなら一緒に考えようか。あなたには薄い色も似合うと思っていたんだ。淡いゴールドの細身のドレスはいかがですか。紫もいいな。あなたはレースのものをよく着ているから、オーガンジーでシックにまとめるのもいいんじゃないかな」
ぽんぽんとドレスの案を出す男に心の底から感心する。
俺からなら贈るとは言っても所詮色の指定くらいしか出来ない。
たしかにエルザのオーウェンは流石だ。
勉強になるかは微妙なところだが。
ノックの音がして、部屋の主の返事を待たずに扉が開かれる。
自分以外にこんなことが出来るのは二人しかいないが、一人はノックすらしないから必然的に絞られた。
「……あれ?」
扉が開かれると同時に上がったのは疑問の声だ。
「どうかしたの? ゼン」
もう一人の親友は「いえ……」と言葉を濁すと黙り込んだ。
あいつ、なにしに来たんだ? と思ったと同時にギクリとした。
エルザが執務室に来るまで、俺はゼンが資料を持ってくるのを待っていた。
恐らく資料を手に戻ったゼンは俺がいないことに気付き……鈴を頼りに俺を探してこの部屋に来たのか!!
まずい!! 逃げるか!? いやさすがに窓は逃げられるような高さじゃない……やはりクローゼットか!
背後でガチャリと音がして、錆び付いたおもちゃのようにギコギコと振り返る。
「よもや、このようなところでお会いするとは思いもよりませんでした、キング。俺は二番目に甘んずるとしましょうか」
この上なく胡散臭い笑顔を浮かべたオーウェンの台詞は、本気かどうかの判断がすこぶる難しかった。
続くリップ音に、やはりこれはイチャつくのを見せつけられるだけの時間らしいと悟る。
「浮気なんてしないからね」
「あなたを独り占めできて、ありがたいことです」
「……敬語は禁止よ」
拗ねたエルザの声なんていつぶりだろうか。昔から姉ぶりたがるから、あまり拗ねたところを見たことがない。
「それで、話ってなんだ?」
「そうだったわ。あのね、また舞踏会の招待状が届いているのよ」
紙を開く音がして、手紙を見せているらしいことがわかる。
声が小さく、妙に甘ったるくなったことには触れないでおこう。
「キングとララさんを連れて行こうって?」
「それもあるけど、私も行こうかなって、思うん、だけど」
ぼそぼそとした声を聞き取るのは恐ろしく難しい。恋人なんだから、もっとはっきり誘えばいいのに。同じことを思ったのか、オーウェンの声に笑いが滲む。
「あなたのエスコートに立候補しても?」
「あなた以外に手を上げる人なんていないわ」
「……それは良かった」
手を挙げる人物に心当たりがありすぎるのだろうオーウェンは言葉を濁した。
きっと頭の中には俺と同じく被害者達の顔が浮かんでいることだろう。
彼らに対して悪いことをした自覚はあるが、それにしたって律儀に告白をやめることはなかっただろうに、とも思っている。
俺達を出し抜くこともなく、未だエルザの近くにいる三人は表面上は友人関係を保っているのだから。
いや一人は気持ちを燻らせすぎてセクハラがあからさまになってきていた。それもまたエルザに睨まれる結果になっているのだから哀れだ。……俺の子供じみた独占欲がなければ、エルザの隣は別の奴の場所になっていただろうか。
「そうだ」と声がして、再び意識を居室へと向けた。
「あなたのドレスは俺に贈らせてくれないか」
あ、まずい。
そう思った時にはすでに手遅れだった。
「えっ、ぬ、脱がせるために……?」
「誰だ! 下らないことを教えたのは!!」
思わず頭を抱える。エルザに妙な知恵をつけたのがバレてしまった。
これまで従順に仕事をこなしてくれていた5は、エルザが絡むと途端に恐ろしい小舅へと変貌を遂げることが最近わかった。
今も「キングか!?レグサスか!!……ああ、ララさんという可能性も増えたんだった……悪影響の根源どもが……」と地の底から低い声が響いてくる。
「それは恋人未満の方々がすることです。私はあなたを正式に脱がせられるこの世で唯一の立場ですから、そのような含みはありません!」
「せ、正式に……」
混乱して馬鹿なことを言っている自覚がないらしい。
「……あなたを着飾るのは楽しいだろうと以前から思っていたので言っただけですよ。どうせドレスなどいくらでもありますから、その中から選びましょう」
「いやよ! あなたがそう言うならデザインから考えてくれるつもりなんでしょう? それだって、この世で唯一私だけが着られるドレスだわ」
拗ねた声を優しい声が覆う。なんだかんだと言っても仲が良くて結構なことだ。
「それなら一緒に考えようか。あなたには薄い色も似合うと思っていたんだ。淡いゴールドの細身のドレスはいかがですか。紫もいいな。あなたはレースのものをよく着ているから、オーガンジーでシックにまとめるのもいいんじゃないかな」
ぽんぽんとドレスの案を出す男に心の底から感心する。
俺からなら贈るとは言っても所詮色の指定くらいしか出来ない。
たしかにエルザのオーウェンは流石だ。
勉強になるかは微妙なところだが。
ノックの音がして、部屋の主の返事を待たずに扉が開かれる。
自分以外にこんなことが出来るのは二人しかいないが、一人はノックすらしないから必然的に絞られた。
「……あれ?」
扉が開かれると同時に上がったのは疑問の声だ。
「どうかしたの? ゼン」
もう一人の親友は「いえ……」と言葉を濁すと黙り込んだ。
あいつ、なにしに来たんだ? と思ったと同時にギクリとした。
エルザが執務室に来るまで、俺はゼンが資料を持ってくるのを待っていた。
恐らく資料を手に戻ったゼンは俺がいないことに気付き……鈴を頼りに俺を探してこの部屋に来たのか!!
まずい!! 逃げるか!? いやさすがに窓は逃げられるような高さじゃない……やはりクローゼットか!
背後でガチャリと音がして、錆び付いたおもちゃのようにギコギコと振り返る。
「よもや、このようなところでお会いするとは思いもよりませんでした、キング。俺は二番目に甘んずるとしましょうか」
この上なく胡散臭い笑顔を浮かべたオーウェンの台詞は、本気かどうかの判断がすこぶる難しかった。
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