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第一章
104 捻れた正規ルート
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「あの人はああいったことに疎いんですから、妙なことを吹き込まないでください」
まるで俺のエルザにというような言い分に少しムッとする。わざと意地悪な言い方で応じた。
「へぇ、そうなんだ。でも疎い子に一から教え込むってのも楽しくないですか? 私が教えたかったなぁ」
「……………………変質的なのはどちらですか」
「あら、否定がない」
沈黙で返された。
エルザさん達に目を向ければ、やはりルーファスさんに分が悪かったらしい。
地面に寝転がるルーファスさんにエルザさんが馬乗りになっていた。
勝負あったようだ。
ヴァンさんとナットさんは遠くで転がっている。
戦っている間に機嫌を直したのかエルザさんは笑顔で、起き上がったルーファスさんは自分にまたがるエルザさんの腰に腕を回して顔を寄せ、二人でお喋りしている。
その姿に心がざわついた。
なんというか、近い。
仲良さそうにしているのは何度も見ているが、距離がああも近いところを見るのは初めてだ。
ちらりとオーウェンさんを窺い見るも視線は真っ直ぐに二人に向かっているのに、その表情は読めない。
「オーウェンさんって、ああいうところを見ても妬いたりしないんですか?」
不躾かもしれないが、聞いてしまった。
だって、私ですら少し寂しく思うのに。
この人はどれだけあの光景を見せつけられてきたんだろう。
「嫉妬したりはしませんね」
はっきりとした声だった。
「だって、なんとも美しい眺めではありませんか。精悍な男性と美しい女性が秘め事のように顔を寄せ語り合う姿……両極のような配色も素晴らしすぎて……ああ……額に入れて飾りたい……」
「……はい?」
聞き間違いかと思って問いかけるも、恍惚とした表情のこの人は、私のことなど意識してすらいないらしい。
「クイーンとエルザの組み合わせも落ち着いた色合いになって、それもまたいいんですよ……キングとは違う女性的な容貌のクイーンと並ぶことでエルザがいつにもなく儚げな印象になって、なんとも耽美な……」
正直に言おう。
それはちょっと分かると思ってしまった。
そうして見てみると、妬いた暗い気持ちは霧散して楽しくなってくる。
オーウェンさんって、すごい人だ。
……たまに気持ち悪いけど。
こちらに視線を向けたエルザさんが小走りに近付いてきて、立ち上がったオーウェンさんが真正面から出迎えた。
「大丈夫? 怪我していない? ルーファスは懲らしめてやったからね!」
「ありがとうございます。怪我はありませんよ。見事なものを見せていただいて、むしろ得をしました」
先ほどの変質さは鳴りを潜め、オーウェンさんは穏やかに微笑んでいる。擬態がすごい。
見事なものとは戦っている部分か耽美な部分か。どっちだ?
「遊びたかっただけなのに、ひどい目にあった」
不満げに嘆くルーファスさんがいつの間にか隣に来ていて、思わず半眼になり、睨みつけた。
「あんなことして、怒られるのは当たり前じゃないですか。試合しないかって普通に声をかけたらいいのに」
「口より先に体が動くんだよなぁ」
「……子供なの?」
声に呆れが混じるのも無理ないことだ。
「あー、あのガキ共も変な奴らじゃなかっただろ?」
今も転がったままの二人に目を向けて言われ、そういえば怖かった気持ちがなくなっていることに気が付いた。
ルーファスさんとエルザさんを怖がる様子は普通の男の子達に見えたし、特にヴァンさんは腕の心配をしてくれていた。
「そう、ですね。もう怖くはない、かも」
ナットさんはちょっと怖いけど、ヴァンさんに小石で攻撃する姿は思い返せば少し可笑しかった。
「なら良かったよ」
ぽふっと頭の上に手が置かれ、緩やかに叩かれた。
私のせいでヴァンさんとナットさんは試合をする羽目になったわけだけど、この試合は私のためにしてくれたんだ。
穏やかに笑う人を見上げる。
今でも碌でもない人だと思っているが、それでも。
「あの、ルーファスさん」
「んー?」
「一応、ありがとうございます。……一応」
一人で寝るのももう怖くはなさそうだ。
「わっ」
叩かれていた手が急に乱暴になり、髪をぐちゃぐちゃに乱された。
「何するんですか!」
「いや、素直すぎて別人かと思ってな」
言うんじゃなかった。
目の前のにやけ顔を鋭く睨み、鼻息荒くエルザさんの元へと向かおうとすると、手を取られた。
「なんですか。痴漢で訴えますよ」
「それは困る。……悪いな。初めての感情に戸惑ってる」
「はい?」
にやけ顔は苦笑へと変わっていて、急に謝罪されて混乱する。
だから、手を取り返すのが遅れた。
小さなリップ音。
指先に落とされたキスとこちらを見る真剣な眼差しに体が熱くなった。
「女を可愛いと思ったのは初めてだ」
手を取り返せずに固まる。
あり得ない。あり得ない!
フラグなんて建ててないのに!
「は、離してください」
「ん」
あっさりと離された手を掻き抱いて、逃げるようにエルザさんの元へと走る。
心臓が痛いのは、走ったせいだ。
きっと。絶対にそう!
……本当に、碌なことしないな! あの男は!
まるで俺のエルザにというような言い分に少しムッとする。わざと意地悪な言い方で応じた。
「へぇ、そうなんだ。でも疎い子に一から教え込むってのも楽しくないですか? 私が教えたかったなぁ」
「……………………変質的なのはどちらですか」
「あら、否定がない」
沈黙で返された。
エルザさん達に目を向ければ、やはりルーファスさんに分が悪かったらしい。
地面に寝転がるルーファスさんにエルザさんが馬乗りになっていた。
勝負あったようだ。
ヴァンさんとナットさんは遠くで転がっている。
戦っている間に機嫌を直したのかエルザさんは笑顔で、起き上がったルーファスさんは自分にまたがるエルザさんの腰に腕を回して顔を寄せ、二人でお喋りしている。
その姿に心がざわついた。
なんというか、近い。
仲良さそうにしているのは何度も見ているが、距離がああも近いところを見るのは初めてだ。
ちらりとオーウェンさんを窺い見るも視線は真っ直ぐに二人に向かっているのに、その表情は読めない。
「オーウェンさんって、ああいうところを見ても妬いたりしないんですか?」
不躾かもしれないが、聞いてしまった。
だって、私ですら少し寂しく思うのに。
この人はどれだけあの光景を見せつけられてきたんだろう。
「嫉妬したりはしませんね」
はっきりとした声だった。
「だって、なんとも美しい眺めではありませんか。精悍な男性と美しい女性が秘め事のように顔を寄せ語り合う姿……両極のような配色も素晴らしすぎて……ああ……額に入れて飾りたい……」
「……はい?」
聞き間違いかと思って問いかけるも、恍惚とした表情のこの人は、私のことなど意識してすらいないらしい。
「クイーンとエルザの組み合わせも落ち着いた色合いになって、それもまたいいんですよ……キングとは違う女性的な容貌のクイーンと並ぶことでエルザがいつにもなく儚げな印象になって、なんとも耽美な……」
正直に言おう。
それはちょっと分かると思ってしまった。
そうして見てみると、妬いた暗い気持ちは霧散して楽しくなってくる。
オーウェンさんって、すごい人だ。
……たまに気持ち悪いけど。
こちらに視線を向けたエルザさんが小走りに近付いてきて、立ち上がったオーウェンさんが真正面から出迎えた。
「大丈夫? 怪我していない? ルーファスは懲らしめてやったからね!」
「ありがとうございます。怪我はありませんよ。見事なものを見せていただいて、むしろ得をしました」
先ほどの変質さは鳴りを潜め、オーウェンさんは穏やかに微笑んでいる。擬態がすごい。
見事なものとは戦っている部分か耽美な部分か。どっちだ?
「遊びたかっただけなのに、ひどい目にあった」
不満げに嘆くルーファスさんがいつの間にか隣に来ていて、思わず半眼になり、睨みつけた。
「あんなことして、怒られるのは当たり前じゃないですか。試合しないかって普通に声をかけたらいいのに」
「口より先に体が動くんだよなぁ」
「……子供なの?」
声に呆れが混じるのも無理ないことだ。
「あー、あのガキ共も変な奴らじゃなかっただろ?」
今も転がったままの二人に目を向けて言われ、そういえば怖かった気持ちがなくなっていることに気が付いた。
ルーファスさんとエルザさんを怖がる様子は普通の男の子達に見えたし、特にヴァンさんは腕の心配をしてくれていた。
「そう、ですね。もう怖くはない、かも」
ナットさんはちょっと怖いけど、ヴァンさんに小石で攻撃する姿は思い返せば少し可笑しかった。
「なら良かったよ」
ぽふっと頭の上に手が置かれ、緩やかに叩かれた。
私のせいでヴァンさんとナットさんは試合をする羽目になったわけだけど、この試合は私のためにしてくれたんだ。
穏やかに笑う人を見上げる。
今でも碌でもない人だと思っているが、それでも。
「あの、ルーファスさん」
「んー?」
「一応、ありがとうございます。……一応」
一人で寝るのももう怖くはなさそうだ。
「わっ」
叩かれていた手が急に乱暴になり、髪をぐちゃぐちゃに乱された。
「何するんですか!」
「いや、素直すぎて別人かと思ってな」
言うんじゃなかった。
目の前のにやけ顔を鋭く睨み、鼻息荒くエルザさんの元へと向かおうとすると、手を取られた。
「なんですか。痴漢で訴えますよ」
「それは困る。……悪いな。初めての感情に戸惑ってる」
「はい?」
にやけ顔は苦笑へと変わっていて、急に謝罪されて混乱する。
だから、手を取り返すのが遅れた。
小さなリップ音。
指先に落とされたキスとこちらを見る真剣な眼差しに体が熱くなった。
「女を可愛いと思ったのは初めてだ」
手を取り返せずに固まる。
あり得ない。あり得ない!
フラグなんて建ててないのに!
「は、離してください」
「ん」
あっさりと離された手を掻き抱いて、逃げるようにエルザさんの元へと走る。
心臓が痛いのは、走ったせいだ。
きっと。絶対にそう!
……本当に、碌なことしないな! あの男は!
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