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第一章
102 捻じれた正規ルート
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学校の校庭のような砂地の広場は修練場というらしい。
走り込みや組手のような動きをしていた人達は、私達、いや私の前を並んで歩く二人を見て動きを止め、こちらを注視し始めた。彼らがひそひそと呟く声を拾えば「キングと10の手合わせが見られるなんて!」ということらしい。
そんな言葉を当然のように受け流す二人の反対側から二人の男の子が歩いてきて、思わず前を歩くエルザさんの背中に隠れた。
「あ、昨日ノエルに夜這いかけた女」
違う! と突っ込みたくなったがさすがに怖くて声が出ない。
「よう。ヴァン、ナット。仕事終わりに悪いな。久々に手合わせしたくてな」
二人の視線から私を逃がすようにルーファスさんが二人の前に立った。
「ここに呼び出された時点で想像は付いたけどよー。やだよ。あんたら容赦ねーもん」
「んなこと言って、すっぽかさずにちゃんと来たじゃねえか。本当は兄ちゃん達と遊びたかったんだろ」
「ちげーよ! 脅しといてよく言うぜ。俺ら、なんかやったー? ……あっ! その女のことならそいつが逃げたから捕まえただけだって! 仕事じゃん!」
「ん? 何の話だ?」
ギャアギャアと騒ぐヴァンさんにルーファスさんが首をかしげる。その横から、糸目の男がぬるりと歩いてこちらに近付いてきた。自然と体が硬くなる。
「こんばんはぁ、エルザ先輩、オーウェン殿。それと……ふひっ……昨日の方」
「こんばんは、ナット。悪いわね、急に呼び出して。でも手合わせするのは久しぶりだから嬉しいわ」
「いえいえ。ヴァン君もああ言ってますが、内心大喜びですよぉ。可愛がってあげてくださぁい」
「あら、あなたもでしょう? 二対二なんだから」
「え?」
「は?」
エルザさんの言葉に騒いでいたヴァンさんは固まり、ナットさんの糸目はわずかに開いた。
「……二対二って、誰と誰です?」
「もちろん、私とルーファス、ヴァンとナットよ」
「いやだ!!」
ヴァンさんの全力の拒否とナットさんが踵を返すのは同時だった。むんずと襟をエルザさんに掴まれて「ぐえっ」と潰されたカエルのような声がする。
「私は見学していますよぉ。今日あの日なんでぇ」
ルーファスさんが無言でナットさんの頭をスパコンとはたいた。
向い立つ二組の間を一筋の風が通った。
楽し気に笑う一組とは対照的に、もう一組は心底嫌そうに顔を歪めている。
私とオーウェンさんは少し離れたベンチに距離をあけて腰かけ、二組を見守っていた。
「逃げときゃ良かった……」
「そう言うなよ。楽しもうぜ」
「どうして私までぇ……」
「ナットだけ仲間外れにするわけないでしょう?」
笑う二人がするりと剣を抜き、渋々といった様子のヴァンさんも柄に手を添えた。
「……なんだかすごく、嫌がってますね?」
思わず隣に話しかけると、笑い混じりにオーウェンさんが教えてくれた。
「アカデミーには座学だけでなく剣術、魔術、体術の授業があって、希望者はそれら全てを総合した模擬試合を行うことが出来るんです。基本は一対一ですが、二対二等の複数での試合もあって、それは学年を問わずに相方も対戦相手も自由に選択できます。当然それらには順位も付けられるんですよ。ペアは常時固定ではないので確かな順位ではないですが、キングとエルザのペアは負けなしだそうです。模擬試合をしてもいい十三歳から卒業する十八歳までが参加するにも関わらず。……まさかこの目で見られる日が来るとはっ……生きててよかった……」
十三歳が十八歳相手に負けなし? 思わずオウム返しに問おうとした時、試合が始まった。
「どっちかは止めるからさっさと潰せ!」
「また無茶を言うぅ……」
踏み込みながら叫ぶヴァンさんの言葉に、ナットさんは不満げに返す。
ルーファスさんとエルザさんは同時に踏み込んでいた。
事前に打ち合わせていたのか、ルーファスさんは真っ直ぐにヴァンさんの方へと向かって剣のぶつかる音がして、エルザさんはナットさんの前で水を鞭のようにしならせて放った。
「魔法で合わせてあげるわ!」
「……有難迷惑ってやつだぁ」
憎々し気に眉を顰めたナットさんが応戦する。岩がエルザさんの頬をかすめ、水がナットさんの足を止めた。
「顔を狙うところがいやらしいなぁ。ナット殿は」
楽しそうにオーウェンさんは呟いた。
止まらない足捌きでエルザさんは岩を避け、バケツをひっくり返したような水がナットさんの頭上から降る。ナットさんは風を使って水を避けたが、避けた先に立つエルザさんの蹴りが綺麗に腹部に入った。
「なるほど! 今の滝のような水は目くらましか! 相変わらず無茶苦茶な魔法の使い方なのに有用だな。素晴らしい。あの水の鞭も見事だ。威力が知りたいなぁ……頼んだら俺に向けて使ってくれるだろうか……ナット殿は土風光の三属性持ちだそうだが、光は使わないんだな。得意ではないのか?」
オーウェンさんは楽しそうだ。
「ナット!!」
ヴァンさんの叫び声には警告するような響きがあった。
いつの間にかルーファスさんが走り寄り、エルザさんと一緒にナットさんを挟むように戦っている。遅れてヴァンさんも向かってくるが、風と水に阻まれて時間がかかっているように見えた。
ヴァンさんがこちらにあと一歩というところまで迫ると、今度はエルザさんがヴァンさんと対峙し始めた。
「なるほど。疑似的な二対一がずっと続くわけか。これは確かに嫌だなぁ。隙を見せられない。サポートとして魔法を使うならともかく剣士を数秒でも二人相手にすることになるわけだな」
実況解説のオーウェンさんの瞳は輝いている。
ヴァン君を相手にしているからか、エルザさんは魔法をやめて剣だけを使い始めた。長くしなやかな足が鋭く踏み込み、細いのに剣を振る腕は筋肉が盛り上がる。翻る髪は夕陽を受けてキラキラと輝いた。
思わず声が漏れた。
「エルザさん、素敵……!」
「わかっていただけますか!? 普段のあの方も素晴らしいですが、やはり戦っている姿が一番お綺麗ですよね!!」
「わかりますわかります! 綺麗で素敵でカッコいいですー!!」
目は真っ直ぐにエルザさんを見つめながら、オーウェンさんと盛り上がる。
魔法を操るエルザさんも素敵だけど、剣を振る姿が格好良すぎてたまらない。
ヴァンさんの頭上から水がカーテンのように流れ、エルザさんは体を反転させてナットさんとルーファスさんの元へと走った。剣を片手に走る姿も素敵!
「交代ね」
「おう。やっぱ三属性持ち相手はきっついわ」
ルーファスさんはナットさん相手に苦戦していたらしい。「よく言う……」と呆れた声が隣から聞こえた。
エルザさんは再び魔法主体の戦闘に切り替えた。
エルザさんが操る水の鞭は、以前に噴水広場で見せてもらったものよりも太く長い。
まるで蛇のように動くそれが二本、ナットさんを襲っている。
「以前に、あの水の使い方は誰にでも出来るって伺ったんですが、本当なんですか?」
あんなことが本当に誰にでも出来るのか、疑問に思ってオーウェンに尋ねると「まさか!」と強く否定された。
「水は上から下に向かって使うのが一般的で、ああいった蛇のような動きをすることが出来る方はそうはいませんよ。真っ直ぐに飛ばすことすら難しいというのに、当たり前に使う人が近くに多いからか、あの人は自分を過小評価するところがあるからな。風や火は比較的簡単に使える属性になりますが、水と土は使いづらいと言われています。質量がありますから」
「なるほど……ありがとうございます。解説のオーウェンさん」
「解説?」
魔法オタク様様だ。
「いいんですかぁ、エルザせんぱぁい」
妙にだらけた声が耳につき、視線を向けると細く開いた瞳が私を捉えた。
「オーウェン殿と彼女が仲良くお喋りしてぇ、二人はあなたを裏切るやもしれませんよぉ」
「何を言うの!?」
思わず叫んでいた。
大好きなエルザさんを裏切るなんてあり得ないが、それでも恋人が他の女性と仲良くするのは気分を悪くさせてしまうかもしれない。私は慌てて席を立って一歩距離をとった。
「ああ、ララさん。大丈夫ですよ。座ってください」
「でも……」
にっこり笑うオーウェンさんを信じることはとてもじゃないが出来ない。自分の愛が揺るがないからと言っても、エルザさんが嫌な思いをするかもしれないのに。
気まずく思いつつエルザさんに目を向けたが、一切こちらに目を向けずにエルザさんは笑っていた。
「どうせ私のことで盛り上がってるのよ」
ごもっとも。
私はベンチに再び腰を下ろした。
全く疑われもしなかったことで、少し誇らしい気持ちになる。オーウェンさんへの信頼が大きいのだろうけど、私に対しても少しは信頼してくれているのなら嬉しい。
「ナット殿は使える手ならなんでも使うらしいですからね。あまり私から離れないでください」
笑ってオーウェンさんが言ったのと同時に、強い光を感じて瞼を固く閉じた。
瞼にかかる光が弱まるのと、ドスンと足元に顔ほどの大きさの岩が落ちたのは同時だった。
「……えっ?」
「三つも属性があるんだから、相手に合わせて臨機応変に使ってけよ、か」
面白そうに肩を揺らすオーウェンさんに目を向ける。
「俺も舐められてるな。光を使えば真正面からでも当てられると思われてるわけだ」
どうやら独り言らしい。光属性というと、今ここにいる人だと使えるのはナットさんだけのはずだ。
土も、そうだ。
ぞくりと背中が冷えた。
もしかして、私を狙った……?
「心配しないでください。あなたのことはエルザから預かっていますから、傷一つ付けないとお約束します」
「エルザさんが……」
「はい。私は大した使い手ではありませんが、少なくともエルザとキングを相手にしている状況のあの二人に遅れは取りませんからね。安心して……おっ、エルザが怒った」
独り言に反応して視線をエルザさんに向けると嵐がナットさんを中心に現れていた。
「ララを狙うのを卑怯とは言わないけど……許さないわよ!」
「彼氏に防御させといてよく言うぅ!三対二じゃないですかぁ!」
「なんでもありがルールよ!」
激しい水と風に身動きが取れなくなったナットさんの足が鈍る。
再びエルザさんはルーファスさんとヴァンさんの元に走り「もうこいつらほんと嫌いだ!!」と叫ぶヴァンさんは蹴飛ばされて地面に叩きつけられた。
体力を消耗していたらしいナットさんも地面に仰向けに倒れていて、嵐が止む。
ハイタッチするルーファスさんとエルザさんの汗ばむ顔には喜びにあふれていた。
「本当に、相手にはしたくない二人だなぁ」
嬉しそうな呟きが隣からこぼれた。
走り込みや組手のような動きをしていた人達は、私達、いや私の前を並んで歩く二人を見て動きを止め、こちらを注視し始めた。彼らがひそひそと呟く声を拾えば「キングと10の手合わせが見られるなんて!」ということらしい。
そんな言葉を当然のように受け流す二人の反対側から二人の男の子が歩いてきて、思わず前を歩くエルザさんの背中に隠れた。
「あ、昨日ノエルに夜這いかけた女」
違う! と突っ込みたくなったがさすがに怖くて声が出ない。
「よう。ヴァン、ナット。仕事終わりに悪いな。久々に手合わせしたくてな」
二人の視線から私を逃がすようにルーファスさんが二人の前に立った。
「ここに呼び出された時点で想像は付いたけどよー。やだよ。あんたら容赦ねーもん」
「んなこと言って、すっぽかさずにちゃんと来たじゃねえか。本当は兄ちゃん達と遊びたかったんだろ」
「ちげーよ! 脅しといてよく言うぜ。俺ら、なんかやったー? ……あっ! その女のことならそいつが逃げたから捕まえただけだって! 仕事じゃん!」
「ん? 何の話だ?」
ギャアギャアと騒ぐヴァンさんにルーファスさんが首をかしげる。その横から、糸目の男がぬるりと歩いてこちらに近付いてきた。自然と体が硬くなる。
「こんばんはぁ、エルザ先輩、オーウェン殿。それと……ふひっ……昨日の方」
「こんばんは、ナット。悪いわね、急に呼び出して。でも手合わせするのは久しぶりだから嬉しいわ」
「いえいえ。ヴァン君もああ言ってますが、内心大喜びですよぉ。可愛がってあげてくださぁい」
「あら、あなたもでしょう? 二対二なんだから」
「え?」
「は?」
エルザさんの言葉に騒いでいたヴァンさんは固まり、ナットさんの糸目はわずかに開いた。
「……二対二って、誰と誰です?」
「もちろん、私とルーファス、ヴァンとナットよ」
「いやだ!!」
ヴァンさんの全力の拒否とナットさんが踵を返すのは同時だった。むんずと襟をエルザさんに掴まれて「ぐえっ」と潰されたカエルのような声がする。
「私は見学していますよぉ。今日あの日なんでぇ」
ルーファスさんが無言でナットさんの頭をスパコンとはたいた。
向い立つ二組の間を一筋の風が通った。
楽し気に笑う一組とは対照的に、もう一組は心底嫌そうに顔を歪めている。
私とオーウェンさんは少し離れたベンチに距離をあけて腰かけ、二組を見守っていた。
「逃げときゃ良かった……」
「そう言うなよ。楽しもうぜ」
「どうして私までぇ……」
「ナットだけ仲間外れにするわけないでしょう?」
笑う二人がするりと剣を抜き、渋々といった様子のヴァンさんも柄に手を添えた。
「……なんだかすごく、嫌がってますね?」
思わず隣に話しかけると、笑い混じりにオーウェンさんが教えてくれた。
「アカデミーには座学だけでなく剣術、魔術、体術の授業があって、希望者はそれら全てを総合した模擬試合を行うことが出来るんです。基本は一対一ですが、二対二等の複数での試合もあって、それは学年を問わずに相方も対戦相手も自由に選択できます。当然それらには順位も付けられるんですよ。ペアは常時固定ではないので確かな順位ではないですが、キングとエルザのペアは負けなしだそうです。模擬試合をしてもいい十三歳から卒業する十八歳までが参加するにも関わらず。……まさかこの目で見られる日が来るとはっ……生きててよかった……」
十三歳が十八歳相手に負けなし? 思わずオウム返しに問おうとした時、試合が始まった。
「どっちかは止めるからさっさと潰せ!」
「また無茶を言うぅ……」
踏み込みながら叫ぶヴァンさんの言葉に、ナットさんは不満げに返す。
ルーファスさんとエルザさんは同時に踏み込んでいた。
事前に打ち合わせていたのか、ルーファスさんは真っ直ぐにヴァンさんの方へと向かって剣のぶつかる音がして、エルザさんはナットさんの前で水を鞭のようにしならせて放った。
「魔法で合わせてあげるわ!」
「……有難迷惑ってやつだぁ」
憎々し気に眉を顰めたナットさんが応戦する。岩がエルザさんの頬をかすめ、水がナットさんの足を止めた。
「顔を狙うところがいやらしいなぁ。ナット殿は」
楽しそうにオーウェンさんは呟いた。
止まらない足捌きでエルザさんは岩を避け、バケツをひっくり返したような水がナットさんの頭上から降る。ナットさんは風を使って水を避けたが、避けた先に立つエルザさんの蹴りが綺麗に腹部に入った。
「なるほど! 今の滝のような水は目くらましか! 相変わらず無茶苦茶な魔法の使い方なのに有用だな。素晴らしい。あの水の鞭も見事だ。威力が知りたいなぁ……頼んだら俺に向けて使ってくれるだろうか……ナット殿は土風光の三属性持ちだそうだが、光は使わないんだな。得意ではないのか?」
オーウェンさんは楽しそうだ。
「ナット!!」
ヴァンさんの叫び声には警告するような響きがあった。
いつの間にかルーファスさんが走り寄り、エルザさんと一緒にナットさんを挟むように戦っている。遅れてヴァンさんも向かってくるが、風と水に阻まれて時間がかかっているように見えた。
ヴァンさんがこちらにあと一歩というところまで迫ると、今度はエルザさんがヴァンさんと対峙し始めた。
「なるほど。疑似的な二対一がずっと続くわけか。これは確かに嫌だなぁ。隙を見せられない。サポートとして魔法を使うならともかく剣士を数秒でも二人相手にすることになるわけだな」
実況解説のオーウェンさんの瞳は輝いている。
ヴァン君を相手にしているからか、エルザさんは魔法をやめて剣だけを使い始めた。長くしなやかな足が鋭く踏み込み、細いのに剣を振る腕は筋肉が盛り上がる。翻る髪は夕陽を受けてキラキラと輝いた。
思わず声が漏れた。
「エルザさん、素敵……!」
「わかっていただけますか!? 普段のあの方も素晴らしいですが、やはり戦っている姿が一番お綺麗ですよね!!」
「わかりますわかります! 綺麗で素敵でカッコいいですー!!」
目は真っ直ぐにエルザさんを見つめながら、オーウェンさんと盛り上がる。
魔法を操るエルザさんも素敵だけど、剣を振る姿が格好良すぎてたまらない。
ヴァンさんの頭上から水がカーテンのように流れ、エルザさんは体を反転させてナットさんとルーファスさんの元へと走った。剣を片手に走る姿も素敵!
「交代ね」
「おう。やっぱ三属性持ち相手はきっついわ」
ルーファスさんはナットさん相手に苦戦していたらしい。「よく言う……」と呆れた声が隣から聞こえた。
エルザさんは再び魔法主体の戦闘に切り替えた。
エルザさんが操る水の鞭は、以前に噴水広場で見せてもらったものよりも太く長い。
まるで蛇のように動くそれが二本、ナットさんを襲っている。
「以前に、あの水の使い方は誰にでも出来るって伺ったんですが、本当なんですか?」
あんなことが本当に誰にでも出来るのか、疑問に思ってオーウェンに尋ねると「まさか!」と強く否定された。
「水は上から下に向かって使うのが一般的で、ああいった蛇のような動きをすることが出来る方はそうはいませんよ。真っ直ぐに飛ばすことすら難しいというのに、当たり前に使う人が近くに多いからか、あの人は自分を過小評価するところがあるからな。風や火は比較的簡単に使える属性になりますが、水と土は使いづらいと言われています。質量がありますから」
「なるほど……ありがとうございます。解説のオーウェンさん」
「解説?」
魔法オタク様様だ。
「いいんですかぁ、エルザせんぱぁい」
妙にだらけた声が耳につき、視線を向けると細く開いた瞳が私を捉えた。
「オーウェン殿と彼女が仲良くお喋りしてぇ、二人はあなたを裏切るやもしれませんよぉ」
「何を言うの!?」
思わず叫んでいた。
大好きなエルザさんを裏切るなんてあり得ないが、それでも恋人が他の女性と仲良くするのは気分を悪くさせてしまうかもしれない。私は慌てて席を立って一歩距離をとった。
「ああ、ララさん。大丈夫ですよ。座ってください」
「でも……」
にっこり笑うオーウェンさんを信じることはとてもじゃないが出来ない。自分の愛が揺るがないからと言っても、エルザさんが嫌な思いをするかもしれないのに。
気まずく思いつつエルザさんに目を向けたが、一切こちらに目を向けずにエルザさんは笑っていた。
「どうせ私のことで盛り上がってるのよ」
ごもっとも。
私はベンチに再び腰を下ろした。
全く疑われもしなかったことで、少し誇らしい気持ちになる。オーウェンさんへの信頼が大きいのだろうけど、私に対しても少しは信頼してくれているのなら嬉しい。
「ナット殿は使える手ならなんでも使うらしいですからね。あまり私から離れないでください」
笑ってオーウェンさんが言ったのと同時に、強い光を感じて瞼を固く閉じた。
瞼にかかる光が弱まるのと、ドスンと足元に顔ほどの大きさの岩が落ちたのは同時だった。
「……えっ?」
「三つも属性があるんだから、相手に合わせて臨機応変に使ってけよ、か」
面白そうに肩を揺らすオーウェンさんに目を向ける。
「俺も舐められてるな。光を使えば真正面からでも当てられると思われてるわけだ」
どうやら独り言らしい。光属性というと、今ここにいる人だと使えるのはナットさんだけのはずだ。
土も、そうだ。
ぞくりと背中が冷えた。
もしかして、私を狙った……?
「心配しないでください。あなたのことはエルザから預かっていますから、傷一つ付けないとお約束します」
「エルザさんが……」
「はい。私は大した使い手ではありませんが、少なくともエルザとキングを相手にしている状況のあの二人に遅れは取りませんからね。安心して……おっ、エルザが怒った」
独り言に反応して視線をエルザさんに向けると嵐がナットさんを中心に現れていた。
「ララを狙うのを卑怯とは言わないけど……許さないわよ!」
「彼氏に防御させといてよく言うぅ!三対二じゃないですかぁ!」
「なんでもありがルールよ!」
激しい水と風に身動きが取れなくなったナットさんの足が鈍る。
再びエルザさんはルーファスさんとヴァンさんの元に走り「もうこいつらほんと嫌いだ!!」と叫ぶヴァンさんは蹴飛ばされて地面に叩きつけられた。
体力を消耗していたらしいナットさんも地面に仰向けに倒れていて、嵐が止む。
ハイタッチするルーファスさんとエルザさんの汗ばむ顔には喜びにあふれていた。
「本当に、相手にはしたくない二人だなぁ」
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