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第一章
100 捻じれた正規ルート
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いつも通り仕事を終え、与えられた部屋に戻る途中だった。
廊下の角を曲がると見知らぬ男の子達が騒いでいるのが見えて、視線を向ける。
男の子達が視界に入った瞬間、背筋がぞわりと冷え、体を反転して脱兎のごとく駆け出していた。
どうしてあの二人が? ここはワンダーランドなのに。どうして!?
ぐいと腕を掴まりひねられ、わずかな痛みに声が漏れる。
「お前、いま俺らを見て逃げただろ。なにもんだよ」
「んん~? ヴァン君、手は離した方がよろしいかもしれませんねぇ。エルザ先輩のお友達ですよぉ」
「えっ、まじ? やっべ!」
慌てた様子で腕を外されて、よろける。震える体を徐々に二人から離した。
ヴァン君、と呼ばれた男の子の顔を真正面から見る。やっぱりこの子達……。
「お前が慌てて逃げるから怪しい奴かと思ったんだよ! エルザには言うなよ!」
辺りを警戒しながらヴァンは必死に言い訳している。その様子を楽し気に見ているだらけた話し方のこっちは――。
「おやぁ? あちらに空色が見えたような……」
「なに!? に、逃げるぞ、ナット!」
ヴァンはナットの手を掴み、猛スピードで去っていった。ぼそりと聞こえた「嘘ですけどねぇ」という声の楽し気な調子に、足から力が抜けてその場にしゃがみ込む。
どうしてあの二人が。心臓が壊れてしまいそうなほど脈打ち、体がガクガクと震えだした。
あの二人はこの世界の『キャラクター』じゃない。別の乙女ゲームに、全員を攻略すればルートが解放される隠しキャラとして二人は登場する。
その世界で名を馳せる、残虐な暗殺者として。
ガンガンと夢中で扉を叩くと、慌てた様子で扉が開き、部屋の主が顔を出した。
「ララ!? どうしたの? 何かあった?」
あの二人のルートは好きじゃなかった。ヤンチャとヤンデレがそもそも好みではないというのが一番の理由だが、それだけではない。あの二人には恐怖のバッドエンドが存在している。
あの二人の好感度が一定以上あり、その上で別のキャラのルートへ進もうとしたら発生する、通称『監禁調教病みエンド』!
ナットの声を聴いた瞬間に鳥肌が立った。忘れもしない、あのセリフが脳内で再生される。
『あなたから流れるこれで毎日磨いて差し上げましょうねぇ。三人でお揃いの、この、結婚指輪』
ヒロインから流れる『これ』とは果たして涙かそれとも……。残念ながら画面は真っ赤に染まっていた。
「急にごめんなさい……あの、今日、お部屋に泊めてもらえませんか……?」
思い出したら怖すぎて、一人でなんてとてもじゃないけど眠れない。
私があのゲームのヒロインではないとはいえ、あの強烈なヤンデレ男と同じ屋根の下だ。
「えっ、きょっ、きょ、今日!? わ、わわわ私の部屋で!?」
……ん?
エルザさんはおかしいほど吃り、視線を彷徨わせていて、恐怖も忘れて首を傾げた。
そのせいで、一瞬冷静になってしまった。
エルザさんの部屋にある丸いローテーブルには二つのティーカップがあり、ソファのクッションは床に落ちている。目の前に立つエルザさんは髪がやや乱れてシャツのボタンが掛け違い、覗く肌には紅い――。
名探偵もかくやの観察眼と推理力で、私はエルザさんの手を取った。
「やっぱりなんでもありません。……エルザさん、普段真面目な男ほど、変質的な欲望を隠しているものですよ。お気をつけて」
「そうなの!?」
奥の寝室から激しく咽る声がして、ほらみろと名探偵はハンチング帽のつばを持ち、ポーズをキメてみせた。
何があったのかと心配してくれるエルザさんを宥めて部屋を後にする。
エルザさんは頼れず、ゼンさんは確か出張中と聞いた。となると後は……。
「ララちゃんが部屋に来てくれるなんて、初めてだね! どうかしたの?」
「ううん、なんでもないんだけど……ごめんね、ノエル君。迷惑だと思うんだけど、今日部屋に泊めてくれないかな……」
まるで夜這いか口説きに来たようなセリフは勘違いさせてしまいそうだが、このノエル君ならそんな心配はいらない気がした。なぜなら――。
「うーん、僕はいいけど……あっ、もしかして怖い夢でも見ちゃったの?」
やっぱりだ。ゲームのノエルなら、こんなお願いをしたら顔を真っ赤に染めて狼狽える。ならこのノエル君が女の子を部屋に泊めることの意味を知らないのかと言うと、それもない、と断言する。
「……そうなの。怖い夢を見ちゃって一人で眠るのが嫌で……でも」
じっとノエル君の目を見つめる。
「エルザさんは、取り込み中みたいで」
わずかな瞳の濁りを見て取り、確信した。このノエル君は、わかっていてとぼけている。
「……それなら僕が守ってあげなきゃね! 入って入って!」
「ごめんね。お邪魔します」
扉をくぐり、そっと息を吐いた。一人で寝ずに済んでほっとする。あとはソファでも貸してもらえればそれで――。
「なんだよ、またお前か」
「おやぁ。こんな時間に男の部屋を訪ねるとは感心しませんねぇ」
「もう! そんなんじゃないよ! ごめんね、ララちゃん。二人も今日泊ってくんだ。一緒でもいいかなぁ?」
体を反転させ、扉に飛びついた。
「や、やややっぱり一人で寝れそう! またね、ノエル君!」
部屋から飛び出すも、再び捕まることはなかった。
廊下の角を曲がると見知らぬ男の子達が騒いでいるのが見えて、視線を向ける。
男の子達が視界に入った瞬間、背筋がぞわりと冷え、体を反転して脱兎のごとく駆け出していた。
どうしてあの二人が? ここはワンダーランドなのに。どうして!?
ぐいと腕を掴まりひねられ、わずかな痛みに声が漏れる。
「お前、いま俺らを見て逃げただろ。なにもんだよ」
「んん~? ヴァン君、手は離した方がよろしいかもしれませんねぇ。エルザ先輩のお友達ですよぉ」
「えっ、まじ? やっべ!」
慌てた様子で腕を外されて、よろける。震える体を徐々に二人から離した。
ヴァン君、と呼ばれた男の子の顔を真正面から見る。やっぱりこの子達……。
「お前が慌てて逃げるから怪しい奴かと思ったんだよ! エルザには言うなよ!」
辺りを警戒しながらヴァンは必死に言い訳している。その様子を楽し気に見ているだらけた話し方のこっちは――。
「おやぁ? あちらに空色が見えたような……」
「なに!? に、逃げるぞ、ナット!」
ヴァンはナットの手を掴み、猛スピードで去っていった。ぼそりと聞こえた「嘘ですけどねぇ」という声の楽し気な調子に、足から力が抜けてその場にしゃがみ込む。
どうしてあの二人が。心臓が壊れてしまいそうなほど脈打ち、体がガクガクと震えだした。
あの二人はこの世界の『キャラクター』じゃない。別の乙女ゲームに、全員を攻略すればルートが解放される隠しキャラとして二人は登場する。
その世界で名を馳せる、残虐な暗殺者として。
ガンガンと夢中で扉を叩くと、慌てた様子で扉が開き、部屋の主が顔を出した。
「ララ!? どうしたの? 何かあった?」
あの二人のルートは好きじゃなかった。ヤンチャとヤンデレがそもそも好みではないというのが一番の理由だが、それだけではない。あの二人には恐怖のバッドエンドが存在している。
あの二人の好感度が一定以上あり、その上で別のキャラのルートへ進もうとしたら発生する、通称『監禁調教病みエンド』!
ナットの声を聴いた瞬間に鳥肌が立った。忘れもしない、あのセリフが脳内で再生される。
『あなたから流れるこれで毎日磨いて差し上げましょうねぇ。三人でお揃いの、この、結婚指輪』
ヒロインから流れる『これ』とは果たして涙かそれとも……。残念ながら画面は真っ赤に染まっていた。
「急にごめんなさい……あの、今日、お部屋に泊めてもらえませんか……?」
思い出したら怖すぎて、一人でなんてとてもじゃないけど眠れない。
私があのゲームのヒロインではないとはいえ、あの強烈なヤンデレ男と同じ屋根の下だ。
「えっ、きょっ、きょ、今日!? わ、わわわ私の部屋で!?」
……ん?
エルザさんはおかしいほど吃り、視線を彷徨わせていて、恐怖も忘れて首を傾げた。
そのせいで、一瞬冷静になってしまった。
エルザさんの部屋にある丸いローテーブルには二つのティーカップがあり、ソファのクッションは床に落ちている。目の前に立つエルザさんは髪がやや乱れてシャツのボタンが掛け違い、覗く肌には紅い――。
名探偵もかくやの観察眼と推理力で、私はエルザさんの手を取った。
「やっぱりなんでもありません。……エルザさん、普段真面目な男ほど、変質的な欲望を隠しているものですよ。お気をつけて」
「そうなの!?」
奥の寝室から激しく咽る声がして、ほらみろと名探偵はハンチング帽のつばを持ち、ポーズをキメてみせた。
何があったのかと心配してくれるエルザさんを宥めて部屋を後にする。
エルザさんは頼れず、ゼンさんは確か出張中と聞いた。となると後は……。
「ララちゃんが部屋に来てくれるなんて、初めてだね! どうかしたの?」
「ううん、なんでもないんだけど……ごめんね、ノエル君。迷惑だと思うんだけど、今日部屋に泊めてくれないかな……」
まるで夜這いか口説きに来たようなセリフは勘違いさせてしまいそうだが、このノエル君ならそんな心配はいらない気がした。なぜなら――。
「うーん、僕はいいけど……あっ、もしかして怖い夢でも見ちゃったの?」
やっぱりだ。ゲームのノエルなら、こんなお願いをしたら顔を真っ赤に染めて狼狽える。ならこのノエル君が女の子を部屋に泊めることの意味を知らないのかと言うと、それもない、と断言する。
「……そうなの。怖い夢を見ちゃって一人で眠るのが嫌で……でも」
じっとノエル君の目を見つめる。
「エルザさんは、取り込み中みたいで」
わずかな瞳の濁りを見て取り、確信した。このノエル君は、わかっていてとぼけている。
「……それなら僕が守ってあげなきゃね! 入って入って!」
「ごめんね。お邪魔します」
扉をくぐり、そっと息を吐いた。一人で寝ずに済んでほっとする。あとはソファでも貸してもらえればそれで――。
「なんだよ、またお前か」
「おやぁ。こんな時間に男の部屋を訪ねるとは感心しませんねぇ」
「もう! そんなんじゃないよ! ごめんね、ララちゃん。二人も今日泊ってくんだ。一緒でもいいかなぁ?」
体を反転させ、扉に飛びついた。
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部屋から飛び出すも、再び捕まることはなかった。
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