ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

文字の大きさ
上 下
96 / 206
第一章

96

しおりを挟む
 普段から多くの人が行き交う中央通りだが、今日は更にひしめき合うと言っていいくらいの人で溢れかえっている。
 ララと来た時はお茶会も終わっていたから落ち着いていたけど、これからお祭りが賑わい始める今日はこの間の比ではない。

「はぐれないように気を付けて」

 腕を組む手を解かれて、しっかりと握られる。

「また子供扱いする気? 鈴があるんだから心配いらないわよ」
「……迷子にならないようにする気は無いのか」

 二人で言い合っていると一軒のお店が目に留まった。

 可愛いランプを扱っているらしく、中の光がふわふわと浮いているものや色がコロコロと変わるものまで様々だ。
 光が弱くてあまり実用的ではない。

「気になるものでもあったか?」

 じっと見つめていると、オーウェンが肩越しに店を覗き込んだ。
 これはもしかしてデートの定番、今日の思い出にプレゼントするよのイベントでは!

「いいえ、ただ綺麗だなと思って」
「なんだ。プレゼントしようと思ったのに」

 やっぱりだ。

「ランプはあまり使わないのよね。部屋に戻ったらすぐに寝ちゃうから」
「これはランプというよりインテリアじゃないか? 部屋に置いていてもおかしくないと思うけど」
「いいえ、やめておくわ。それより――っ」

 言いながら振り返ると、オーウェンの顔がすぐ目の前にあった。息のかかる距離で言葉が続かず、口を引き結ぶ。ただ目の前にある丸く見開かれた瞳を見つめることしかできない。

 見つめ合ううちに、ほんの少しオーウェンの赤らむ顔を近づいてきて、恥ずかしさと焦りと喜びが同じ分だけ頭の中を支配する。
 しかし唇が触れ合う寸前、オーウェンは我に返ったように体ごと離れてしまった。

 きっと今、私の顔には残念だとくっきりと書かれているだろう。
 恋人になってから一度もしていない薄い唇の感触がひどく恋しかった。
 もしかして、あの日にしたので一生分なのかしらと変なことを考えてしまう。

 腰を少し強引に引かれて驚いて顔を上げると、真面目な顔をわずかに赤く染めたオーウェンが歩き出した。腰に添えられた手はそのままで。

「……オーウェン?」

 人の波を丁寧に避けて、店と店の間へと誘導される。路地裏の入り口はお店で影になっていて、薄暗くて人の気配もない。

 私を強引に路地裏に引っ張り込んだオーウェンは振り返った。

 エメラルドグリーンの瞳はあの舞踏会の時のように熱を帯び、私を捕らえるように見ている。
 逃げる事は許さないとばかりに後頭部に手を添えられ、無言で唇が合わさった。

「ごめん、こんなところで……我慢できなかった」

 一度のキスで顔を離したオーウェンは申し訳なさそうに謝罪してきた。掠れた声が耳を撫でて、体の奥が熱くなる。
 私もしたかった、などとは当然言えなくて、無言で首を振った。

 それでも満足げに微笑んだ恋人はまた手を引き、踵を返す。路地裏から出るのだろうとわかって、思わずその手を引き返した。驚くオーウェンの目から逃げて、小さく呟いた。

「一回で済むわけないんじゃ、なかったの……?」

 息を呑む気配がして、そっと頰に手が添えられた。顔を上げると暖かい光を灯す笑い混じりの瞳が近づいて来て。

「……済むわけないな」

 愛しさが込められた声が落とされ、またゆっくりと唇が合わされた。
 何度も合わさるたびに腰に添えられた手に力がこもり、ぎゅうと抱きしめられる。
 鼻で呼吸するのだと教えられても、荒くなる息はどうしようもない。

 何度合わせたかもわからなくなった頃、オーウェンはようやく唇を離し、私の顔を肩に押し当てて大きく息を吐いた。

「可愛い……本当に……」

 噛みしめるようにこぼされた言葉に胸が疼く。
 気持ちが伝わればいいと抱きしめる腕に力を込めると、これでもかと強く抱きしめ返された。

「……ごめん。苦しいな」
「そんなにやわじゃないわよ。もっと強くても大丈夫だわ」
「これ以上は無理だ」

 笑いながら力を緩めたオーウェンは顔を上げて「行きましょうか」と微笑んだ。

「最後にもう一回だけ」

 胸に手を当ててお願いするも、残念なことに苦笑が返ってくる。

「その一回だけが難しいんだろ。ほら、これで最後」

 取った指先にキスが落とされて、今度こそ手を引かれた。

「……残念」
「知ってる。顔に出てるぞ」
「あなたの顔にも書いてあったわ」
「バレたか」

 喧騒が近くなり、光を背にオーウェンが振り返った。
 楽しげな緑の瞳を首を傾げつつ見つめ返すと、手を強く引かれて小さく悲鳴が漏れる。

 直後、唇に柔らかな感触があった。

「あんたでも油断することがあるんだな。可愛い」

 悪戯に成功した子供のような笑い声が目の前から上がる。
 人のことを可愛い可愛いと繰り返すくせに、この人ったらもう。

「可愛いのはどっちよ……」

 照れ隠しに小声で落とした言葉は、幸いにも恋人に拾われる事はなかった。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【コミカライズ&書籍化・取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...