ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

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第一章

86番外編 あの男と残りの七人

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 扉を開けて目の前にある円卓には、十三ある席の一つを残して全てが埋まっていた。
 各人各様の視線が向けられる。

「おせぇぞ」

 一番奥に座る男に言われ、へらりと笑った。

「わりー。寝坊した」
「あなたはいくつですか。もう子供ではないのですから、少しは自覚をもって」
「へーへー。申し訳ございませんね、クイーン」

 いつもの長くなるお説教を先んじて封じる。
 特大のため息をつかれつつ、空いてる席についた。

「おはよう、レグ」
「はよー、エルザ。今日も美人だな」
「知ってる」

 何を言っても当たり前のように受け流す女にまたへらへら笑ってみせる。世辞じゃないんだがな。

「馬鹿は放っておいて、会議を始めるぞ。何か議題のあるやつはいるか? いないな? よし、解散」
「はぁい、キング。ありまーすよー」
「……あんのかよ……なんだ?」

 片肘をつくルーファスに促されて口を開いたのは、スペードの3のパンジー。濃い金髪を両耳の上で結んだポッチャリ女子だ。
 二十四歳でその髪型はきつくねぇかと言うと、愛用の大斧が顔面を掠めることになる。ポッチャリは許されるのだから女は難しい。

「仮面舞踏会ってあるでしょー? そこで女の子からイタズラされたって被害届が出てるそうでー」
「イタズラって?」

 頭に疑問符が浮いてそうな顔で聞いたクソ真面目なメガネは、スペードの8のネビル。
 女の子でイタズラといえば、あらかた想像つかないのかねぇと呆れてしまう。

「ドレスを汚された、とか?」

 お前もか。隣を見れば、エルザが眉根を寄せて首を傾げている。
 仮面舞踏会なんてとこに行くような上流階級の女がドレスを汚されたくらいで被害を訴えたりしないだろ。

「えー、そこ説明いるー? あんた達はわかんないだろーと思ったけどぉ」

 言いにくいのだろうパンジーも困り顔だ。

「被害届が出てるくらいなら、酒飲ませて無理矢理連れ込んでーってとこだろ?」

 助け舟を出したらネビルとエルザは顔を赤くしたが、片方は羞恥で片方は怒りだ。
 だが怒りの声は向かいから上がった。

「そんな悪辣な輩がいるとはっ! とっ捕まえて切り取ってやる!」
「それ、男でよく言えるな……」

 関係ない俺の腕に鳥肌がたつからやめてほしい。
 スペードの7のウィルは正義感溢れる元委員長だ。アカデミーを卒業した後も同期連中は委員長と呼んでいる。

「切り取るかは別として、犯人の目星は?」

 ウィルの抑え役で同じクラスの副委員長をずっと押し付けられていたスペードの6のクライブが冷静にパンジーに尋ねる。
 パンジーは肩をすくめて持参した書類をめくった。

「毎回髪と眼の色を変えてるみたいでー、女の子達の証言に統一性がないんだよー。ほんと、女の敵ー」
「被害はスペードの国で開催される舞踏会に集中してんのか?」

 ルーファスが尋ねればパンジーは「残念だけどそうー」と答えた。

「んじゃ、次にどっかで開催されるの待って、見張りに行くしかやることねーじゃん」
「特殊な舞踏会ですし、毎回参加してる方は多いでしょうしねぇ」

 揺り椅子のようにグラグラと動かしながら言うクソガキは、スペードのエース、ヴァン。
 相槌を打ったのはもう一人クソガキ、スペードの4のナットだ。糸目でいつもにやけた顔のこいつは胡散臭くて俺は好きじゃない。どちらもノエルの悪友だってんだから、あのガキも見た目通りの天使じゃないと俺は睨んでいる。

「そんな悠長にしていて被害者が増えたらどうしますの。ガンッガン! 攻めるべきですわ!」

 好戦的なお嬢様口調はスペードの2のベル。位持ち唯一の貴族で、本名がめちゃくちゃ長くて誰も覚えていない。

「攻めるって例えばどーすんの」
「男性の参加者を一人一人呼び出して尋問するのですわ!」
「犯人に気取られて、みすみす逃しますねぇそれは」

 ベルは言葉につまり、ナットを睨む。
 このお嬢様も脳みそが筋肉で出来てらっしゃるからな。

「囮捜査はどう?」

 やいやいと無礼講で話し合う中、俺の隣でずっと考え込んでいたエルザの言葉に全員の視線が彼女に集中した。

「仮面舞踏会なら身分証明は不要でしょう? 私が参加者のフリして、上手く釣れれば」

「駄目だ」
「駄目です」
「ダメだよ!」
「だめだっ!」
「駄目」
「駄目に決まってます!!」

 六人分もの「駄目」を食らったエルザは、面食らった顔を膨らませて拗ねた。
 呆れてため息をついただけの俺も合わせれば、実質七人分だ。

「なによ。私じゃ釣れないって言うの!?」

 そうじゃねぇだろ。これは全員が心の中で突っ込んだだろうと思う。

「オーウェンまでそんな大声で否定することないじゃない……私ってそんなに色気ない?」
「おっ、俺に聞かないでください! 知りませんよ、そんなこと!!」

 おい、やめてやれ。
 隣に座る補佐に不安げに聞くエルザと顔を赤やら青やらに染めて忙しい補佐に白けた目を向けてしまう。
 ……色気がないと思われるのがそんなに嫌かねぇ。

「いいのか、お兄さん方。大事な妹が男に迫ってるぜ」
「誰が兄だ。こっちは母さんだ」
「こんな不詳の娘も息子も持った覚えはありませんよ」

 このやり取りも何度目なんだかな。

 当代スペードの国の位持ちは、二人を除いて十二人全員がルーファスかノエルのアカデミーの同期メンバーで構成されていて、気安い。
 クソガキ共と補佐殿、それにお嬢様のベルを除けば八人が俺の同期か。同じクラスになったことのない奴もいるから、幼馴染という感覚はない。

「それならさ! エルザじゃなくても、僕とヴァンが女装すればいいんじゃない?」

 ノエルの声に騒いでいた全員がシンと静まり返った後に、ドッと笑いが起きた。一人を除いて。

「なんっで俺なんだよ!! ナットとノエルで勝手にやってろよ!」
「私では背が高すぎて肩幅も広いですからねぇ。女装は厳しいと思いますよぉ。お二人ならともかく……くふっ……」
「笑ってんじゃねーっ!!」

 顔を真っ赤にして拒絶する姿は笑えるが「しようよー! 絶対に似合うよ!」と誘うノエルは含みなど欠片もない笑顔で、多少の同情は禁じ得ない。
 やっぱ兄貴と違って底知れない黒さがあるな、こいつ。

「んー。それ、ダメだと思うー」
「どういうことだよ?」

 尋ねると、書類に再び目を落としたパンジーは眉間にしわを寄せた。

「犯人には共通点がないけどー、被害者は結構似てる、かもー」
「言える範囲で教えてくれ」

 ルーファスに促されパンジーはうーんと深刻そうにない唸り声を上げる。

「背がそこそこ高くて痩せ型でー、可愛いよりも美人な感じー」
「ノエル達は当てはまらねぇな」

 というか、一人しか当てはまらない。
 ポッチャリのパンジーと背が低いベルも候補から外れる。

「あと、胸が大きいー」
「全員当てはまらねぇな」

 途端各方面から魔法やら武器やらが俺に飛んできたのだから、言葉は気をつけて使おうと心に誓った。

「……わるかったってほんと。あー、反省してるわー」
「反省してるって口で言う人は信用できないね」
「そのだらけた姿勢をすぐに正して謝罪しろっ!」
「もうその辺で許してやれ。……二度目はないぞ、レグサス」

 天井に吊るされた俺を据わった目で睨むネビルに毛を逆立てる委員長。その委員長を宥めつつこちらに殺気を垂れ流すクライブ。こいつらは俺の同志だ。ルーファスに黙らされた会の。
 こいつらがいるときは、エルザに関して滅多なことは言ってはいけない。
 あとエルザは胸のサイズを補佐に確認するな。顔色から赤が消えて真っ青になってっから。



「レグサスを降ろしてやれ、オーウェン。誰も囮なんてさせねぇよ。全員で参加して怪しい動きをしてるやつがいたら見張ればいいだけのことだ」

 しゅるりと影が俺の足を雑に離したが、難なく着地する。
 再び全員で席に着けば、エルザがルーファスに食い下がった。

「駄目よ、そんなの。未遂でも絶対に一人は被害者が出るじゃない」
「それはあなただって同じことでしょう。許可できませんよ」
「エルザ先輩がダメなら、やはりノエル君とヴァン君ですねぇ。胸に詰め物すれば問題な……くひひっ」
「だぁーっ! なんで俺にやらせたがんだお前らは! いいじゃねぇか、エルザで! 条件にぴったりだろ!? 美人だし胸だってでかいじゃねーか!」
「ヴァンってば、エルザのことそんなふうに思ってたんだ!」
「これは意外ですねぇ。いいネタになるなぁ」
「ばっ!? ちげーし!! 思ってねー!!」

 アカデミーの初等科かよ。
 顔を真っ赤にして叫ぶヴァンを、光と闇のような両極の二人がからかう。

「幼稚舎かここは……」
「あなたの人選ですよ」

 キングとクイーンの二人は同じ動作で眉間のシワをほぐしていた。



「誰か一人が被害に遭うなら私がやるわ。ノエルやヴァンも、パンジーとベルにもさせる気はないわよ」

 ふざけた空気を一変させる、予想通りとも言えるセリフに苦い顔で声の主を見つめる。

「私なら抵抗も出来るし、私以上の適任はいないと思うわ。背が高いし、美人で胸も大きいでしょう?」

 こいつのこういうところが昔から嫌いだ。
 こちらの気持ちなど頭から無視して正論を吐きやがる。
 同志達はもちろん、空色の瞳を向けられたやつも同じように思っているだろう。

「ねぇ、ルーファス。本当に私で釣れないって言うなら、無駄なことしないで見張りに徹するわ。あなたは私じゃ駄目だと思う?」

 こんな時、情けない俺は、決断しなければならない場所にいなくて良かったと、心の底から思う。

「……お前で釣れなきゃそこに犯人はいねぇよ。わかった。エルザ。お前に任せる」

 当然だとばかりにエルザは微笑み、頷いた。
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