ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

文字の大きさ
上 下
82 / 206
第一章

82 補佐は頑張りました

しおりを挟む
 クイーンを吹っ飛ばしてそのままだと言うエルザは慌てて救出に向かい、キングと二人で残された。
 大の字で横になっていたキングは、くつくつと肩を揺らしながら体を起こす。

「いやー、完敗だ」
「エルザに手伝っていただきましたから、私の負けになるのでは」
「いや、もうそのくだりいいって。っつかわかってて言ってるだろ」

 笑いの滲む目で見られて、肩の力が抜ける。

「少しは……。ですが本当に俺の勝ちでいいのでしょうか」
「いいんだって。そもそも最初からお前の一人勝ちだし。エルザが……いや、なんでもない。まぁ、悪ふざけが過ぎたことは悪かったと思ってるよ」

 キングは俺の勝ちだと認めてくださっているらしいが、どうしても俺は一対一で歯が立たなかったことが心に引っかかったままになっている。

 そんな俺の様子を見かねたらしいキングは呆れた表情で指を二つ立てて「納得出来ねぇなら根拠を示してやろう」と言った。

「まず一つ。エルザは今まで俺が誰と戦ってても割って入ったことはない。レグなんざ『また何かやらかしたの? 馬鹿ね』って言われて放置されてたぐらいだしな」

 キングの声真似に口元がひきつる。軽薄なあの男でもそれは少し気の毒だと思う。

「だが、エルザは今日お前を庇っただろ? 俺にいじめられてると思ってトサカに来たんじゃねぇかな」
「それは少し複雑です……」
「ああ、弱い者いじめは笑え……酷いよなぁ」

 キングは唇を噛んで笑いを堪えているが、肩の震えは隠せていない。
 いじめはともかく弱いのは事実だが、さすがに好きな人に言われると少し堪える。

「二つ目は……これは俺とゼンにとっては反省材料だがな。エルザはな、俺が前にいる時はスルーしたことがないんだ」
「……一度もですか?」
「一度もだ。どれだけ作戦を立てて後衛からやるって決めても俺と目が合うと駄目らしい。理由を聞いてみたが、俺が相手だとスルーは勿体無くてつい応戦しちまうんだとよ。相方がどれだけ言い聞かせても無駄だったくらいだから、俺達もエルザは俺のところで止まるもんだと決めつけてた。まさかここにきてスルーされるとはな……正直反応できなかった」

 確かにエルザがキングを通り越した時、こちらが驚くほどお二人の動揺は深かった。
 エルザをよく知る分、彼女の予想外の動きに咄嗟に反応できなかったということか。

 キングはのそりと立ち上がり、俺の肩を叩いた。
 その表情には一片の曇りもない。清々しく晴れやかだった。

「よほどお前を勝たせてやりたかったんだろうなぁ。……だからな、オーウェン。お前の勝ちなんだよ」

 勝ちという言葉がじわりじわりと胸に染み込み、嬉しさが湧き上がる。
 この人にここまで言っていただいて、もうぐずぐずと言うつもりはなかった。

「キング。俺は、エルザを愛しています」
「おう。エルザも……いや、これは俺が言うことじゃねぇな」

 キングは顔を上げ、その目線を追うとそこにはクイーンとともに駆けてくる愛しい人がいる。

「ほら、いってこい」

 背中を強く押されて、たたらを踏む。

 それでももう、俺の目は彼女しか映さなかった。

「ね、勝てたでしょう? 今夜は焼肉よ!」

 目の前で立ち止まったエルザは焼肉に想いを馳せ、得意げに胸を張る。

「エルザ」

 そんな彼女にかける声は些か震えてしまい、首を傾げられた。

「……なに?」
「あなたに、伝えたいことがあるんです」

 俺の真剣な様子に、エルザは居住まいを正して目で続きを促した。

「俺は、あなたの補佐として側にいられればそれでいいのだとずっと思ってきました。ですが先日の舞踏会ではダンスを踊っていただいて、俺にとってもそれはとても嬉しくて楽しくて、幸せな時間でした。あなたのもっと近くにありたいと湧き上がる欲は抑えられず、あなたの気持ちが知りたくなった。それでもあなたはキングやクイーンの大切な方で、あなた方の間に割って入ることなど、決してしてはいけないと思ったんです」
「……そんなこと、ないのに」

 拗ねたように言われた言葉に意識せず頰が綻ぶ。もう分かっていると、伝わればいい。

「俺はあなたが好きです。この気持ちはもう抑えたくありません。キングとクイーン、他にも多くの大切な人がいるあなたを心から愛しています。きっと死ぬまで。死んでも、生まれ変わっても好きでいつづけます」

 拗ねた表情は俺の想いを受けて柔らかくとろけ、エルザは幸せそうに微笑んだ。

「私も……」
「だから、エルザ。私と恋人になっていただけませんか?」

 この言葉を伝えた途端、エルザの表情は一変した。

 怪訝。それが相応しい表情で、眉根を寄せるエルザの頭の上には疑問符が浮いている。

 内心の焦りは冷や汗となり、首筋を伝った。
 なんだ、この表情は。
 今の流れでなぜこの顔になる?
 ……まさか、俺は昨日から夢でも見ていたのか?
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

処理中です...