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第一章
68 ノーマルエンド
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去りゆく背中を呆れたように眺めた。
今の気持ちを言葉にするなら『あ~あ。逃げちゃった』だ。
エルザさんを見ると、堪えるように唇を噛みしめていて、ほんの少し胸が痛んだ。
それをごまかそうと、ポットを手に取り「ケーキ、とっても嬉しいです」と微笑みかければ、エルザさんはやっと我に返ったようにこちらに目を向けて笑みを返してくれた。
ゼンさんがこちらに歩いて来て、ケーキを切り分けてくれる。
しかし、お皿に乗せたところでエルザさんが躊躇い混じりに口を開いた。
「……やっぱり、オーウェンと一緒に食べようかな……」
「え?」
「そうしなさい。私達と一緒だから遠慮しただけでしょう」
私が静止する前にもなく、ゼンさんは素早くトレイにケーキとポットを乗せて、エルザさんに差し出した。
「気を付けて持つように。熱いですからね」
わかったと受け取ると、エルザさんは不安そうに部屋から出て行った。
しまった。止めた方が良かったかもしれない。いや、でもあれはもう無理でしょ。一番の難関が、自分からリングを降りた。
痛む胸に気付かないフリをして、良かった良かったと心の中で自分に言い聞かせる。
しかしまだ勝負に勝ったわけじゃない。妙な牽制をしてきたこの男共にも、私は勝たなきゃいけないんだから。
「エルザが追いかけてったなら、大丈夫か?」
「だといいのですけどね……」
一人で奮い立つ私をよそに、なぜかこの男共は妙な会話をしている。
「は?」
取り繕う余裕もなく、言葉が口から溢れ落ちた。
「ん? どうした?」
「え、いや、今のってどういう意味ですか?」
「ああ……君には可哀想なことだが、エルザはオーウェンが好きなようでな」
妙に同情するような視線が腹立たしいが、それより気になることがある。
「あの、さっきのって牽制ですよね? お二人のエルザさんに近付くなっていう」
「はぁ?」
その表情は、突拍子のないことを言われた人がする、それだった。
「何言ってんだ? あれは、恋人になるなら、これくらいでエルザと揉めないようにって事前に」
「そっちこそ何言ってんの!? あんなのただの牽制じゃん!!」
ぽかんと空いた口に、しまったと思ったがもう遅い。
「お前……そっちが素か?」
どう言い訳するかほんの一瞬悩んだが、よく考えてみれば、この人達に猫をかぶる必要はまったくないことに気が付いた。……好きになられても困るし。
「だとしたら何か問題でも? エルザさんには絶対に言わないでくださいよ」
開き直ってみれば、ルーファスさんは面白そうに肩を揺らし「そっちの方がいいな」と漏らした。
「ああいう、ふわふわしたのはなんか苦手なんだよ」
「えっ、ああいうのが好きなんじゃないんですか?」
「裏がありそうで怖い。いや、裏はあったか。そっちのがエルザも好きそうだけどな」
まさかこの人にこっちの方がいいと言われるとは思わなかった。けどもう今更取り繕うのは無理だろう。
「裏で結構です。ああいうカッコいい系美人には、ふんわりした子犬系美少女がテッパンなんで」
怖い怖いと言いながら笑い続ける人を睨み、話を元に戻そうと考えて、気が付いた。
この状況って、私とって好都合なんじゃないの?
この人達は、さっきの行動を牽制するつもりでしたわけじゃないらしい。
そして、一番のライバルは逃げた。
つまり、今ならまだ、間に合う?
エルザさんがオーウェンさんを好きだということは、舞踏会で踊る二人を見た瞬間にわかった。
だから慌てて気持ちを伝えたのだけど、時はすでに遅かったらしい。
二人の間を邪魔すればまだ取り戻せたのかもしれないけど、抱き合う二人を前にしたら言葉が出なかった。
正直なところを言えば、邪魔をして嫌われたくなかったというのもある。
だから、これが最後のチャンスだ。
好かれているにも関わらず逃げるような人に、負けるわけにはいかなかった。
ケーキとお茶をさっさと掻き込み、立ち上がる。
「エルザさんの様子を見てきます。さっき言いましたよね。私がもらっても構わないって」
「ああ。お前の気持ちを知っていて、それを拒否するほど鬼じゃねぇよ」
だから今も呼んでやったんだろと言うルーファスさんはすっかり態度が崩れ、手をひらひら振る姿が小憎たらしい。
「すみませんが、お願いします。私もなんだか嫌な予感がして……」
「……そのわりにノリノリだったように見えましたけど」
ゼンさんの髪を掬う動作があまりにも堂に行っていたように思えてそう言うと「あれぐらいなら普段からしますからね。慣れてもらわねば困ります」とけろりと言われた。
後で絶対に髪を触らせてもらおうと心に誓う。
出来れば唇で。
今の気持ちを言葉にするなら『あ~あ。逃げちゃった』だ。
エルザさんを見ると、堪えるように唇を噛みしめていて、ほんの少し胸が痛んだ。
それをごまかそうと、ポットを手に取り「ケーキ、とっても嬉しいです」と微笑みかければ、エルザさんはやっと我に返ったようにこちらに目を向けて笑みを返してくれた。
ゼンさんがこちらに歩いて来て、ケーキを切り分けてくれる。
しかし、お皿に乗せたところでエルザさんが躊躇い混じりに口を開いた。
「……やっぱり、オーウェンと一緒に食べようかな……」
「え?」
「そうしなさい。私達と一緒だから遠慮しただけでしょう」
私が静止する前にもなく、ゼンさんは素早くトレイにケーキとポットを乗せて、エルザさんに差し出した。
「気を付けて持つように。熱いですからね」
わかったと受け取ると、エルザさんは不安そうに部屋から出て行った。
しまった。止めた方が良かったかもしれない。いや、でもあれはもう無理でしょ。一番の難関が、自分からリングを降りた。
痛む胸に気付かないフリをして、良かった良かったと心の中で自分に言い聞かせる。
しかしまだ勝負に勝ったわけじゃない。妙な牽制をしてきたこの男共にも、私は勝たなきゃいけないんだから。
「エルザが追いかけてったなら、大丈夫か?」
「だといいのですけどね……」
一人で奮い立つ私をよそに、なぜかこの男共は妙な会話をしている。
「は?」
取り繕う余裕もなく、言葉が口から溢れ落ちた。
「ん? どうした?」
「え、いや、今のってどういう意味ですか?」
「ああ……君には可哀想なことだが、エルザはオーウェンが好きなようでな」
妙に同情するような視線が腹立たしいが、それより気になることがある。
「あの、さっきのって牽制ですよね? お二人のエルザさんに近付くなっていう」
「はぁ?」
その表情は、突拍子のないことを言われた人がする、それだった。
「何言ってんだ? あれは、恋人になるなら、これくらいでエルザと揉めないようにって事前に」
「そっちこそ何言ってんの!? あんなのただの牽制じゃん!!」
ぽかんと空いた口に、しまったと思ったがもう遅い。
「お前……そっちが素か?」
どう言い訳するかほんの一瞬悩んだが、よく考えてみれば、この人達に猫をかぶる必要はまったくないことに気が付いた。……好きになられても困るし。
「だとしたら何か問題でも? エルザさんには絶対に言わないでくださいよ」
開き直ってみれば、ルーファスさんは面白そうに肩を揺らし「そっちの方がいいな」と漏らした。
「ああいう、ふわふわしたのはなんか苦手なんだよ」
「えっ、ああいうのが好きなんじゃないんですか?」
「裏がありそうで怖い。いや、裏はあったか。そっちのがエルザも好きそうだけどな」
まさかこの人にこっちの方がいいと言われるとは思わなかった。けどもう今更取り繕うのは無理だろう。
「裏で結構です。ああいうカッコいい系美人には、ふんわりした子犬系美少女がテッパンなんで」
怖い怖いと言いながら笑い続ける人を睨み、話を元に戻そうと考えて、気が付いた。
この状況って、私とって好都合なんじゃないの?
この人達は、さっきの行動を牽制するつもりでしたわけじゃないらしい。
そして、一番のライバルは逃げた。
つまり、今ならまだ、間に合う?
エルザさんがオーウェンさんを好きだということは、舞踏会で踊る二人を見た瞬間にわかった。
だから慌てて気持ちを伝えたのだけど、時はすでに遅かったらしい。
二人の間を邪魔すればまだ取り戻せたのかもしれないけど、抱き合う二人を前にしたら言葉が出なかった。
正直なところを言えば、邪魔をして嫌われたくなかったというのもある。
だから、これが最後のチャンスだ。
好かれているにも関わらず逃げるような人に、負けるわけにはいかなかった。
ケーキとお茶をさっさと掻き込み、立ち上がる。
「エルザさんの様子を見てきます。さっき言いましたよね。私がもらっても構わないって」
「ああ。お前の気持ちを知っていて、それを拒否するほど鬼じゃねぇよ」
だから今も呼んでやったんだろと言うルーファスさんはすっかり態度が崩れ、手をひらひら振る姿が小憎たらしい。
「すみませんが、お願いします。私もなんだか嫌な予感がして……」
「……そのわりにノリノリだったように見えましたけど」
ゼンさんの髪を掬う動作があまりにも堂に行っていたように思えてそう言うと「あれぐらいなら普段からしますからね。慣れてもらわねば困ります」とけろりと言われた。
後で絶対に髪を触らせてもらおうと心に誓う。
出来れば唇で。
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