ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

文字の大きさ
上 下
67 / 206
第一章

67 歪んだキングの独白

しおりを挟む
 舞踏会でエルザが踊っているのを見てひどく驚き、狼狽した。
 エルザが俺達以外の男とダンスを踊ることは今までにもあった。
 しかしエルザの浮かべる表情を見れば、この相手が今までと同じではないのだと思い知らされた。
 誘われて、なんとなく了承したのではないのだと。

 俺はこの時、自分がされた初めての告白を思い出していた。
 赤らめる頬。合わない視線。
 あれなど比べ物にならない。
 逸らしても視線はすぐに混じる。少しでも見つめていたいとでもいうかのように。
 赤らむ顔と顔が近付けば、ひどく動揺した。
 溶けてしまいそうなほど幸せに緩む笑顔に胸が鈍く痛んだことは、隠す気もない事実だ。

 最近はすっかりナリを潜めていたトラウマが湧き上がっていくのを感じていた。

 そんな、マナー違反な余所見ばかりの俺をパートナーが笑った。

「エルザさんが他の男性と踊っているのが、そんなに気になりますか?」
「いや、そんなことは」
「そうですか。それなら良かったです。エルザさんのことが好きだって気付いちゃったのかと思いました」

 笑いながら言われた言葉は、ずっと俺の心に巣食い続ける苛立ちと嘆きを刺激した。

「……お前もか」
「え?」
「どうしてお前らは、エルザへ向けるものが愛情だと決めつける? なぜ友情ではなく愛情であることが当たり前だと。愛情は友情よりも上位に位置するものだとどうして思う?」

 積もり積もった怒りをそのまま言葉に乗せる俺の顔はひどく強張り、きっと恐ろしく歪んでいるだろうが止められなかった。

「ああ、そうだよ。俺はエルザが好きだ。だがな。ゼンのことも同じくらいに好きだと思ってる。二人ともが同じだけ大事な親友なんだ。ゼンには友情、エルザには愛情などと分ける意味が俺にはさっぱり理解できない。俺にとってはあの二人に感じる友情こそが全てにおいて優先される感情なんだよ」

 そんな、誰もわかってくれない感情をぶつけたところで意味のないことだと自嘲する俺に、ララさんは真摯だった。

「男女で物事を分ける考えは私も好きではありません。ごめんなさい。失礼なことを言いました。八つ当たりしちゃったみたいです」

 彼女の落ち着いた声は、俺の怒りをわずかに鎮めた。

「いや、俺も厳しい言い方をして悪かった。……八つ当たりとは?」
「ふふっ……秘密です」

 俺から外された視線は、先ほど俺が見つめていた二人へと向かう。
 悲しいような睨むような視線に先ほどの彼女の言葉を思い出した。
『男女で物事を分ける考えは私も好きではありません』
 やはりこの人が見つめているのは……。

 以前からあった疑惑の天秤は確信へと針が振れ、この人は俺と似て非なるところで同じ感情を燻らせているのだと知った。
 そんな彼女の横顔に、まったく感情とは難しいものだと割り切るような、今まで抱え続けたものをやっと手放せたような気持ちになれた。



 俺のトラウマはわずかな傷を心の奥に残して消え去ったが、それでもこの光景を黙って見ていることは出来なかった。
 エルザはあいつを愛し、あいつもエルザを愛している。それには絶対的な確信があった。
 あの二人は近いうちにきっとお互いの気持ちを知り、想いを交わすだろう。
 俺やゼンは告白してきた女性に対して愛情はなかったがなんとなく付き合った。だからエルザを傷付けるならと簡単に別れられたんだ。
 しかし、エルザはあいつを愛している。
 愛されたお前は、俺達から離れろなどと言い出したりはしないだろうな?
 もしそんなことを言われれば、エルザはきっとどちらを取ることもできずに悩み、苦しむ。
 それはエルザにとって、そしてあいつにとっても不幸なことだ。
 俺はあいつを存外気に入っていて、二人の幸せを思えばどうすることが正解かわかっていても、それでも俺にはエルザを手放すことだけはどうしても出来ない。



 背後から感じる視線に、心の中で問いかける。

 親友と恋人。距離が近いのはどちらだと思う?
 俺達は、どちらも同じ距離に置ける男でないと、エルザの恋人として認めてやることが出来ない。
 ごめんな。エルザの恋人になるなら、このくらいは我慢してくれ。

 「ケーキ。ついてたぞ」

 ……平気でやった俺も俺だが、エルザもまたまったく動揺していないらしい。
 目の前で平然としている親友に対して笑いを堪えるのは、ひどく難しいことだった。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~

絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

処理中です...