ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

文字の大きさ
上 下
59 / 206
第一章

59

しおりを挟む
 きゅっとまだ熱い手を握られて、我に返った。
 私はここに一人でいたわけではなかったのだと。

「……ララ…」

 俯くララは口を引き結び、私の手を痛いほど強く握りしめている。
 やはり、先延ばしにすべきではなかった。

「ララ、あのね」
「帰るときまで、保留にしてくださいと言いました」

 こちらを見ずに強い口調で言われて押し黙る。

 以前の私なら、はっきりしないことは不誠実だときっぱり断れたはずだ。
 でも、今となっては。
 オーウェンを好きだと自覚してしまった私には、断ることがどうしても出来ない。
 オーウェンに同じことを言われてしまったら、私なら。

「……新しいお茶を淹れてもらってもいいかしら」

 軽い口調でお願いすれば、ララはほっとしたように微笑み、ポットに手をかけた。
 これほど自分が臆病だとは、私自身知らなかった。



 ハートの国から馬車が迎えに来て、二人を見送りに出た。
 ルーファスとレスターの勝敗は、なんとレスターの三戦全敗だそうだ。

「珍しいわね。体調でも悪かったの?」

 心配して聞けば、レスターは軽い口調で「ううん。実力だよ」と答えた。そんなはずはないのに、具合が悪くなったのでなければいいけど……。

「今日はありがとう。また遊びに来てね」
「こちらこそ。エルザ達も今度はハートの城に来てよ」

 スペードの城とハートの城は内装が違うから、ララも楽しいかもしれない。

「ええ。アレクシス様によろしくお伝えしてね」

 スペードの城に遊びに来ていたと知ったら、あのルーファス大好きさんは悔しがるだろう。必ず騙して連れて行かねば。

「ショーンもありがとう」

 口数がいつもよりも少ないように感じるショーンは、無言でこちらを見ている。
 オーウェンと楽しそうに話していたから、迷惑ではなかったと思うのだけど……。

 少し心配していたら、一歩こちらに踏み出したショーンの両腕が、私を囲った。
 肩に顔を押し付けられている。ノエルと同じで私よりも少し背が低いから、髪が耳に触ってくすぐったい。
 これは……貴重なデレ!!

「どうしたのショーン! いつにないサービスね!」

 向こうから来たのだから遠慮することはないと、抱きしめ返した。
 苦しくない程度に力を込める。ノエルと違って少し骨張った華奢な体! たまらん!!

「帰るのがさみしくなったの? それならもういっそ、うちの子になっちゃう!?」

 ペット可の城だからなんの問題もないわよ!
 あまりなサービスに興奮が抑えきれない!

「あっ、あげないよ! ほらショーン、帰るよ!」

 さすがにレスターの制止が入ってしまい、ショーンの包む力が弱まる。
 肩に手を置かれて可愛い顔が目の前にあると、まるでスチルのような近さだ。

「オーウェンは、いいやつだね」

 珍しくもわずかに微笑みながら言われた言葉はとても嬉しくて、笑みを返した。

「そうでしょう? 仲良くしてくれて嬉しいわ」

 人見知りのショーンに初対面でいいやつだと言わせるオーウェンのコミュニケーション能力は、ぜひとも見習いたい。魔法オタク限定の能力だから迷うところだけど。

「それじゃあ、またね。次に会えるのは白の国のお茶会かな」

 レスターの言葉にハッとした。

「そう、ね。次のお茶会までひと月も、ないものね……」

 馬車に乗り込み走り出したレスターとショーンに手を振ると、レスターだけが振り返してくれた。
 あとひと月、か……。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【コミカライズ&書籍化・取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

処理中です...