ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

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第一章

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 これは、どちらの鼓動?
 興奮したオーウェンのもの?
 ……それとも、抱きしめられている私の?
 わからない。ただ、耳の奥に響くだけで、何も。

 突然熱が離れて我に返った。
 視力すら正常に機能していなかったらしく、やっと顔を真っ赤に染めたオーウェンの姿が見える。

「すみません!」

 口が縫い付けられたように開かない。
 手を繋いだだけで嬉しくなった。
 ダンスを踊っただけで心が高鳴った。
 抱きしめられた、それだけで。



 私が何も言わないから、オーウェンも動けなくなってしまっている。
 何か言わないと。
 大丈夫。気にしてないわ。
 たったこれだけなのに、舌の使い方がわからない。

 冷静になろう。男性と抱き合うことなんて、しょっちゅうじゃない。
 それにしても、オーウェンったら嬉しそうだったな。
 それこそ嬉しいことがあった大型犬が、飼い主に尻尾を振って駆け寄るみたいな……。

「……ふっ」
「エ、エルザ殿……?」

 そう考えたら意識していることが妙におかしい。

「あなた本当に……大型犬みたいだったわ、今の」

 言葉にしてしまえば、笑いをこらえるのは難しくなった。
 我慢しようとするのに、口からくすくすと声が漏れる。

「返す言葉がありませんね……」

 私の様子にオーウェンも笑みをこぼした。

「……私が犬なら、あなたは気ままに飛び立つ小鳥でしょうね」
「鈴をつけているなら飼い猫ではないの?」
「飼い猫なら捕まえようもありますが、鳥は羽ばたいてしまえば届かないところまで飛んでいってしまうでしょう。あなたらしいですよ」
「なら、次は首輪の代わりにカゴを用意するのかしら」
「そんな無粋なことはしませんよ。……帰ってきていただけるまで名前を呼び続けます」

 いつも通りに会話が進むと心が凪いだように穏やかになる。オーウェンも同じ気持ちだろうか。

「……ショーンを待たせているわね」
「っそうでした! 失礼します!」

 オーウェンの後ろでショーンが負のオーラを纏っている。
 教えてる途中で駆け出したのかもしれない。
 オーウェンは大急ぎで戻っていった。

 そっと胸に手を当てる。まだ鼓動はうるさく、吐く息がひどく熱い。
 オーウェンに目を向ければ、たくさんの影の蛇が見えて、どうやら二人も手合わせを始めたらしいことがわかった。
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