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第一章
51番外編 水の魔女
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「こちらは終わりましたよ」
横たわるものから目を離し、駆け寄ってきたゼンに笑顔を向けた。
「こっちも終わったわ。誰の手先かはわからなかったけど……」
「構いませんよ。おおかた見当はついていますから」
「あら。じゃあ闇討ちでもし返してやりましょうか」
「冗談に聞こえませんからやめなさい」
もちろん冗談などではない。
キングを継いでからのルーファスは、やはりと言ってなんだが命を狙われることが多い。
前世では、その血筋の者しか為政者になれないことがほとんどだったが、それでも暗殺ということがあるくらいだ。
血筋など関係のない完全実力主義のこの世界において、キングになるということは重い。
誰にでもチャンスがあるわけだからね。
この設定はゲームにもあった。
そして、そんなルーファスを守るのは、ただ一人。
「後片付けの手配をしてきますから、見張りをお願いします」
「ええ。わかったわ」
背を向けて駆け出した幼馴染に目を向ける。
これと似たような状況のイベントは、個別ルートに入ってから起こる。
レスタールートにショーンルート。そして、ゼンのルートだ。
ゲームのゼンは、弟分であるノエルには気付かせず、気付いているルーファスに至っては手助けしてもらえずに、孤独に幼馴染を守り続けていた。
時には酷い怪我もして。
それがわかっている私には、当然見て見ぬ振りなど出来なかった。
たとえそれが、人の命を奪うことでも。
もっとも、この世界のゼンは私だけではなく、狙われているルーファス自身の力も借りることができているから、たった一人で苦しい想いをさせているわけではーー。
ぽきりと音がして、それと同時に地を蹴っていた。
「良かった。最後の一人を殺しちゃったから困ってたのよ。あてはあると言っても確証が欲しかったから、生きてる人がいて助かっ……」
浮かべた笑顔のままで、湧いた疑問に内心で首を傾げた。
地面に押し倒し、後ろ手に捻った腕は、私よりも細い。
目の前に広がるのは白いワンピース。それに柔らかな、桃色。
慌てて腕を解き、飛び退る。
どうしてだか分からないが、体がひどく震えた。
「どう、して……こんな時間に外にいるのよ!?」
動揺のままに震える声で怒鳴りつけてしまう。
ララはゆっくりと起き上がり、不安げな瞳をこちらに向けた。
「す、すみません……エルザさんの姿が見えたから、後を追いかけてきて」
『す、すみません……ゼンさんの姿が見えたから、後を追いかけてきて』
か細く言われた言葉は、文章で見たことのあるものだった。
「いつからそこにいたの」
返されたのは怯えたような表情で、思わず舌打ちしてしまった。
いつにない苛立ちは、先ほどの戦闘の余韻がまだ抜けていないのかもしれない。
「そう……幻滅したのかもしれないけど、これが私の仕事なのよ。ルーファスを狙ってきているの。逃したりしたら、次は守れないかもしれないでしょう」
びくりと肩を震わせるララに対して生まれたほんのわずかな悔恨も、沸き立つ苛立ちが勝った。
「私が死ねば! ゼンが! ルーファスが死ぬの! 殺さなきゃ……っ」
「エルザさん!!」
張り上げた声に負けないほどの大声に、我に返る。
取られた手は左手。
その手は。
「は……離しなさい!」
「離しません!」
左手は、ララの胸の前で強く握られた。
「エルザさん、私はあなたを嫌いになんて、なりませんよ」
だから落ち着いてくださいと言われ、また頭の中で文章が浮かぶ。
『私はゼンさんを嫌いになったりしません!』
ゼンにとってこの言葉は、どれほど救いになっただろう。
それでも私は、ゲームのゼンとは違って一人ではない。
「……ごめんなさい。少し気が立っていたみたいだわ。もう大丈夫」
笑顔を見せれば、安心したような笑みが返ってくる。
その笑みを前にして。
薄情な私は、このことが知られたら彼は果たしてこのように笑いかけてくれるだろうかと。
そんなことばかりが頭に浮かぶのだ。
※
剣戟の音が止み、窓からそっと離れた。
戻った私室のベッドに深く座り込み、長く息を吐く。
あの人の仕事について知ったのは、もう随分と前のことだ。
微笑みを浮かべながら剣を振る姿に、もしや楽しんでいるのではと疑いもしたが、翌日のあくびを噛み殺した表情の目元の薄い影に、その愚かな考えを恥じた。
補佐として何か手伝えるならばとも思ったが、あの中に入れるだけの力が俺にはなく、足手纏いになるだけだ。
あの人に対して、俺に出来ることといえば。
「お、おはよう……」
「……いま、何時だと思ってるんですか。今日は大事な会議があると、伝えていたはずですが」
「どうしても起きられなかったのよ……で、会議は問題なく終わった?」
「終わるわけあるか! あんたが起きてくるの待ちだ!」
「えぇ! 会議は退屈だから始めてくれていても良かったのに!」
悪びれない姿に、知る限りの罵詈雑言を叩きつける。
眉尻を下げて、見た目だけは神妙にお説教を聞く彼女の瞳の奥に、わずかな安堵が見て取れた。
横たわるものから目を離し、駆け寄ってきたゼンに笑顔を向けた。
「こっちも終わったわ。誰の手先かはわからなかったけど……」
「構いませんよ。おおかた見当はついていますから」
「あら。じゃあ闇討ちでもし返してやりましょうか」
「冗談に聞こえませんからやめなさい」
もちろん冗談などではない。
キングを継いでからのルーファスは、やはりと言ってなんだが命を狙われることが多い。
前世では、その血筋の者しか為政者になれないことがほとんどだったが、それでも暗殺ということがあるくらいだ。
血筋など関係のない完全実力主義のこの世界において、キングになるということは重い。
誰にでもチャンスがあるわけだからね。
この設定はゲームにもあった。
そして、そんなルーファスを守るのは、ただ一人。
「後片付けの手配をしてきますから、見張りをお願いします」
「ええ。わかったわ」
背を向けて駆け出した幼馴染に目を向ける。
これと似たような状況のイベントは、個別ルートに入ってから起こる。
レスタールートにショーンルート。そして、ゼンのルートだ。
ゲームのゼンは、弟分であるノエルには気付かせず、気付いているルーファスに至っては手助けしてもらえずに、孤独に幼馴染を守り続けていた。
時には酷い怪我もして。
それがわかっている私には、当然見て見ぬ振りなど出来なかった。
たとえそれが、人の命を奪うことでも。
もっとも、この世界のゼンは私だけではなく、狙われているルーファス自身の力も借りることができているから、たった一人で苦しい想いをさせているわけではーー。
ぽきりと音がして、それと同時に地を蹴っていた。
「良かった。最後の一人を殺しちゃったから困ってたのよ。あてはあると言っても確証が欲しかったから、生きてる人がいて助かっ……」
浮かべた笑顔のままで、湧いた疑問に内心で首を傾げた。
地面に押し倒し、後ろ手に捻った腕は、私よりも細い。
目の前に広がるのは白いワンピース。それに柔らかな、桃色。
慌てて腕を解き、飛び退る。
どうしてだか分からないが、体がひどく震えた。
「どう、して……こんな時間に外にいるのよ!?」
動揺のままに震える声で怒鳴りつけてしまう。
ララはゆっくりと起き上がり、不安げな瞳をこちらに向けた。
「す、すみません……エルザさんの姿が見えたから、後を追いかけてきて」
『す、すみません……ゼンさんの姿が見えたから、後を追いかけてきて』
か細く言われた言葉は、文章で見たことのあるものだった。
「いつからそこにいたの」
返されたのは怯えたような表情で、思わず舌打ちしてしまった。
いつにない苛立ちは、先ほどの戦闘の余韻がまだ抜けていないのかもしれない。
「そう……幻滅したのかもしれないけど、これが私の仕事なのよ。ルーファスを狙ってきているの。逃したりしたら、次は守れないかもしれないでしょう」
びくりと肩を震わせるララに対して生まれたほんのわずかな悔恨も、沸き立つ苛立ちが勝った。
「私が死ねば! ゼンが! ルーファスが死ぬの! 殺さなきゃ……っ」
「エルザさん!!」
張り上げた声に負けないほどの大声に、我に返る。
取られた手は左手。
その手は。
「は……離しなさい!」
「離しません!」
左手は、ララの胸の前で強く握られた。
「エルザさん、私はあなたを嫌いになんて、なりませんよ」
だから落ち着いてくださいと言われ、また頭の中で文章が浮かぶ。
『私はゼンさんを嫌いになったりしません!』
ゼンにとってこの言葉は、どれほど救いになっただろう。
それでも私は、ゲームのゼンとは違って一人ではない。
「……ごめんなさい。少し気が立っていたみたいだわ。もう大丈夫」
笑顔を見せれば、安心したような笑みが返ってくる。
その笑みを前にして。
薄情な私は、このことが知られたら彼は果たしてこのように笑いかけてくれるだろうかと。
そんなことばかりが頭に浮かぶのだ。
※
剣戟の音が止み、窓からそっと離れた。
戻った私室のベッドに深く座り込み、長く息を吐く。
あの人の仕事について知ったのは、もう随分と前のことだ。
微笑みを浮かべながら剣を振る姿に、もしや楽しんでいるのではと疑いもしたが、翌日のあくびを噛み殺した表情の目元の薄い影に、その愚かな考えを恥じた。
補佐として何か手伝えるならばとも思ったが、あの中に入れるだけの力が俺にはなく、足手纏いになるだけだ。
あの人に対して、俺に出来ることといえば。
「お、おはよう……」
「……いま、何時だと思ってるんですか。今日は大事な会議があると、伝えていたはずですが」
「どうしても起きられなかったのよ……で、会議は問題なく終わった?」
「終わるわけあるか! あんたが起きてくるの待ちだ!」
「えぇ! 会議は退屈だから始めてくれていても良かったのに!」
悪びれない姿に、知る限りの罵詈雑言を叩きつける。
眉尻を下げて、見た目だけは神妙にお説教を聞く彼女の瞳の奥に、わずかな安堵が見て取れた。
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