41 / 206
第一章
41
しおりを挟む
ダンスで火照った体にバルコニーの夜風が心地よい。
「何か飲み物を取ってきます。大人しく待っていてください」
敬語に戻ってしまったオーウェンを少し睨み、繋いだままの手にきゅっと力を込める。
「まるでアカデミーに入学したての子供に言うみたいだわ」
「入学する年齢の子なら大人しく待てると思いますが」
「……それよりも幼いと言いたいわけね」
「待てるなら少しはお姉さんですね」
親指でそっと繋がる手を撫でれば、更に力が込められた。
「……飲み物を取ってきます。他の男に見つからないように、大人しく待っていてください」
熱のこもった声で囁かれる。
オーウェンが踵を返して手が離れようとする寸前、縋るように離れる手を握った。
「そんなに心配なら、早く戻ってきて」
自分の口からこぼれた言葉はひどく甘く、切なく響いて。
握った手のひらが大きな手で覆われて熱くなり、見上げれば柔らかくほころぶオーウェンの笑みが、私だけに向けられていた。
「はい。すぐに」
吐息の混じる甘い声で言われて、手から熱が離れていった。
大きな背を見えなくなるまで見つめて、長く息を吐いた。
バルコニーの手すりに背中を預ける。
冷たい手すりに背中がすぐに冷えても、体の熱は治りそうもない。
……我ながら単純だと自嘲する思いだ。
それでも、ほんの一瞬この世界に味方などいないのではと不安になった時の、あの温かさに敵うわけがない。
……これが恋なのかしら。
前世を合わせればゆうに五十年近くを生きている私だが、恥ずかしながら恋を自覚するのは初めてだ。二次元を除いて。
いや、ここも二次元と言えなくもないのかもしれないけど。
オーウェンも同じように思っていてくれているのかしらと考えると、少し不安になる。
選択肢を選んでいれば誰でも恋が出来る乙女ゲームと違って、オーウェンには私の言葉や行動がそのまま伝わるのだ。
私が伝えるものに、彼から好意を持たれるものなどあっただろうか。
……もしかしてダンスを踊っていい雰囲気になるくらい、普通なこと、だったりする?
ふと周りを見渡せば、寄り添う男女が何組もバルコニーに出ていて判断がつかない。
それでも私はあの熱っぽい視線を向けられたら、目の奥が沁みるように潤んで涙が溢れそうだった。
思い出せば体は燃えるほど熱くなるのに離れた手のひらはひどく冷たく寂しい。
私のことをオーウェンはどう思ってくれているのか、戻ってきたら聞いてみてもいいのかしら。
「……早く、戻ってこないかな」
小さな呟きに返事をするかのように、こつりとヒールの音が響く。
オーウェンのものではない足音にびくりと肩が跳ねた。
顔を上げれば目に入るパステルグリーンのドレスは私が選んだものだ。
「……ララ?」
眉尻を下げたララが、物言いたげにこちらをじっと見つめていた。
「一人でいるの? ルーファスは?」
今日は未婚の男女が集められたお見合い舞踏会で、一人でいれば声をかけてくださいと言っているようなものだ。以前に参加した別の舞踏会では断る女性をしつこく誘う男がいて思わず止めに入ったことがある。
だから今日はルーファスと一緒にいるように言ってあったはずなのに。
「どうしてもエルザさんとお話がしたくて、ルーファスさんに断って来ちゃいました」
言葉は軽いのに纏う空気が重苦しくて、思わず駆け寄った。
「私でよければ何でも聞くわよ。どうしたの?」
「その……エルザさんって、好きな人は、いますか……?」
「何か飲み物を取ってきます。大人しく待っていてください」
敬語に戻ってしまったオーウェンを少し睨み、繋いだままの手にきゅっと力を込める。
「まるでアカデミーに入学したての子供に言うみたいだわ」
「入学する年齢の子なら大人しく待てると思いますが」
「……それよりも幼いと言いたいわけね」
「待てるなら少しはお姉さんですね」
親指でそっと繋がる手を撫でれば、更に力が込められた。
「……飲み物を取ってきます。他の男に見つからないように、大人しく待っていてください」
熱のこもった声で囁かれる。
オーウェンが踵を返して手が離れようとする寸前、縋るように離れる手を握った。
「そんなに心配なら、早く戻ってきて」
自分の口からこぼれた言葉はひどく甘く、切なく響いて。
握った手のひらが大きな手で覆われて熱くなり、見上げれば柔らかくほころぶオーウェンの笑みが、私だけに向けられていた。
「はい。すぐに」
吐息の混じる甘い声で言われて、手から熱が離れていった。
大きな背を見えなくなるまで見つめて、長く息を吐いた。
バルコニーの手すりに背中を預ける。
冷たい手すりに背中がすぐに冷えても、体の熱は治りそうもない。
……我ながら単純だと自嘲する思いだ。
それでも、ほんの一瞬この世界に味方などいないのではと不安になった時の、あの温かさに敵うわけがない。
……これが恋なのかしら。
前世を合わせればゆうに五十年近くを生きている私だが、恥ずかしながら恋を自覚するのは初めてだ。二次元を除いて。
いや、ここも二次元と言えなくもないのかもしれないけど。
オーウェンも同じように思っていてくれているのかしらと考えると、少し不安になる。
選択肢を選んでいれば誰でも恋が出来る乙女ゲームと違って、オーウェンには私の言葉や行動がそのまま伝わるのだ。
私が伝えるものに、彼から好意を持たれるものなどあっただろうか。
……もしかしてダンスを踊っていい雰囲気になるくらい、普通なこと、だったりする?
ふと周りを見渡せば、寄り添う男女が何組もバルコニーに出ていて判断がつかない。
それでも私はあの熱っぽい視線を向けられたら、目の奥が沁みるように潤んで涙が溢れそうだった。
思い出せば体は燃えるほど熱くなるのに離れた手のひらはひどく冷たく寂しい。
私のことをオーウェンはどう思ってくれているのか、戻ってきたら聞いてみてもいいのかしら。
「……早く、戻ってこないかな」
小さな呟きに返事をするかのように、こつりとヒールの音が響く。
オーウェンのものではない足音にびくりと肩が跳ねた。
顔を上げれば目に入るパステルグリーンのドレスは私が選んだものだ。
「……ララ?」
眉尻を下げたララが、物言いたげにこちらをじっと見つめていた。
「一人でいるの? ルーファスは?」
今日は未婚の男女が集められたお見合い舞踏会で、一人でいれば声をかけてくださいと言っているようなものだ。以前に参加した別の舞踏会では断る女性をしつこく誘う男がいて思わず止めに入ったことがある。
だから今日はルーファスと一緒にいるように言ってあったはずなのに。
「どうしてもエルザさんとお話がしたくて、ルーファスさんに断って来ちゃいました」
言葉は軽いのに纏う空気が重苦しくて、思わず駆け寄った。
「私でよければ何でも聞くわよ。どうしたの?」
「その……エルザさんって、好きな人は、いますか……?」
0
お気に入りに追加
1,161
あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

婚約破棄をいたしましょう。
見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。
しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした
miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。
婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。
(ゲーム通りになるとは限らないのかも)
・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。
周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。
馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。
冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。
強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!?
※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。
三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*
公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。
どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。
※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。
※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる