ヒロインは私のルートを選択したようです

深川ねず

文字の大きさ
上 下
40 / 206
第一章

40 補佐のプロローグ

しおりを挟む
 俺の懇願するような追及にエルザ殿は狼狽するも、絡む視線が熱を帯びた。
 一度溢れた欲は止まらず、自然と繋ぐ手に力がこもる。
 俺をそっと見上げたエルザ殿の瞳には天井の煌びやかなシャンデリアが映り、いつにも増して輝いていて。
 もっとよく見たくて顔を近付ければ、薔薇が咲いたように赤らんだ顔は逃げなかった。

 互いの吐息が混じり、更に理性よりも欲望が勝っていく。

「……あなたの瞳は、アクアマリンみたいに綺麗だな」

 綺麗な瞳が大きく丸く見開かれ、思わず頬が緩んだ。
 勢いよく逸らされてしまった瞳が潤んでいく。心配になるほど顔が赤くなり、熱がこちらにも移ってくる。
 この人のこんな顔を見るのは初めてだ。

「あなたの、瞳も……」

 か細く震える言葉は待ち望んだものだ。
 逸る気持ちを抑えられず、続きを急かす。

「なんですか」

 エルザ殿は唇を開いて閉じてを繰り返す。
 ひどく焦らされ、体に響く鼓動はもうどちらのものかわからない。

「い、言わない……」

 やっと溢れた言葉に一瞬息が止まり、しかし言った本人が拗ねた表情を返しているのが可笑しくて、堪えられず吹き出してしまった。

「笑わないで!」
「ははっ……無理だ、止まらないっ」

 再びむっつりと顔を背けたエルザ殿に心の中で囁く。

 言わないは、だめだろう。
 先ほどの煮えたぎるような劣情とは違う、穏やかな気持ちが心を満たしていく。

「もう! いい加減にしないとダンスやめるわよ」

 脅されて仕方なく笑いを堪えようとするも、うまくいかない。俺のその様子にとうとうエルザ殿まで吹き出した。

「いつまで笑ってるのよ。オーウェンったら楽しそうね」
「ええ、とても楽しいですよ。……エルザ殿は楽しくありませんか?」
「そうね。優秀な補佐様が敬語をやめてくれたら楽しくなるかもね」
「敬語にこだわりますね?」
「だって距離を感じるもの。今はお仕事じゃないんだから、いいでしょう?」

 この人の綺麗な瞳で懇願されては敵うわけもない。

「踊ってる間だけな」

 仕方なしという調子で言った言葉にもかかわらず、とても幸せそうな笑みを返してくるのだから困る。俺が口調を変えただけでこんなにもこの人を喜ばせられるなんて。

「この調子でどんどん敬語が取れていくと嬉しいわ。あ、でも敬語からのタメ口のギャップも捨てがたい……」
「なんの話ですか……」

 思わず敬語を使うとエルザ殿が唇を尖らせてしまう。

「……なんの話だよ…?」
「そうそう、その調子」

 くすくすと笑う彼女が可愛くて仕方ない。
 二人で笑い合うこの時間は間違いなくこれまでの人生で一番幸せな時間だ。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【コミカライズ&書籍化・取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...